第519話 異世界への繋がり

 地下に生きる者に『何を与えようか』と聞かれたところで、アルが求めるものはない――こともなかった。


「何でもいいんですか?」

『何でも与えられるわけではないが』


 その返事に頷く。できないならばそれでいいが、あったら嬉しいと思うことが一つあった。


「では、魔族と呼ばれる人たちのオリジナルが存在している、異世界との繋がりを探るコツを教えていただけたらありがたいです」


 以前、地下に生きる者に【魔族たちの帰還のために、異世界の場所を知る方法】を尋ねた。その時は、【帰還とは意味のないことであり、魔族の根源を知るべき】という回答を得たのだ。


 だから、今回も答えをはぐらかされる可能性はある。だが、アルは以前とは違う意味での帰還をさせたいと思って、問いかけたのだ。答えにもなんらかの変化があるのではないかと思う。


『……なるほど。魔族の根源を知り、それでもなお、異世界との繋がりを求めたか。あれらの存在を還元させるために?』

「そうですね。消滅するより、その方が幸せだと思うんです」

『そなたが決め、あれらが受け入れたならば、それが良いのだろうな。神もそれを望んでいるのだろう』


 相手が頷き、何事か考えている気配がした。

 アルは思考を邪魔しないよう黙って、次の言葉が紡がれるのを待つ。


『――理解した。ならば、求めに応じて与えよう。そも、そなたは既に異世界との繋がりを辿る術を得ているのだから、我ができるのは正しき場所へ導いてやることくらいだ』


 そう言われたかと思うと、アルの目の前に光が灯ったような感覚があった。


「え、これは……?」

『導きの光だ。そなたが異世界を感知するのを助けるだろう。異世界と繋がりがあるモノを思い浮かべ、光の導きに従うと良い』


 ふっと気配が途切れる。地下に生きる者の方から、接触を断ったらしい。別れの言葉一つないとは、少し寂しい気がする。


 ため息を一つこぼし、アルは目を瞑って、与えられた導きの光に意識を集中した。

 混沌とした暗闇の中に真っ白な光が一つ浮かぶ。それを見つめながら、アカツキやヒロフミ、サクラを思い浮かべた。


「へぇ……すごいな……」


 光がゆっくりと移動する。それを意識で追うだけで、求めた異世界へと次第に近づいていく感覚があった。

 思いがけず便利な贈り物をもらえたようだ。おかげで長時間かけて探らなければと考えていた異世界に、すぐ手が届きそうである。


「あ、もしかして、これが?」


 ふと、脳裏を青色が占めた。海の青さ、あるいは空の青さ、そのどちらでもあるかもしれないが、とにかく一つの世界であるのは間違いない。

 これがアカツキたちが暮らしていた異世界であるのだと、直感的に理解した。


 ここまで導いてくれた光が消える。だが、一度覚えたから、この異世界には今後何度でも接触できるだろう。


 異世界はアルが暮らす世界より、たくさんの生き物が存在しているようだ。雑多な気配を追うと目眩がしてきそうで、アルは眉を顰めた。


 闇雲にアカツキを探すのは無理だ。条件を絞らなくては。おそらく、イービルはアカツキ自身を媒体に使うことで、アルよりも楽に異世界に干渉していたのだろう。


「……まずはニホン」


 アカツキたちと過ごす中で得た異世界の情報を思い出す。

 ニホンという国。そこではニホン語が使われている。ワ菓子やショウユ、ミソなどの独特な食べ物が存在していて――。


 脳裏にある青の中に、小さな島が浮かび上がった。そこに意識を集中する。


 イービルが見ていた景色。そして影が彷徨う街のビル群。あれはニホンでアカツキたちが見ていた光景のはず。


「っ……なるほど?」


 突然、灰色の街が脳裏に現れた。その切り替わりの早さに戸惑いつつ、アルはなんとか集中が途切れないよう努めた。

 おそらく一つの国の一つの街まで範囲が絞れたことで、ようやく人を探しやすくなった。ここから、アルが知る気配を追えばいいのだ。


「アカツキさんはどこに……」


 目まぐるしく景色が移り変わる。実際に見ているわけではないのに、目が疲れ痛むような気がして、グッと眉間に力を込めた。


 まだ大丈夫だ。だが、あまり長くはもたない。一度休憩するべきか――と思ったところで、見覚えのある姿が視界に飛び込んできた。


「見つけた」


 アカツキだ。アルが知るより姿より、少し大人びている気がする。だが、アカツキがアルの世界で過ごした時間の長さを思えば、むしろ時差は小さいと考えるべきだろう。


 異世界を感知する能力は、時空を超える。感覚的に、今感知している異世界は、アルの世界より過去のものだと理解した。アカツキが存在しているのなら、それでなんの問題もない。


「このアカツキさんに印をつけて――」


 疲れた表情で歩いているアカツキを追いながら、アルだけに見える魔力による印をつけた。

 そして、アカツキを始点に、繋がりを探る。次第にサクラやヒロフミの姿も見えて、アルは「へぇ」と声を漏らした。


 サクラの表情が見るからに明るい。やはりアルの世界にいるサクラは、過去のことを完全に吹っ切れているわけではないのだろう。


 アカツキと関係する人すべてに印をつけ終えた。おそらくその中に、悪魔族と呼ばれる人のオリジナルもいるはずだから、手間を減らすためにも、目印はあった方がいい。


 これで、今回の目的は達成だ。

 意識を異世界から引き上げる。目を開けると、変わらず穏やかな風景が見えた。


 まだ、異世界との繋がりは完全に断たれたわけではない。アカツキたちを帰還させ終えるまでは、この状態を維持するつもりだ。


「アカツキさんたちが帰ったら、どの程度、こちらの記憶が残るものかな……」


 ぱたん、と地面に体を横たえ、青い空を見上げる。異世界とこの世界の空は、どちらも青いんだな、となんとはなしに思った。


「おそらく、融合した瞬間は帰れたことへの喜びを感じるだろうけど、時と共に忘れていくはず」


 一つの体に二つの自我は存在しない。そんなことが起きてしまえば、先読みの乙女のような歪な存在に成り果ててしまうから、そうならないように気をつけて戻すつもりだ。


 だから、アカツキたちの記憶から、この世界のことも、アルのことも、いずれ薄れ消えていく。それが存在の融合だ。


「……ちょっとだけ、寂しいなぁ」


 思わず口元を苦笑で歪めて呟く。彼らが忘れても、自分は忘れないでいようと思うくらいには、アルは彼らのことが好きらしい。

 他者への関心が薄い自分らしくないと思いながらも、好ましい人たちに出会えた証だと考えると、なんだか嬉しい気がした。


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