1話 魔の領域
木々の間が白く塗りつぶされた、薄気味悪い森の中で、ところどころにフリルの装飾がなされた淡いピンクのドレスを身に纏う少女と、その肩の上でふわふわと浮かぶ小さな竜があてもなく彷徨っていた。
一見動きにくく見える服装だが、少女の動きを阻害しないように設計された外出用の特注ドレスであるため、移動にそれほどの支障はない。
なお既に相当な距離を歩いているはずなのだが、少女はほとんど足を止めることなく歩き続けていた。
とはいえ流石にこの状況を良しとは捉えておらず、困った顔で竜の子に話しかける。
「うーん……困りました。わたし、完全に迷子ですね……果たして出口に進んでいるのか、はたまた逆に奥へ向かっているのか」
「キュ……」
「こうしてあなたと散歩をする事には悪い気はしませんが、いつまでもこのままだと流石に困ってしまいますね」
少女の呟きに同意するかのように項垂れる竜の子だが、残念ながら彼にも全く道は分からないので、助けになってあげることはできない。
だが、竜の子は突如として何かを察知し、牙をむき出しにして前方に威嚇した。
「――あら、あなたも
少女は竜の子が反応するのと同時に足を止め、彼と同じ方角を向いて警戒心を強めていた。
愛も変わらず無数の木々と霧の色しが存在しないつまらない景色だったが、その白霧を掻き分けるように巨大な影がゆっくりと姿を現した。
「うーん……せっかく出会ったのですが……残念ながら優雅にお茶をしながらお話し合い、と言う訳にはいかなさそうですね」
現れたのは大木に足がついたかのような魔物だった。
触手のような蔦をうねらせながら、真っ黒なギザギザの口を大きく開いてこちらに迫り来る。
魔物の中でもおそらく上位に位置するであろう、恐ろしい威圧感を纏う魔物を前にしているにも関わらず、少女は何故かひどく落ち着いていた。
一方で竜の子は最初こそ強気に威嚇をしていたが、だんだんと恐ろしくなったのか、魔物が目前に迫ると震え上がり慌てて少女の後ろに隠れてしまった。
「――来なさい。
「キュッ!?」
一言、少女が呟くと、彼女の頭上に黄金に輝く魔法陣が出現し、そこからゆっくりと一振りの槍が滑り落ちてくる。
少女はそれを手に取り、手慣れた様子で振り回すと、それを大上段に構えた。
そして呼応するかのように槍に電撃が走り、やがてそれは少女の体を包むように広がっていった。
「やあっ!!」
地面が弾け飛ぶ程の蹴り込みと共に猛スピードで距離を詰める。
魔物の上に姿を現した少女は、槍を構え、雷鳴と共に急降下した。
「喰らいなさいッ!」
それはまるで神の裁きの如く、黄金の輝きによって魔物を一瞬にして焼き尽くしてしまった。
そして金雷の槍使いは、突き立てた槍を器用に操りバク宙をした後に華麗に着地した。
「――よっと! ふふっ、雷鳴突き。決まりました!」
槍をクルクルと回してから嬉しそうに決めポーズを取る少女。
その様子を見た竜の子も遅れて少女の周りをパタパタと飛び回った。
「わたし、こう見えて結構強いんですよ! あなたの事もちゃんと守ってあげますから、これからも安心してついてきてくださいね」
そう言うと、竜の子は再び歓喜の声を上げた。
まだまだ目的地は見えないが、魔物の襲撃というイベントは、この何もない空間に起きたはじめての
少女はこれを前向きに捉える事にした。
そして、この地に迷い込んでから丸一日が経過した。
彼女が運命の邂逅を果たすのはまだもう少し先の話……
♢♢♢
魔境・ネーベルヴァルト。
それはパルメア王国南部に位置するエルネメス王国との境界線にあたる深い森だ。
魔境とは一般的には”
その理由は様々なものが存在するが、基本的には魔物たちが大量発生する上に未開拓領域のために何があるかわからないという危険性があるからである。
なお、当然ながら魔境には地図すら存在しない。
そのため頼りになるのは方角を示す方位磁針か、
魔境の中には磁気を狂わせる特殊な環境が広がっている場所もあるため、そういう時に役に立つのだ。
もちろん逆もまた然りであり、魔境に挑む冒険者はどちらも用意しておくのが常識となっている。
「便利なモノですね。これさえあれば道に迷わなくなると」
「これもギルドの研究の賜物です。この世界において、国境を越えて展開している巨大組織は冒険者ギルドくらいですから」
「なるほど……」
現在クロム達は先頭を買って出たヘザードについていく形でネーベルヴァルトを進んでいる。
彼女の手にはそれぞれ魔方指針と杖が握られており、前方への警戒を怠ることなく慎重に歩いていた。
一方でクロムは自分の仕事が特に無いため、主に担当である右方向に警戒しつつも若干の退屈を感じていた。
というのも、魔物が現れると即座にヘザードが魔法で始末してしまうので、彼が戦闘する機会がほとんどないのだ。
「ふっ!」
今も前方に鳥型の魔物が2体ほど姿を現したが、彼女の杖が光った瞬間、2体は地面に叩き落とされ、その先に待ち構えていた棘状の岩に突き抜かれて絶命した。
固有魔法【
試験の時は全然本気を出していなかった彼女にあっさりと追い詰められたことを今でも覚えている。
だが、それ以上にクロムにとって気になることが一つあった。
「あの……ルフラン。近くないかな?」
「そう? 普通でしょ」
彼の真隣で歩くルフランは左方向の担当だ。
しかし何故か彼女はほぼ密着状態と言っても良いくらいクロムに近い位置を維持しており、若干の歩きにくさを感じながらも離れようとしない。
ただ、ルフランは時折睨むように後方へ視線を送っているので、やはり
「そんなに怖い顔をしなくたっていいじゃないか。私と君の仲だろう? ほら、昔みたいに遠慮なく頼ってくれていいんだぞ」
「…………」
「わっ、ちょっ、ルフラン!?」
後ろで笑顔を浮かべながら手を広げるレオーネを見て、心底嫌そうな顔を返したかと思えば、そのままクロムの左腕に抱きついてきた。
そして何かを伝えるかのように厳しい視線をレオーネへと向けた。
状況が掴めないクロムは困惑するが、ルフランは腕からなかなか離れようとしない。
(ごめんクロム。もうちょっとだけアピールさせて。こうでもしないとアイツしつこくなるから!)
どうしようかと足を止めたクロムに、ルフランがそっと耳打ちをした。
よく見ると彼女の頬は若干赤くなっている。
「……やれやれ。相変わらずつれないね」
そう呟くと、レオーネはため息をつきながら後方の警戒へと戻った。
それを見たルフランはゆっくりとクロムの腕を離した。
エルミアほどでは無いが、なかなかの感触だったのでクロムはちょっと惜しいなと思ったが、ルフランはクロムから離れた瞬間に視線を逸らしてしまった。
(……何があったのかは知らないけど、いざという時はすぐ動けるようにしとかなきゃか)
クロムの勘が、このレオーネという男はどこか危険であると告げていた。
この予想が当たらないことを願いつつも、もし何かが起きた時はルフランを守れるように準備しておく必要性があるなと改めて思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます