4話 妖刀vs雷槍

 ああ、落ちる。ただひたすら落ちていく。

 底の見えない奈落。どこまでも続く真っ白な霧の壁。

 体の痺れは少しずつ取れてきた。

 だが、まだ上まで蹴り上がれるほどの力は出ない。


「く、そっ……どうする……?」


 早く上に戻らないとルフラン達が危ない。

 レオーネの裏切りについてはある程度可能性として考えていたにも関わらずこのザマだ。 

 己の危機感の無さに反吐が出る。

 だが、今更そんな後悔をしたところで遅い。

 今は一刻も早く上に戻れるように集中するのみだ。


 だが、その直後に状況が一変する。


「――っ!? うおおおおおおおっっっ!!」


 突如として霧が晴れたのだ。

 いや、分厚い霧の層を突破したというべきか。

 クロムの眼前には無数の木々が乱立する樹海が広がっていた。

 そしてそれは同時に地面が目前に迫っているということでもあり、このままでは無防備な姿を晒したまま激突してしまう。


 クロムは全身に力を込め、気合いで妖刀を鞘から引き摺り出し、全霊を以って妖力を引き出す。

 そしてその身に深い妖力をまとい、迫り来る地面に向かって刀を振り下ろした。


「ぐっ……」


 この一振りは勢いを殺すためだけのものではない。

 体を強引に回転させ、地面を転がるようにして受け身を取る。

 だが、完全に停止することは叶わず、結局クロムの体は近くの大木の幹に激突するまで転がり続けた。


「ってて……妖刀があって助かった……」


 これは今回に限った話ではなく、妖刀無かったらクロムは何度死んでいたか分からないくらい世話になっている。

 多少傷を負ったが、それもすぐさま妖力によって元通りだ。


「で、ここはどこなんだ……?」


 濃密な霧に覆われた白き樹海。

 異様なまでに空気が重く、若干の息苦しささえ覚える。

 さらにどうやらこの周辺は凶悪な魔物が闊歩する領域らしく、クロムの直感がこの場所が危険地帯であると訴えている。


「……ともかくにいけば元の場所に戻れるのは間違いないか」


 ここがどこなのかは非常に気になるところだが、生憎とゆっくり調査している暇はない。

 ようやく自由に体を動かせるようになったので、このまま一気に蹴り上がろうと試みるのだが……


「キューーーッ!!」


「うわっ!? な、なんだ!?」


 謎の甲高い鳴き声と共に、霧の中から小さな何かが飛びかかってきた。

 慌てて妖刀を抜き構えるが、その生き物は刀に気付いたのか慌てて速度を落とした。


「ま、待ってください! どうしたんですか急に飛び出して!」


 さらにその奥から声が聞こえてきたかと思うと、煌びやかな装飾がなされた一振りの槍を握る一人の少女が姿を現した。

 長い金髪をツインテールにまとめ、この樹海に相応しくない高級そうなドレスに身を包んだ彼女は、こちらの存在に気づくと一気に警戒心を高めた。


「――っ! また、ヒト型の……?」


 だが、改めて見るとその少女の姿は酷いものだった。

 ドレスも靴もボロボロで、髪にも艶がない。

 それはまるでかつてファアリの森を彷徨っていたクロムの姿を想起させるようで……


「あなたは一体……」


「離れて! 今度はもう騙されません――いきますよっ!!」


 だが、そんな少女は、こちらに向けて槍の先端を向け、殺気の籠った視線を向けてきている。

 彼女が敵か味方か測りかねていたクロムだが、明確に攻撃意思を示されればそれは"敵"であると認識しなければならない。

 少女の体から漏れ出した電気がバチバチと弾ける。

 次の瞬間、少女の姿はクロムの頭上にあった。


「雷鳴突き!!」


「――ッ!」


 クロムは地面を勢いよく蹴り、体を回転させるようにして空中に逃れた。

 直後、まるで雷が落ちたかのような凄まじい電撃と共に槍が地面に突き刺さり、深い大穴が生み出されていた。


(なんてスピードとパワー……この人、


 クロムは少女に対する評価を大きく修正した。

 この少女は適当に戦って勝てるような相手ではない。

 彼女が全力で向かってくるのであれば、同等の意思を持って迎撃する必要があるだろう。


 クロムは勢いよく駆け出し、妖刀を右肩上に構える。

 そして意趣返しとも言わんばかりにその技名を宣言した。


至天水刀流してんすいとうりゅう水月スイゲツ


 それはクロムが持つ技の中で最も効率的に敵を破壊できる技。

 鋒に全ての力を集中させることで、それは絶大な威力を誇る突き技と化す。

 だが、クロムの刃が少女の体を貫くことはなかった。


雷槍ライソウ!!」


 バリッ、という音と共に少女の姿は一瞬にしてクロムの真横に移動し、槍による強烈な突きが迫った。

 クロムは体を強引に滑らせることでそれを回避し、一回転。

 今度は槍を叩き落とそうと妖刀を振るう。


「貫け! 招雷迅しょうらいじん!」


「うぐっ!?」


 だが既に少女はクロムの体をその左手で捉えていた。

 彼女の手から伸びる魔力の動線。

 それはクロムの体の中心を正確に貫いていた。

 

「ぐがあっ!?」


 直後、凄まじい熱がクロムの腹を突き抜けた。

 腹に穴が空いたような衝撃。だがその表層には焼け焦げた跡だけが残っていた。

 内臓たちが悲鳴を上げるのを感じながらも、クロムは強引に体制を立て直して着地する。


「げほっ……なかなかやりますね……」


(なんだ今のは……妖刀がなかったら死んでてもおかしくなかったぞ……)


 人生で初めて雷に撃ち抜かれるという経験をしたクロムは、少女に対する警戒心を最大まで引き上げた。

 出し惜しみをしたらこちらが殺される。

 様子を見るに少女は混乱状態にあり、まともに対話できる状況ではなさそうだ。

 ならば一度大人しくさせてから、その後じっくり話を聞けばいい。


紫奏剣冴シソウケンゴ


 妖刀に呼びかける。

 この体を器として差し出す代わりに、妖力チカラを寄越せと。

 妖刀はそれに応えた。


「――っ! その姿、やっぱり!!」

 

 妖刀とリンクし、身体能力を極限まで引き上げることで、クロムの戦闘能力は飛躍的に向上する。

 その代償としてクロムの容姿は異形のそれに大きく近づくことになり、結果として少女の闘争心にさらなる火が付く形となってしまったが……


(久しぶりの強敵戦! 楽しいな!!)


 それはクロムも同じだった。


雷奏演舞ライソウエンブ!」


紫閃シセン!」


 少女が槍を空に振ると、槍の先端の形をした雷の塊が飛んできた。

 クロムはそれに対して同じく空飛ぶ斬撃を持って撃ち落とす。


「至天水刀流・水天斬スイテンザン


「くっ……まだです!」


 そして一瞬にして少女の背後に回り込んだクロムは、文字通り天を切り裂かんばかりの一刀を振るった。

 だが少女は槍を振り終わったばかりとは思えない動きで姿勢を反転させ、クロムの刃に雷槍の先端を叩きつけた。

 その瞬間、妖力と雷の衝突が発生し、激しいエネルギーが周囲に解き放たれた。


「流石は、やりますわね!!」


「そっちこそ、これについて来れるとは思いませんでしたよ!!」


 力と力のぶつかり合い。

 どちらも一歩も引くことはなく、それどころか口角を上げ己の有利を確信していることをアピールする。

 やがてその中心で留まり続けたエネルギーが限界を迎え、激しい爆発を引き起こして二人を強引に引き剥がした。


「キュウ……」


 やや離れたところで不安そうな顔をしながらその様子を眺めていた小竜が、小さく声を上げる。

 だが、そんな声は戦闘中の二人に届くことはない。

 クロムと少女の二人は再度激しい攻撃の応酬を繰り広げており、何人たりともその高速戦闘に干渉することは許されなかった。


「いい加減っ、倒れてくださいっ!」


「嫌だねっ! もっと楽しもう!!」


 だが、段々と差が現れ始めた。

 勝負に焦り出す少女と、この戦いを存分に楽しむクロム。

 口調を整えるのすらやめて、己の力を無邪気に奮い続ける。


「もうっ……これで終わらせます!!」


 クロムの一刀をギリギリで回避した少女は、一度大きく下がって距離を取った。

 そして大上段に槍を構え、全身に激しい雷を奔らせる。

 考えるまでもない。この勝負を決定するほどの大技だ。


「……いいよ、迎え撃とう」

 

 クロムは少し残念そうに目を細めるが、己が認めた好敵手がこれで決めると言ったのだ。

 ならば同じく全力をもってそれに応えるのが礼儀というもの。

 クロムはゆっくりと妖刀を鞘へと収めた。


 刹那。

 そのわずかな間、静寂が場を支配する。

 だがその禁はすぐに破られた。


雷神奏上エル・トール・アナテマッッ!!」


「至天水刀流奥義・凪!」


 溢れ出した電撃が巨人を型取り、やがて神と成る。

 本来雷とは天災であり、神の怒りの象徴である。

 彼女はその代行者であり、執行者。


 だが、それを迎え撃つ男は、人の身にして天に至らんとする剣士。

 迫り来る雷鳴にも一切怯まず、ただ、己のなすべき事をなす時を待った。


「はあああああっっ!!」


 少女が声を上げ、巨槍を突き立てた。

 次の瞬間、クロムの姿が消える。


「――――」


 白の世界に、再び静寂が戻る。

 轟く雷鳴もついにその勢いを失い、地に伏した。


「ごめん、峰打ちだ」


 納刀の音が静かに響く。

 命のやり取りを覚悟して挑んできた相手に情けをかける行為を恥としつつも、これは勝者である自分の権利だと自らに言い聞かせ、紫奏剣冴状態を解除した。


 そして力なく横たわる少女を腕に抱え、大きく上を見上げた。


「とりあえず僕は戻らなきゃいけないんだ。このまま捨て置く訳にはいかないから着いてきてもらうよ」


 当然答えは返って来ない。

 これはお願いではなく強制なのだ。


「キュウゥ……」


「ん……?」


 そしていざ蹴り上がろうとした瞬間、小さな竜が恐る恐る近づき声を上げてきた事に気付いた。

 この竜は、最初のやりとりを見る限りこの少女のペットか何かなのだろうか。

 そう成ると置いていくのも忍びない。


「……キミも来る?」


「キュウ!」


 クロムが問いかけると、小竜は嬉しそうに声を上げ、クロムの体にしがみついた。

 仮にもクロムは主人(?)に手をかけた敵のはずなのだが、何故かこの小竜はクロムに対する警戒心が薄い。

 そんな疑問を抱きつつも、今は時間がないのでそれを頭の隅に追いやって強く地面を蹴り上げた。


 

 

 

 

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