2話 理由

「…………」


 自ら起こした行動とは言え、結果としてクロムの腕に抱き着く形になってしまった現状に、頬が熱くなるのを感じるルフラン。

 自分より小柄なはずなのに、何故か大きな存在として安心感を覚えるのは彼の強さゆえなのだろうか。

 だが、その感覚を楽しむ余裕はない。

 ルフランはなるべく目を合わせないように、後ろを歩く不愉快な男に視線を送る。


(――アイツ、アレだけ手酷く振ったはずなのに、まだ諦めてないの? しつこさだけはAランクオーバーね)


 そんな生理的嫌悪感を改めて示しながら、ルフランはクロムと出会う前の出来事を思い返した。


 ♢♢♢


「――それでは良き冒険者ライフを!」


 ギルドにて無事冒険者登録が完了し、受付に見送られたルフランは、一人依頼掲示板の前で頭を悩ませていた。

 失われた故郷を跡にして、やっとの思いでこの王都アウレーまで辿り着いた訳だが、ずっと辺境の町で家族と共に暮らしてきたルフランにとって、自分の力で仕事を探して一人で生きていくという行為はあまりに難易度が高かったのだ。

 冒険者としての基礎知識は身に着けた。最初の試験においても圧倒的な実力を以ってCランク認定を受けてのスタートだ。

 それでもいざ、となるとどうしても手が止まってしまう。


「――やあ、新人さん。お困りのようだけど、良かったら私が相談に乗ろうかい?」


 そんなときに、後ろから声をかける男が一人いた。

 男の名前はレオーネ。次期Aランク昇格候補とも言われるほどの、将来有望なBランク冒険者だった。


「キミだろう? 噂の大型新人と言うのは。もしよければ私たちと一緒に仕事をしてみないかい?」


 それは思いがけない提案だった。

 きっといきなりCランクスタートの期待の新人と言う評判がいい形で働いてくれたのだろう。

 そう思ったルフランは、迷うことなくその提案を受け入れることにした。

 

 そうして彼主導でルフランははじめての依頼に挑戦することになる。

 その依頼内容は、Cランク相当のとある魔物の討伐だった。

 レオーネには既に3人の女性の仲間がおり、その全員がBランク冒険者だったため、失敗はまずあり得ないだろう。

 そんな安心感と共に迎えた、はじめてのの魔物との戦闘。

 だが、レオーネはルフランに対してこのように言い放った。


「まずはキミ一人で戦ってみて。キミがどれほどの実力か見定めたいんだ」


「えっ……?」


「危ないと判断したら加勢するから」


「……分かりました」


 てっきり全員で協力して討伐するものだと思っていたルフランは困惑するが、そう言われてしまった以上はやるしかないと判断した。

 王都アウレーに来るまでに何度も魔物とは戦ってきた。

 この程度なら自分一人でも倒せる。そう確信して、相棒の杖をその魔物へと向けた。

 そして――


「――ふぅ、何とか倒せた!」


 結果として、その魔物はルフラン一人の手によって倒された。

 全身の皮膚が焦げ、ところどころ肉が抉れるほどの凄まじい魔法。

 その一部始終を見ていたレオーネは満足そうに笑顔で頷いていた。


「素晴らしい! 期待通りの活躍だ!」


 そして称賛の言葉を向けられると、ルフランはやや恥ずかしそうに頬を掻きながらも誇らしげに頷いた。

 それからは冒険者としての基礎的なことをいろいろと教わりながらギルドへ帰還したのだが……


「はいこれ。今回のキミの取り分」


「えっと……はい、ありがとうございます」


 依頼完了の報告後、レオーネからルフランに手渡されたのは、全報酬の一割程度のお金だった。

 討伐対象の魔物は自分一人で倒したのに何故? という疑問が浮かんだが、いろいろ教わって勉強になった一日だったので、敢えて言及するような真似はしなかった。

 せっかくできた先輩との関係性を悪くすることは避けたかったからだ。


「ところでこの後、食事でもどうかな?」


「えっ、じゃあその、是非」


 その後、レオーネに誘われて食事を共にすることになった。


「えーっ! ルフランちゃん呑まないの~?」


「すみません、お酒はちょっと……」

 

 その場では酒が提供されたのだが、ルフランはまだ一度も飲んだ経験がなかったため断った。

 ノリが悪い、と思われたかもしれないが、それでも姉の存在から心の底から食事の場を楽しめるような心境ではないルフランにとって、酒に呑まれるということは避けたかったのだ。

 だが、段々と場が温まってきたところで、彼の友人らしき冒険者がこんな発言をしだした。


「しっかしよぉ、おめえもほんとだよな! こんなかわいい新人ちゃんを速攻で捕まえるなんてよ!」


「ははっ、よせよせ! 私はただ先輩としていろいろ教えてあげただけさ」


「よく言うぜ! そう言ってその三人を囲ったくせによぅ!」


 レオーネはその言葉に対して若干やりづらそうな顔をしていたが、確かに彼の仲間である三人の少女たちは皆レオーネとの距離が近い。

 これは後々知ることではあるが、どうやら彼女たちも新人時代からレオーネに声をかけられてそれからずっと行動を共にしているようだった。

 ルフランと彼女たちの違いは、ルフランがCランクスタートなのに対して、彼女たちはEランク以下からのスタートだということだが……

 

「それじゃあ、また良かったら一緒に仕事をしよう。困ったことがあったらいつでも声をかけてくれて構わないからね!」


 結局その日のうちにレオーネが変な行動を取ることは無かったが、別れ際にそんな事を言われたのを覚えている。

 それに対して言葉には表せない不安を抱いたが、あまり気にし過ぎるのも良くないだろうと、ルフランは気持ちを切り替えることにした。

 だが、その不安が悪い咆哮へと膨らんでいくのは時間の問題だった。


 それから何度かルフランはレオーネのパーティと共に依頼をこなしていったのだが、ルフランが一人で倒せそうな魔物の討伐はほとんどルフラン一人に押し付け、強敵が相手となれば後衛として自分の援護に徹するように強要し、様々な理由を付けて報酬をピンハネする。

 そのくせ何度も食事に誘ってくる上、様々な贈り物を渡してくるようになったのだ。

 しかもその都度やんわりと自分の固定パーティに入り、もっと仲を深めようと言ったアピールをしてくるようになった。


(そんなものよりちゃんと適切な報酬を寄こしなさいっての……)


 ルフランの不満は段々と高まっていき、間もなく限界を迎えようといったところで、ついに彼女が爆発する決定的な出来事が起こった。

 それはやはりレオーネが誘ってきた酒の席での出来事だ。


「――っ! これは……」


 ルフランが飲んでいたはずのジュースが、いつの間にかお酒にすり替えられていたのだ。

 もともと彼女が飲んでいたのが炭酸飲料であったこともあって、似たような味がするそれにすぐに気づくことは出来なかった。

 だが、時間が経つにつれ、体が熱を持っていくのを感じ、頭がぼーっとしていく感覚を得たことで遂に気づくに至った。


「ちょ、きゃあっ!?」


 ルフランは慌てて席を立とうとしたのだが、気づけばレオーネがルフランの間隣の席に座っており、立ち上がろうとするルフランの腕を掴んで自分の下に引き寄せた。

 今日に限って、仲間の女の子たちはいない。


「なぁ……もういいだろう? いい加減のものになってくれよ。これだけアピールしてるんだから、さ。いいだろ?」


 すっかり酔いが回ったレオーネは、ルフランの顔を近づけて囁くようにそう言い放ったのだ。

 それを聞いたルフランは全身が震えあがるような悪寒を覚えた。

 だが頭が上手く働かず、体が思うように動かない。

 気づけばレオーネの顔が目前に迫っていた。


「――っ!!」


 ルフランは慌てて右手を二人の体の間に挟み込み、殺傷能力の低い風属性魔法を用いて小爆発を引き起こし、強引にレオーネの体を引きはがした。

 同時にルフランの体も弾き飛ばされ、店の机と椅子をいくつか倒してしまったが、ルフランは即座に立ち上がり、取り出した杖の先をレオーネへと向けていた。

 その時のレオーネの表情は今でも決して忘れることは無い。

 絶対的な自信が折れ、状況が全く理解できていないといった顔だ。


「――今日までお世話になりました! あたしはもう大丈夫なんで、もう関わらないで!」


 そう言い放つと、ルフランはその足で店員に声をかけ、いくらかの迷惑料を支払ってからその場を去った。

 直後、静寂に包まれていた店内が一気に爆笑の渦に飲み込まれる。


「ぎゃははははははっ!! フラれてやんの!!」


「残念だったなぁ! 気が強そうな女の子は会わねえって思ってたけどよ!」


「あの三人で満足しとけよって話だよな、ははははははっ!!」


「まーま、飲めよ飲めよ! 飲んで忘れちまえ!!」


 当人の気持ちも知らず大盛り上がりする店に背を向けるルフラン。

 面倒ごとを引き起こしてしまったが、それ以上に嫌な奴から離れられて清々する気持ちの方が強かった。


「――――」


 歯が折れそうなほど強く屈辱を噛みしめ、怒りに震える手を握るレオーネのことなど、もう知る由もない。

 いっそ記憶から消してしまおう。そうだ、帰りに甘いものでも買って帰ろう。それがいい。

 高ぶる気持ちを抑えながら、ルフランは夜の町へと消えていった。

 

 ♢♢♢


(……あんまり思い出したくないことだったけど、やっぱりそう簡単には記憶って消せないわね)


 ところどころ抜けているところもあるかもしれないが、残念なことに嫌だった部分はちゃんと覚えていたようだ。

 だが、あの日を契機にレオーネがルフランに声をかけることは無くなった。

 同じ支部で活動している以上、時折すれ違うことくらいはあるが、レオーネはやや忌々しそうにこちらを見るだけに留まっていた。

 ルフランも彼と視線すら合わせることもなく過ごし続け、クロムと出会ってからは意識的に目を逸らすことすらやめていた。


(良かった。あの時ちゃんと突き放せて。あたしはあんな男よりも――)


 もっと隣にいて欲しい人が出来たんだから。

 そう思いながら、レオーネの存在を視界から追い出した。

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