第520話 アルの得意料理
寝そべっていたアルに、賑やかな声が近づいてきた。
『おお? 珍しく昼寝か?』
「お疲れなのかな?」
パチッと目を開くと、二対の目と目が合う。ブランとアカツキがアルの顔を覗き込んでいた。
『っ、急に目を開けるな! 驚くだろう』
「目を開ける予告をするって難しくない?」
毛を逆立てて驚いているブランに言葉を返しながら、アルは体を起こした。
ぐいっと体を伸ばすと、ポキポキと音がする。太陽の高さを考えるに、アルは随分と長い時間、異世界を探るために時間を費やしていたようだ。その間ずっと同じ体勢でいたのはまずかったかもしれない。
ゆっくりとストレッチを始めたアルの周囲を、ブランがパタパタと尻尾を揺らして動き回る。
『もうすぐ昼だぞ』
「そうみたいだね。お昼は何を食べたい?」
『肉!』
「……うん、分かってたよ」
予想通りの答えに苦笑する。視線を移すと、アカツキが「うーん」と首を傾げて悩んでいた。
「肉料理……アルさんらしい料理を食べたいですねぇ」
「ニホンの料理じゃなくて、ですか?」
珍しい、と思い問い返す。アカツキはショウユやミソなど、ニホンらしい味付けを好んでいたはずだ。アルに頼む料理は、そういうものが多かった。
「そうです。別に日本のじゃなくても、アルさんの料理好きなんですよ?」
「……それは嬉しいですね。じゃあ、久しぶりに昔から作っていた料理を用意しますか」
どういった心境の変化だろう、と思いながらも、アルは料理の支度に取り掛かった。
『昔から作っていた料理……煮込みか』
「そうだね。あと、特製スパイスで焼いた肉もつけよう」
『うむ、それは素晴らしい!』
お肉を圧力を掛けて煮込んで柔らかくして、特製のソースでさらに煮込む。野菜も一緒に煮込んで、味が染みたら完成だ。
特製スパイスの焼き肉は、少し厚みのある森豚の肉を使うことにした。ブランがたくさん食べるはずだから、網いっぱいに肉を並べて火にかける。
「匂いだけで、もう美味そう」
『まだ食ってはならんのか?』
「だめだよ」
アカツキとブランが、今にもよだれを垂らしそうな様子で肉を凝視している。それがなんだかおかしくて、フッと笑いがこぼれた。
テーブルの上にお肉たっぷりのブラウンシチューを並べ、焼けた肉をそれぞれの皿に取り分けたら完成だ。
素早く食べる体勢に入ったブランとアカツキを見て、アルは再び笑いながら、「それじゃあ、食べようか」と告げた。それを合図に、ブランが焼き肉に食らいつく。
「いただきまーす! ――うん、美味い! このスパイス、アルさんの味って感じがしますねー」
「僕が調合したスパイスですからね」
ブランも好んでいる味なので、このスパイスはいつも切らさないようにしている。とはいえ、最近はショウユやミソを使った味付けが多かったから、あまり作り足していなかったが。
焼いた肉は適度に脂が落ち、スパイスの爽やかな辛味もあって、食が進む。パンのほのかな甘味と良い相性だ。
ブラウンシチューには肉と野菜の旨味が溶け込み、こちらもパンにつけて食べるのが絶品。
アカツキも嬉々とした様子で口に運んでいた。
『旨い! おかわり!』
「早いね。もっと大皿で出せば良かったかな」
「ブランがお皿に落っこちて、茶色に染まっちゃうじゃないですか?」
「……それは駄目ですね」
想像が現実になる気しかしない。ついでに、お風呂に入れようと苦労する未来が見える。
おかわりを皿に入れ、ブランに渡しながら「汚れたら即お風呂の刑だからね」と告げた。途端に汚さないよう慎重に食べ始めるのだから、ブランはよほど洗われるのが嫌らしい。
アルは苦笑しながら、食事の続きに戻った。
賑やかにお腹を満たしてすぐに、アカツキが「あ」と声を上げる。
「そういえば、俺たちの成果、見てくれます?」
「成果? あぁ、温泉施設の方で何かしてたんですね」
明言されてはいなかったが、察していたのであっさりと頷く。いったい何をしていたのか、そろそろ聞いていいのだろうか。
ブランに視線を向けると、得意げに尻尾を揺らしていた。
『うむ。アル、この後は暇か?』
「暇というわけではないけど、時間はあるよ」
アルがするべきことは、ほぼ終わっている。アカツキたちの存在を異世界のオリジナルに融合させること自体を確かめることはできないが、可能だろうという感覚はもう掴めているから。
あとは、実際にアカツキたちを帰還させるまで、異世界との繋がりをより強く、スムーズにして、融合させる術を復習するだけだ。
『ならば、行こう。面白いものができたぞ』
「ブランが言う面白いものって、ちょっと怖いな」
『どういう意味だ!?』
正直な感想をこぼしたら、ブランがキャンキャンと鳴いて文句を言う。
アカツキが口を手で隠して、笑うのをこらえているようだ。
「いや、まあ、面白いのは、っ、間違ってない、はず、くふっ」
「喋るか、笑うか、どっちかにした方がいいですよ?」
苦しそうに言うアカツキに呆れながら、アルは昼食の片付けを済ませた。
『何をそんなに笑っているのだ! 素晴らしき傑作ができたのだぞ? 笑うようなものではない!』
「でも、面白いんだ?」
『うむ、素晴らしくて面白いのだ』
ブランにパシパシと叩かれているアカツキが気の毒になり、ブランの気を逸らすように話しかけると、ご満悦な表情で頷かれた。随分と自信作ができたようだ。
アルもより興味が湧いた。ブランがここまで言うからには、それなりに面白いものなのだろう。
「それじゃあ、行こうか」
ブランを抱き上げ、ようやく笑いの衝動がおさまったアカツキと共に、温泉施設の近くに転移する。
いったい何が待ち受けているのだろうか。
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