第136話 お茶会は菓子天国

「お待ちしておりました」

「……早いですね」

『物凄く違和感があるのに、堂々としすぎて誰も声をかけられないようだな』


 受付があるフロアに戻ってきたアルを、微笑を浮かべたヒツジが出迎えた。

 堂々と階段脇で立っていたのだが、執事服姿の男が冒険者ギルド内にいるのは非常に目立つ。依頼をしに来ている風でもないので、冒険者たちから奇異の眼差しを向けられていた。


 確かにこの後にヒツジたちと会う約束をしていたが、冒険者ギルドの中にまで迎えに来るとは思っていなかったので、アルは苦笑しながらもう少し待ってほしいと頼んだ。


「……ほう、冒険者ギルドのランクアップとは、そういう風にするのですね」


 試験の評価書を受付に提出するアルの後ろから、ヒツジが興味津々で覗いていた。評価書の内容は見ないようにしていたようだが、ギルド職員の仕事ぶりなどに関心を抱いているようだ。

 ヒツジは大公家の姫に仕える執事だ。冒険者ギルドなどに直接足を運ぶ立場ではないだろう。


「――ギルドランクの更新が終わりました。こちらが新しい冒険者証です」

「ありがとうございます」


 ヒツジに見つめられて戸惑い気味の職員から新しい冒険者証を受け取った。ランクの所が書き換えられただけで、大した違いはない。それ故、あまり感慨もないまま懐に仕舞う。


「用事はお済みですか? 馬車をつけているので、こちらへ」

「……馬車を乗りつけて来たんですか」


 ヒツジに促されて歩きながら呆れた顔をしてしまう。

 さっきから、ギルドに入って来る冒険者が何度も入り口を振り返りながら不思議そうにしていて、ヒツジを見た途端に納得したように頷くから気になっていたのだ。どうやら、ギルド前に堂々と停められている馬車が目立っていたようだ。


「ええ。姫様が所持している中で、この辺りに来ても問題なさそうな物を選びました。アル様は気にされると思いまして」

「……なるほど」


 堂々と語るヒツジだが、アルは馬車を見た途端に深い認識の溝を感じた。


 精緻な細工が施された馬車は、煌びやかさはないものの、見る人が見れば分かるほど上質な物だ。上流階級の街中を走る分には違和感がないだろうが、冒険者ギルドの前に停められているのは大変目立つ。


 馬車の近くで立ち止まったアルたちに、道行く人々からの注目が集まっていたので、慌ててヒツジを促して馬車に乗り込んだ。

 魔の森開拓の立役者として、元々この街の冒険者の間では目立つ存在になってしまっていたが、アルはその状況を歓迎してはいない。これ以上冒険者たちの話題に上る要素を増やしたくなかった。


「姫様はアル様にお会いできるのを大変楽しみになさっておいでなのです。ぜひ今日はごゆっくりとしていってください」


 馬車の中で語られたその言葉に、アルはどう返すべきなのか分からずただ苦笑した。





 ヒツジにつれられて来たのは、研究所ではなくその隣の屋敷だった。


「ようやく来てくださったのね! もっと話せると思っていたのに、なかなかその機会がないから、ギルドに依頼を出してしまったわ」


 アルたちを迎えたソフィアは屋敷の静かな佇まいとは相反する明るさだ。

 屋敷のバルコニーに設けられたテーブルセットには美しい焼き菓子と薫り高い紅茶が並ぶ。どこからどう見ても、貴族のお茶会という光景だった。


「お招きありがとうございます。服を変えて来た方が良かったですね」

「あら、気にしないでちょうだい。あなたにとってはそれが正装でしょう?」


 冒険者としての格好を場違いに感じて謝罪すると、ソフィアがおっとりと微笑む。この国で上位の立場にある女性なのに、そういう気取らないところがソフィアの魅力だった。

 促されて席に座ったアルに、早速と言わんばかりに興味津々で輝いた瞳が向けられる。


「最近は何か新たな魔道具を開発したのかしら?」

「えぇと……ソフィア様が興味を持たれるかは分かりませんが、捕縛用の魔道具を作りましたよ」


 チョコレート製造魔道具やピスタチオ加工魔道具も作ったが、そもそもの食材をどこから得たのかは教えられないため、それしか話せる物はなかった。

 ソフィアは「捕縛用……?」と呟き、現物を見せてほしいとねだってくる。

 その後ろでため息をつくヒツジを見ると、軽く頭を下げられた。どういう意味か正確な所は分からないが、魔道具を取り出しても問題はなさそうだ。


「こちらです」

「これは、植物?」


 蔦が絡まった玉にしか見えないそれに、ソフィアの目が瞬きを繰り返す。床に落とさないよう口頭で注意してから手渡すと、蔦を指でなぞりながら観察し始めた。

 その様子をヒツジが緊張感を漲らせた表情で見つめている。アルが注意したことを気にしているらしい。


『そんなもん見て、何が楽しいんだ』

「ブラン、食べすぎ」


 焼き菓子を詰め込んで栗鼠みたいに頬が膨らんでいるブランを半眼で見つめる。

 誰も横取りするつもりはないのに、何故そんなに急いで食べているのかと疑問に思ったら、隙間のできた菓子皿にすかさず追加が載せられるのが視界の端に映った。

 ブランが菓子を食べる度に、新たな菓子がメイリンによって追加されている。どうやらそれを知ったブランが、無限のように湧いてくる菓子に興奮して食べすぎてしまっているらしい。

 メイリンが非常に楽しそうに目を輝かせているので、ブランを甘やかさないよう注意すべきか迷った末に、アルは口を噤んだ。


「――分からないわ。これはどういう仕組みなの? 魔法陣を少しも見せないなんて、ひどいわ……」


 不意にソフィアが拗ねた声を上げて、アルに魔道具を返してくる。どうやら新たな魔道具の仕組みを知りたいのに、蔦で全てが覆われていることが不満のようだ。

 アルも魔道具好きな人間としてその気持ちがよく分かるので、隠し立てすることなく口を開く。


「蔦の中に魔法陣を刻んだ魔石を入れているんです。使っているのは蔦を増量・増強して操る魔法陣ですね」

「ああ、そういうこと。この蔦が魔力で改変されて対象を捕縛するのね。落とさないようにと注意したということは、発動する鍵になるのが一定の衝撃を受けることなのかしら」

「その通りです」


 軽く説明しただけで、ソフィアはすぐに納得を示した。アルが説明を省いたことまで察するとは、さすがの理解力の高さである。


「ソフィア様は最近はどういった物を作られているんですか?」


 国立研究所での研究内容は気軽に話せないだろうが、そういうのを抜きにして、趣味で作っている物があるなら聞いてみたい。

 そう思って尋ねるアルに、ソフィアが僅かに苦い表情を見せる。


「最近は、あまり自由に研究できないのよね。面倒なことを頼まれてしまって。……そうだわ! ぜひ、あなたの意見を――」


 アルは無言で耳を手のひらで覆った。あまりに失礼な態度かもしれないが、正直面倒事に関わりたくない。

 ソフィアがすぐに興奮を鎮めて苦笑する。軽く手を振って、その話題は止めたようなので耳を覆う手を外した。


「もう、そんなに嫌がらなくてもいいじゃない……」


 拗ねて紅茶を飲むソフィアの後ろで、ヒツジが苦笑している。

 恐らく、アルが拒まずとも彼がソフィアを止めていただろう。彼女がしていることは、部外者に軽々しく話してはいけないはずだ。


「――ソフィア様、準備が整ったようです」


 不意にメイリンが呟いた。途端にアルたちの周囲に魔力が巡る。

 状況の変化を感じて反射的に警戒の体勢になるアルとは対照的に、口に入れた物を飲み込んだブランがのんびりと首を傾げた。


『結界か?』

「……防音に近いかな」


 ブランの様子を見るに、危険はなさそうなので、アルも少し落ち着いて椅子に座りなおした。


「驚かせてごめんなさいね。最近、どうにも周囲をうろついている者がいるようだから、念のための対処なの。音と見た目を誤魔化しているから、ここにいる者以外に会話も状況も伝わらないわ」

「あらかじめご説明いただければ助かりました……」


 控えめに抗議すると、ソフィアが苦笑した。


「これはあなたにも関わりがあってしたことなのよ? ――例えば、グリンデル国からの不法入国者のこと、とか」

「……なるほど」


 どうやら、アルをこの場に呼び出した本題にようやく言及するつもりらしい。

 柔らかい笑みを浮かべるソフィアとその後ろで微笑を浮かべたまま佇むヒツジを、アルは僅かに眇めた目で眺めた。


 なお、少し緊迫感を漂わせるアルたちとは対照的に、ブランは再び菓子に溺れていたのでその頭を叩いておく。やはり、メイリンを早めに咎めておくべきだった。

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