第420話 仮定を重ねる

 完全に出口を見失った疑問に区切りをつけ、アルは思考を切り替えることにした。


 アカツキのことを尋ねて、現状分かったことは二つだ。

 根源、あるいは魔王と呼ばれているのは、アカツキの中にあるなんらかの情報が、魔族たちが生まれるための基になっている可能性が高いからだということ。

 そして、アカツキはイービルと二人きりで半年間も過ごしていたこと。


「アカツキさんについては、他にどのような記録が残っていますか?」

『ふむ……。現れてから後に、神によって封じられたことくらいだな。その場所については、アルの方が詳しく知っているだろう?』

「ダンジョン——正確に言うなら永遠の牢獄、ですね」


 アテナリヤがどのようにしてアカツキをそこに封じたのか、ソーリェンも知らないらしい。


『そうだな。そもそも個々の魔族に関する記録自体が少ないのだ。あれらはイービルの管轄であるがゆえに、私の把握するべき範疇にないのだろう』

「なるほど。それは仕方ないですね」


 そう返しながらも、アルは疑問解消の方法に行き詰まってしまった。

 異次元回廊で風を操った存在について知りたいのに。


 以前、地下に生きる者は【聖域で記録を探るためには工夫が必要だ】と語った。そして、それには【探究心】と【小さな違和を見逃さないこと】が重要だ、と。


 ソーリェンは親切丁寧に質問に答えてくれるが、それが記録の全てとは限らない。探る工夫をするべきなのはアルの方だ。


「うーん……あの風は誰が……」


 アテナリヤか、アカツキか、それともこの世界に存在しているかも分からないアカツキの婚約者か。


 頭を悩ませていた途中で、ふとヒロフミたちが言っていた【ゲーム】の話を思い出した。


 アカツキが作ったというそのゲームは、聖域の能力のように仮想現実のような世界を生み出していたものらしい。

 そして、そこには【白き神殿】と【聖域】が重要な場所として存在していた。また、【神】や【魔族】など合致する名前が多いようだ。


 ヒロフミたちはこの事実を重く受け止めていたようだった。アカツキにはゲームの記憶自体がなかったが、それゆえに、神にとって不都合があり封じられたのだと考えることもできる。


 そこまで考えて、アルは目を眇めた。


「神がこの世界を創る際に基にしたのは、やっぱり、アカツキさんが作ったゲームの可能性が高いということかな……」


 それならば、神はこの世界が創られる前から、その情報を得ていたことになる。


「——神はどうやってその情報を得た? この世界を創る前にアカツキさんと同じ世界にいたのか。あるいは、その世界での情報を入手できる方法を持っていたのか」


 ゲームの話を聞いたときに、結論が出なかった問いだ。

 アテナリヤは別の場所からやって来て、この世界を創ったことは分かっている。それならば、アカツキたちの故郷にいた可能性もなくはない。というか、その可能性の方が高いだろう。


 イービルはわざわざアカツキから魔族の基になる情報を手に入れたと思われる。それはつまり、異世界の情報を外部から入手することの難しさを示しているのではないか。

 そうなると、イービルと同じような能力を持っているはずのアテナリヤも、異世界の情報を容易に得ることはできなかったと考えられるのだ。


 どう考えても、アテナリヤがアカツキたちと同じ世界にいたことがあると仮定するのが正しい気がする。

 そして、その場合、アテナリヤは幼少のアカツキを知る立場だったはずだ。

 この世界の基になっているゲームは、アカツキが幼少時に作ったものだったのだから。


「……アテナリヤは元々アカツキさんと知り合いだった? だから、アテナリヤから分離した存在だと考えられるイービルも、アカツキさんを魔族として構成するための基になる情報を持っていた」


 話が繋がっていく。

 全てが仮定に過ぎないとはいえ、ぴたりとはまっている気がした。


「幼少の頃のアカツキさんを知る人……幼馴染? それは、ヒロフミさんの他には、婚約者になった人……。いや、普通に他の友達の可能性もあるけど……」


 もし、アテナリヤの正体が、アカツキの婚約者だったとしたら、どうなる。

 仮定に仮定を重ねすぎて憶測になるが、仕方ないと割り切り、思考を続ける。


「アテナリヤ——いや、確かリアとかアタナ・リアとも呼ばれていたのか。もしかしたら、それが異世界での名前の可能性もあるな。本人が【新たな名はリア。ただそれだけの存在になった】と書き残しているんだから……」


 呟いたことでふと気づいた。

 新たな名という響きがアタナに似ている、と。


「アタナは名前じゃなく、新たな名から転じただけ? アタナ・リアは、【新たな名はリア】ということで、アテナリヤはさらにそこから転じた?」


 それが意図的か否かは分からないが、神の本来の名としては【リア】が一番正しいのかもしれない。


「リアという人がもしかしたらアカツキさんの婚約者で、亡くなった後に、魂とかの形でなんらかの理由によって、放棄された塔と共にこの世界に来た?」


 神と呼ばれる存在になったのが、この世界ができる前か、後なのかは分からない。

 だが、とりあえず、この世界ができる前は人間であったと仮定する。


 人間であるリアが放棄された塔と共にやって来たことで世界が誕生した。その設計の基になったのが、アカツキが作ったゲーム。


 何故それを世界の基にしようとしたのか。

 ——それについては、オリジネがこぼした情報があった。【神は優れた発想を持たない。知るものを応用できるだけ】と。


 つまり、人間であるリアにとって世界を初めから創るというのは、非常に困難なことだった。だからこそ、アカツキが作ったゲームという情報を基にして、応用することにした。


 もしかしたら、そこにはアカツキへの思いもあったのかもしれない。

 リアがアカツキの婚約者だというのが正しいのなら、死により離れ離れになって異世界に渡ってきた結果、少しでもアカツキに関するものを傍に残しておきたいと考えても不思議ではないから。


 ゲームのように世界ができて、それを管理する精霊を生み出した。

 そこから、どのような経緯を辿り、イービルや先読みの乙女が生じたのかは定かではない。


 だが、イービルがリアの記憶を多少なりとも受け継いでいるならば、最初に生まれた魔族がアカツキである理由は分かる。

 イービル、というよりリアにとって、アカツキは最も慕わしく、再会したい存在だったのだろう。


 それを実際に成したのがイービルだというのが、皮肉に思えてならない。


 本来、イービルは、リアが世界の管理に邪魔だと判断し捨て去った、悪しき心のはずだから。つまり、アカツキへの慕情もまた、悪しき心の中に含まれていたということになる。


 たぶん、リアはアカツキに再会したいと思っていても、それをしてはならないと戒めていたのだろう。再会したいという思い自体が、悪しき心だった。

 アカツキを異世界から攫ってくることも、新たな存在として記憶を基に構成することも、あってはならないことだとリアは分かっていたのだ。


 イービルはそんなリアの戒めていた思いを、躊躇いなく実行してしまった。そもそもが悪しき心にそって行動しているのだから、仕方ないのかもしれないが。


「……それなら、アカツキさんがアテナリヤやイービル、婚約者の記憶を封じられている理由も分かる」


 その三者すべてが本来は同一で、どれか一つでも思い出せば、他の二つも思い出してしまいかねない。そうなったら、アカツキはどんな行動をとるのだろうか。


 リアは創世神として世界を守るため、人間としての弱さを捨てなければならなかった。アカツキは、リアにとって最も大きな弱さの象徴だったのかもしれない。


 記憶を消すことで【世界を守りたいんだから、私に近づかないで! 私の心をかき乱さないで!】と主張しているかのように思えた。


 そして、そんなリアの弱さは、世界を破壊したいと考えるイービルにとって、きっと利用したいものだっただろう。

 アカツキがこの世界に生まれた理由が、よく分かった気がした。

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