幼馴染姉妹は今朝も尊い

かきつばた

心温まる朝

「てつくん、おきて! てつくんっ!」


 覚醒のきっかけは俺を呼ぶ甲高い声。

 目を開けたとたんに、陽の光に襲われた。閉めたはずのカーテンは、なぜかその役目を放棄している。


「おー。おはよ、奏」


「おこしてくれてありがとうは?」


「そうだな。ありがとう。奏は優しいな」


 ベッドの側に立つ少女の頭を丁寧に撫でつけた。

 サラサラ髪の柔らかい触感が心地いい。向こうも目を細めてかなり嬉しそうだ。形のいい耳がやや動いているのがその証拠。


 ちらりと見た時計の時刻は八時半。昼前まで寝てようという計画は見事にパーになったわけである。


 この子一人ということは考えにくいから、彼女は下にいるんだろう。そう予想しながら手を引かれるようにして部屋を出た。


「あ、奏! いないと思ったら、やっぱりてつさん起こしに行ってたか……」


 案の定、家の住人ではない女子がリビングで待ち構えていた。腰に手を当てた仁王立ち姿で。今日はさすがに高校の制服は来ていない。


「だってぇ、あさはおきなきゃなんだよ」


「それはそうだけどさぁ」


 悪戯少女の姉である琴乃ことのは不満げに口を尖らせた。


 この姉妹とは長い付き合いだ。近所に住んでいて、家族ぐるみの付き合い。元々親同士が知り居合とかなんとか。それこそ、赤ちゃんのときから知っている。


「ごめんなさい、哲さん。お休みの日だし、ゆっくり寝かせてあげようと思ってたんだけど」


 申し訳なさそうな顔をする琴乃。なんと優しい。天使はここにいたのかもしれない、とちょっと感動を覚える。

 彼女の妹にたたき起こされている身としてはなおさら。


「いいさ別に。損するわけでもなし」


「でも、昨日遅かったんですよね」


「そうだけど……母さんから聞いたのか」


 琴乃と話しながら食卓へと移動する。そこには、三人分の朝食が用意されていた。できてからそこまで時間は経ってないようだ。


「うん。ぐうたら寝続けると思うけど容赦するなって」


「とんでもねえ母親だ……」


 悪態をつきながら、母の姿が見えないことに納得がいった。


「ってことは、母さん出かけてんだ」


「おじさんとその、で、デートだって」


「なぜ照れる……」


 琴乃の顔は少し赤らんでいた。こういうのを純情とか言うのだろうか。

 まあしかし。願わくはずっとそのままでいてほしいわけで、とちょっとだけ癒されていた。


「いいなぁ、デート! かなもてつくんとデートする!」


「だ、ダメだって! 何言ってるの、まだ五歳のくせに!」


「こいにとしはかんけーないんだよ、ねぇね?」


「もっともらしいこと言って……どこでそういうの覚えてくるんだろ」


「アニメ!」


 明かされた情報源に、姉はなんとも言えない表情を浮かべた。言葉が出ないと言うやつだろう。


「とりあえずさ、朝飯食べちゃわない。俺、腹減ったんだけど」


「あ、そうだね。いただきまーす」


 俺と奏もその声に続いた。静かなリビングに、食事の音が響いていく。


 何とはなしにテレビをつけた。目当てのものがあるわけではなく、BGM代わりに。


「こら、奏。にんじん残しちゃだめでしょ」


「やだ! かな、にんじん嫌い!」


「好き嫌いはダメだってば。ママ、いつも言ってるでしょ」


「いまはいないもん!」


 テキトーにチャンネルを回していたら、前に座る二人が賑やかなことに。当然、そちらの方に強く興味が惹かれるわけで。


「そういう問題じゃないから。おっきくなれないよ」


「……むむぅ。ね、てつくんはにんじんたべられないこ、きらい?」


 黙って観察していたら飛び火した。奏は目をちょっと潤ませてこちらを見てくる。


 おおよそ、大部分の人間にとって人参の好き嫌いがそのまま好意の有無には繋らないだろう。しかし、ここは隣の不憫な姉のことを考慮に入れて。


「そうだな。まあ、好きな子の方がいいかな」


「――コホン。今日のところはやっぱりお姉ちゃんが食べてあげる。にんじん、大好きだから」


「あー、ねぇね、ダメだよ! それ、かなの!」


 奏の皿を舞台に、不毛な攻防戦が繰り広げられる。


 何やってんだ、こいつらは……具体的には姉の方。人参食べさせるのが、目的じゃなかったのか。


 ホント、この姉妹は見てて飽きないな。そう思うが、テキトーなところで仲裁に入った。何事も度が過ぎるのはよくない。


「どう、美味しい?」


「ふつー」


「そっか。でもよく食べられたね。――はい、おねえちゃんのたまご焼きあげる」


「ホント!? かな、たまごやきだいすき!」


 琴乃の皿から一つの卵焼きが奏のへと移籍する。


「ねぇね、ありがとう! ねぇねもだいすき!」


「……へ? うん、おねえちゃんも奏のこと大好きだよ」


 琴乃が奏の頭を撫でる。とても優しい表情と手つきで。


 ああ、素晴らしきかな姉妹愛、みたいな。兄弟姉妹のいない自分には、こういうのなんとなく羨ましい。


 ませた妹と控えめな姉。二人の掛け合わせは、いつ見ても飽きない。

 それはきっと、俺の普段の生活にはない新鮮さがあるからだろう。我ながら、殺風景な大学生活を送りすぎているから。


 にんじん攻略が終わって、卵焼きに夢中なっている奏。

 その嬉しそうな姿をよそに、俺は琴乃の皿へと箸を伸ばした。


「ほれ。お前も卵焼き好きだろ。昔よくねだられたもんなぁ」


「て、哲さん! あれは……まあ、そのありがたくもらっておきますケド」


 微妙な反応だったが、これは照れ隠しだ。言葉の端々には嬉しさが滲み出ていた。長い付き合いだからよくわかる。

 ――耳がかすかに動く。それは、姉妹に共通する嬉しいときの癖。


 この尊い姉妹と過ごすのが何よりの心の癒し。

 事実、睡眠時間は足りないのに、少しも疲労感はないのだった。

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