第467話 謎の存在
クインには見えるという女の子の姿。
ブランに視線で問いかけてみると、曖昧に首を傾げられた。
『我にはモヤのようにしか見えぬ。性別も年頃も判別は不可能だ。だが……言われてみると、
「どっち」
ツッコミを入れつつも、アルは納得して視線を木の方へ戻した。
アルとアカツキにはモヤはおろか、人の姿なんて全く見えていない。だが、魔物であるブランやクインには何かが見えるというのは、重要な判断材料になりそうだ。
「――魔物の感覚だけに捉えられる存在、ということかな……」
「やっぱり、宏とか呼んできます?」
「う〜ん、忙しい人の手を煩わせるほどのことですかね……?」
クイン曰く、女の子はただ木の上を指して手招きしているだけのようだ。一歩も動かず、アルたちに危害を加える素振りは一切ない。
それならば、無視して通り過ぎても問題ないと思うのだ。
「もしかしたら、宏か桜が用意した存在なのかも! ほら、アルさんの暇を潰せるように、とかって!」
ひらめいた、と言いたげな表情でアカツキが言う。だが、それは間違っていると思う。
「僕に見えないようにしている意味は?」
アルの暇を潰すために、わざわざ用意してくれたというのなら、見えなければ意味がないはずだ。
アカツキが「うっ……」と言葉に詰まり、視線を泳がせた。
「……ですよねぇ……」
『分かりきったことを言うなんぞ、やはり馬鹿だな』
「事実だけど、もっとオブラートに包んで!」
『おぶらーと?』
喚くアカツキの言葉を、ブランがおぼつかない口調で反復する。アルも密かに首を傾げた。おぶらーと、とは何だろう。
「危害を加えようという意思は感じぬ。指示に従ってみるのも一興ではあるぞ」
我関せず、という様子で木の方を凝視していたクインが、ポツリと提案する。『一興』という単語で、クインは本当に一切の危機感を覚えていないのだと理解した。
そうとなれば、アルも興味を惹かれる。
見えない少女が望んでいる先に待ち受けるものとはなんだろうか。
「……一応、ヒロフミさんに確認しておきましょう」
「俺、ニイに聞いてみます。あとシステムの確認もしときますよ!」
アルが連絡用の道具を取り出す横で、アカツキが宙に向かって手を動かした。遠隔用の異次元回廊管理機能を操作しているらしい。
ヒロフミに送った質問には、幾ばくもなく返事があった。『そんなものは設定した覚えがない。桜もそう言ってる』という、ほぼ分かりきっていた答えだったが。
「――ヒロフミさんとサクラさんは無関係のようですね。管理者二人が知らないとなると、もともとここに存在していたか、あるいは最近になって上位者により設定されたということになります」
上位者、と言葉を濁したが、この異次元回廊においてそう表現される存在は創世神アテナリヤだけである。
アテナリヤはヒロフミたちに知られないまま、白い神殿に干渉をし続けていたことは分かっているので、見えない少女がアテナリヤによって設定されていてもさほど驚かない。その目的は分からないが。
「ニイも知らないみたいっす。システム的にも、この場所に何か特別なものが設定されている形跡はないっすね。あ、木は常緑樹のはずらしいんで、ブランが見てるものがおかしい、というのは確定です」
『我が変みたいに言うな』
憮然とした様子のブランの頭を撫でて宥めながら、アルはしばし考え込む。
クインは危険性を感じないと言っているが、それがどこまで信用できるかは怪しい。クインがアルたちを騙そうとしているというわけではなく、少女の方が真意を欺いているという意味で。
とはいえ、その答えを知るには、相手の思惑に飛び込んでみなければどうしようもない。
「……行ってみますか」
「別のところに転移させられるとしても、アルさんの能力があれば帰ってこられますしね」
『お前は完全に重荷だな』
「……俺だって、なんかできるはず! たぶん!」
自信満々に曖昧なことを宣言するアカツキに、呆れた感じの視線が集まった。
アカツキが無理についてくる必要はないのだが、本人はやる気に満ちているし、その意思を尊重するべきか。それに――。
「アテナリヤによる何かしらの意思表示なら、アカツキさんに関わることかもしれない、かな……?」
ポツリと呟く。アカツキには聞こえないくらい小さな声だったが、肩に乗るブランは聞き逃さなかったようだ。
ブランから一瞬視線を感じ、すぐに逸らされる。
『アカツキ、我が守ってやってもいいぞ』
「急に優しくなるの、こわっ!?」
『ふむ、やはり、むしろ谷底に叩き落とすべきか……』
「優しいのか、厳しいのか、どっちかにして! つーか、あの先に谷底あんの!?」
アカツキがビシッと木の方を指し示す。
ブランの「守ってやる」発言は、おそらくアルの負担を軽くしてやろうという意思表示だと思うが、「谷底」という言葉はアルも理解できなかった。
『ただの比喩だ――と言うところなのだろうが』
厳しく育てる、という意味だったのだとアルが納得しかけたところで、ブランの言葉が意味深に続いた。
思わずブランを凝視する。ブランが静かな目でアルを見つめ返した。
「何か気になるものがあった?」
『うむ。あれが指している先は、こことは別の場所に繋がっている気がする。空間魔法に似た気配がするのだ』
「なるほど」
アカツキが言った「別のところに転移」というのは間違っていなかったということだろう。
「つまり、谷底があるかもしれない……?」
『言葉通り、叩き落としてやってもいいぞ』
「のーせんきゅー! ご遠慮申し上げますぅ!」
アカツキがブランに全力で首と手を振っているのを視界の端に捉えながら、アルは木の方をじっと見つめた。
ブランが言うような空間魔法の気配を感じない。やはり人の目には隠されていると考えるべきか。
そうなると、少女に呼ばれているのはアルやアカツキではなく、ブランたち魔物である可能性がある。
「吾らだけに見えるからと言って、吾らだけが行くことが正しいとは思えぬ」
クインが静かな口調で言う。アルの懸念を読み取ったような言葉だった。
アルがちらりと視線を向けると、木の方を眺めていたクインが振り返る。
「――あれの用があるのは、アルやアカツキであろう」
「なぜそう思うんですか?」
「あれが視線を向けるのが、アルたちだからだ。吾やブランは意思表示のために利用されているに過ぎないのだろう」
アルは目を細めた。
つまり、見えない少女はクインたちを通して、アルたちに要望を伝えているということか。そんな手順を踏む必要が存在する理由は分からないが、状況は理解できた。
そうなると、あとは提案してみたとおりに行動するだけ。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、なんて古い言葉を引用して説得しなくとも、アルが決めたことに全員が従ってくれるだろう。
「ここで考えていても何も始まらないようですし、行ってみましょう」
アカツキとブランの騒ぐ声がピタリと止まる。集まった視線に微笑んで見せると、アカツキが「了解でーす」と気楽な返事をして、ブランは軽く頷いた。
早速とばかりに歩き始めるクインの後に続きながら、アルは「さて、魔物が出るかドラゴンが出るか」と呟く。
この後に待ち受けるものが予測不能だし緊張する一方で、正直楽しいとも感じた。暇よりは未知の冒険の方が好ましい。
「……それって、鬼が出るか蛇が出るか、の言い換え? 異世界版の例え?」
アカツキはアルの言葉を拾って、不思議そうに首を傾げた。
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