23話 Bランク昇格試験3
「岩を破壊するのがダメなら迂回するしかありませんが……」
「この道を使わずにカルム海岸に行くには大きく迂回してエアル平原を通るか、ファアリの森を突っ切るかしかないわね」
港町ポルトゥスへ向かうにはカルム海岸というエリアを通過しなくてはならないのだが、そのエリアへつながる道は大きく分けて三つ存在している。
基本的に王都アウレーから向かう場合はこのタルガ山道を通過するのが一般的ではあるが、その道が封鎖されてしまっている以上、他の道を選択するほかにない。
それがエアル平原を通るルートと、ファアリの森を通るルートだ。
「エアル平原なんて通ってたらどう考えても日没までには着かねえぞ。それじゃ依頼主サマが困っちまうだろ」
「そ、そうだ! 私は多忙の身ゆえ予定に送れるわけにはいかん!」
「ならもう行く道は一択だろ。ファアリの森を突っ切るしかねえ」
「待って。ファアリの森は”魔境”よ。アナタも知らないわけじゃないでしょ」
「魔境……?」
魔境とは、一言で言えば魔物たちの領域だ。
まるで人類の生活圏を区切るかのように広がる超危険地帯。
魔境に出現する魔物は凶暴かつ戦闘能力が高いため、優秀な冒険者でもみだりに立ち入ることは推奨されていない。
「だから何だって言うんだ? 今回俺たちに課された試験内容は指定された時間までに依頼人を目的地まで送り届けること。エアル平原を通ってたら絶対に間に合わねえぞ」
「それはその通りだけど、ファアリの森を進むと言うことは常に命の危険に晒されると言うことよ。冒険者たるもの、依頼人の安全を第一に考えるべきでしょ? だからここは時間をロスしてでも迂回すべきよ」
「なんだ、あの森に挑む自信がないってのか? アンタ、結構強そうに見えたけど俺の勘違いだったかもしれねえな?」
「……安い挑発には乗らないわよ。それにこれはあたし自身の安全よりも依頼人の安全確保が最優先ってだけの話」
「ちょ、ちょっと二人とも……」
ああ、困った。
ルフランのリックの二人の意見が食い違って対立してしまった。
空気がピリついているのを感じる。
これは明らかに良くない流れだ。
何とか止めに入りたいところではあったが、このような状況に対する経験に乏しいが故に適切な言葉が見つからない。
モタモタしているうちに二人はだんだんとヒートアップしてしまい――
「じゃあつまりお前はこの試験に合格したくないってことでいいんだな!?」
「そうは言ってないでしょう! だから――ああもう、だからクロムと二人が良かったのよ!」
売り言葉に買い言葉。
最初こそ冷静に意見を述べていたルフランだったが、だんだんと苛立ちが抑えられなくなり口調も強くなっていく。
「ふんっ、そこまで臆病者だったとは思わなかったぜ。ところでクロム、お前はどうなんだ? お前はファアリの森とエアル平原、どっちを行くべきだと思う?」
「へっ……? ぼ、僕ですか。僕はえっと……」
急に話をふられて困惑するクロム。
感情的にはルフランの味方をしたいところではあるが、試験を放棄するような選択肢を取って良いのかと言う疑問がある。
正直なところ、自分ならばその"魔境"とやらに挑んでも生還できる自信はあった。
アルファンによる稽古の成果もしっかりと出てきていて、明確に自分が強くなったのを感じていたからだ。
だが……
(自らの力に溺れた者に
「ルフランの言う通り僕も迂回するべきだと思います。わざわざ危険を冒す必要はないでしょう」
「はぁぁぁ……お前らにはがっかりだぜ。もういい。お前らはもう棄権しろ。ここから先は俺一人で行く」
「はぁっ!? 何言ってるのよ! 依頼中における勝手なパーティの解散は認められていないわ!」
「あーもう、うるせえなぁ……俺はこんなところで不合格になる気はねえんだよ! 依頼人も時間通りに到着した方がいいに決まってる。って訳で話通してくるからお前らは今のうちにどうするか考えとけ。やっぱり着いていきたいってんなら俺は受け入れるぜ」
「あ、ちょっ……はぁ……」
ルフランが大きなため息をつく。
きっと彼女がこうなることを危惧してリックのパーティ加入を躊躇っていたのだろう。
クロムとしても怒りの感情に支配される程ではなかったが、なんとも言えない不快感を覚えていた。
「どうしますかルフラン。このままじゃ……」
「どうもこうも、あとは依頼人の意見次第ね。もし仮に本当にファアリの森ルートで行きたいと希望したなら従うわ。意見が一致しなかったからって依頼を放り出すのはあたしのプライドが許さないから」
「そうですね。その時はもう覚悟を決めましょう」
クロムも、ルフランの意見には同意した。
しばらくしてリックと依頼人の男がやってきて、考えた結果、ファアリの森のルートで行くことに決めたと告げた。
そこでルフランは先ほどと同様の言葉を口にして、着いていく意思を示したため再び全員で馬車に乗り込んだ。
しかし激しく対立した直後のため、車内の空気は最悪だ。
クロムもこのような状況下で口を開く気が起きず、ただ何事も起きずに森を抜けられるように願うことしかできない。
そしてしばらくして……
「魔物だ!」
と前方から声がかかったので、3人はすぐさま外へ飛び出し戦闘体制を整える。
いつでも刀を抜ける状況。油断はない。
だが、彼らの前に現れた狼型の魔物には見覚えがあった。
(あれは僕が捨てられた森にいた魔物……かな?)
そう、ジーヴェスト公爵家を追い出されてからはじめて目覚めた場所。
エルミアと出会ったあの森で戦った魔物にそっくりなのだ。
(もしかしてあの森の名前ってファアリの森だったのかなな……?)
そんな思考を走らせているうちに、狼たちが一斉に襲いかかってきた。
これならば問題なく倒せる。そう確信したクロムは瞬時に刀を抜き、飛びかかってきた狼を一刀の下に切り捨てた。
ルフランも得意の炎属性魔法で対象を焼き払い、リックは派手に斧を振り下ろして魔物を両断した。
「ほら見ろ、やっぱり大したことねえじゃねえか。俺の意見が正しかったってことだ!」
「…………」
ルフランは何かを訴えるかのような鋭い視線をリックに向けるが、あえて言葉を発することなくそのまま馬車の中へと戻っていった。
確かにこの程度の魔物しか出ないのであれば、依頼人を守りながら戦い抜くことはできそうだ。
だが、クロムの頭の中にはある予感が浮かんでいた。
そしてそれは最悪の形で当たることとなる――
それから数十分後、彼らは魔物たちを蹴散らしながら順調に先に進んでいた。
タルガ山道に比べて明らかに襲撃の回数が多いが、一体一体の強さはそれほどではないことから特に苦戦することはなく、このままカルム海岸に迎えそうだと誰もが感じ取っていた。
しかし――
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
「うおおおおおっ!!?」
突如として凄まじい轟音が響き、馬車が急停車した。
慌てて3人が外に出てみると、そこには何やら巨大な物体が道を塞いでいるではないか。
「なんだコイツは……岩? じゃねえな――はっ!? もしかしてゴーレ――――」
「リックさん危ないっ!!」
巨大なのように見えたそれは、突如として
その真下にいたリックの危険を感じ取ったクロムは、瞬時に地を蹴り、その間に滑り込む。
そして妖刀を抜き、思いっきり斬り上げた。
「ぐっ、硬っ……! なら――」
あまり力がこもっていない刀だったが故に、ゴーレムの体に傷をつけることは叶わず、拮抗状態に陥った。
あまりの重さにクロムの両足が若干地面にめり込み始める。
このままでは押される。そう判断したクロムは、刀を強引に振り抜いて腕を右に大きく逸らした。
結果的に空振ることになったパンチは大気に凄まじい衝撃を与え、木々を大きく破壊してしまう。
その様子を見て3人は即座に理解した。
これが本当の"魔境"の魔物なのだと。
「……ここまでか。致し方あるまい」
そんな3人の後方から、誰かが小さく呟いた。
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