12話 招かれざるドラゴン1
これはマズい。
未だ経験の浅いクロムですら、そう認識できるほどの威圧感。
隣のルフランに至っては信じられないものを見るような顔をしながら大量の汗を流していた。
「に、逃げるわよクロム!」
「……逃げられますかね? 明らかにこっちのこと狙ってそうですが」
「それでも逃げるのよ! あんなのと戦って勝てるわけないじゃない! ほら、早く!」
「うわわっ!!」
ルフランは即座に判断を下し、クロムの手を引いて走り出した。
クロムはやや驚きながらもそれに合わせて走り出し、同時に後方を警戒する。
謎のドラゴンの瞳は、明らかにクロムとルフランの二人を捉えていた。
鋭い牙を持つ口からは炎のようなものが渦巻いており、翼の動き一つで凄まじい風圧が押し寄せてくる。
明らかにこの前の試験で戦ったドラゴンより格上の存在だ。
そんなことを考えていると、ドラゴンはやや首を引っ込め、さらに口元の炎が徐々に大きくなるのが見えた。
〝ヤバいのが来る〟と直感で感じたクロムは、それに従って即座に行動を起こす。
「すみませんルフランっ!」
「えっ、ちょ、きゃああああっ!!」
クロムは強引にルフランの体を抱え、勢いよく真横に跳んだ。
走りながらの急な方向転換だったため当然上手く着地できるはずもなく、二人の体は硬い地面に投げ出される。
地面を転がりながらもなんとか体勢を立て直して慌てて振り返ると、そこには大地を分かつほどの火焔が伸びていた。
あと一歩遅れていたらアレに巻き込まれていたと思うとゾッとする。
しばらくすると炎こそ収まったが、
「いったたたた……た、助かったわクロム。でもこれ、どうしたら……」
「僕が時間を稼ぎます。ルフランはその隙に逃げてください」
「時間を稼ぐって、そんなの無理よ! とにかく全力で逃げて助けが来るのを待つしか――」
「それまでに二人とも死んだら意味がありません。僕は多分――大丈夫なんで」
そう言ってぐっと妖刀の柄を握り、紫に輝く刀身を露出させた。
妖刀は未だに何かを訴えかけるように点滅している。
クロムはその意味を何となく察していた。
おそらくこの刀は〝欲しい〟のだ。
あのドラゴンの肉が。血が。魔力が。
ならば、力を貸せ。クロムはそう呼びかける。
そんなに欲しいならあのドラゴンを討ち果たすために必要な力を貸してもらおう。
その呼びかけに、妖刀は応じた。
もくもくと薄紫の煙が噴き出し、クロムの体を優しく覆っていく。
あの時と同じだ。最初に妖刀を抜いた時、ボロボロだった自分の傷を
もしそれと同じような効果を持つものであれば、どんな傷を負っても大丈夫なはず。
いける。そう確信したクロムは、強く地面を蹴り、走り出す。
「ちょっ、クロム!!」
もはやルフランの声はクロムには届かない。
先ほどのブレスを警戒して大回りしつつも全速力でドラゴンの下へ駆けていく。
ドラゴンの視線はクロムへと移り、またも大口を開けて炎を蓄える。
直後、視界が赤に染まった。
「くっ――!!」
凄まじい速度。このままでは飲み込まれる――が、そのまま走る。
避けられないのであれば、斬るしかない。
妖刀を握る手に力が籠る。
足は止めない。こんなのでいちいち足を止めていたらドラゴンに
強く息を吐き、
今回は一切力を緩めない。今出せる全力の一撃を放つ。
そして刃から紫の剣閃が生まれ、迫りくる爆炎を飲み込んだ。
肌が焼け焦げそうな熱量を感じながらも、前へ前へ進む。
時間にしてものの数秒。
体感では何分もの間耐え凌いだ気分になるも、ついに妖刀は炎のブレスを完全に斬り伏せ、道を切り開いた。
だがその刃はドラゴンには届かなかった。
かの魔物は未だに健在。それどころか次のブレスを放とうと首を引っ込めていた。
地上で刀を振るってもドラゴンを斬ることは難しい。
ならば、とクロムは再度地面を強く蹴り空中へと飛び出した。
そして空を蹴り上げ、どんどん加速する。
これはかつて師匠に教わった魔力を持たざる者でも使える移動法。
特殊な蹴り方をすることで大気に満ちる魔力を一時的に固めて踏み台として使う事が出来る。
応用すれば水面を走ることすら可能となる、クロムの得意技だった。
ドラゴンはまさか翼を持たぬ人間が飛びあがってくるとは思わなかったのか一瞬目を細めた。
しかしすぐにクロムに向かって強烈な火焔ブレスを吐き出した。
「はああああああっっっ!!」
しかしそれすらもクロムは斬り伏せた。
爆炎の中に道を作り出し、一直線に進む。
そして炎が晴れた時、クロムはドラゴンの翼の前まで迫っていた。
「まずは一撃ッ――!!」
両手で柄を握り、思いっきり袈裟に振り下ろした。
しかしドラゴンはすぐさま空中で回転するように体勢を変え始める。
だが完全な回避は出来なかった。
クロムの刃はドラゴンの腹に触れ、そのまま肉を
直後、ドラゴンの悲鳴にも似た咆哮が響いた。
これは効いただろうと確信し、次なる一手に移ろうとするクロム。
しかし、その眼前には何か巨大な縦長の
それがドラゴンの尾であるということに気づいたのはもう回避できない距離まで接近してからであり――
「あぐっ!?」
すぐさま妖刀を前に構えて受け止めようと試みるが、その勢いはあまりに強かった。
しかもクロムの体は今、空中に投げ出されている状態。
足の力で踏ん張ることもできない状況だった。
「うわああああああっっ!!」
つまり必然的にその体は思いっきり弾き飛ばされてしまう訳で、クロムは勢いよく地上へ向けて落ちていった。
「クロムっっ!!」
それに反応したのが、クロムの戦いに見入ってしまい動けなかったルフランだった。
岩山や木々を吹き飛ばしながら爆発に似た音を立てて地上に叩きつけられたクロム。
あんな目にあって無事なはずがない。
すぐに助けに行かなくてはと、走り出す。
しかし、
「ぐっ、いってててて……」
クロムは無事だった。
せっかくエルミアに整えてもらった服は台無しになってしまったが、傷は全て妖刀の煙が癒してくれたので立ち上がることが出来た。
おそらく全身の骨が折れ、肉が弾け飛んだことだろう。
全身の至る所が痛むのを感じながらも、それでも体が無事であることを喜ぶべきだ。
妖刀の不思議な力に感謝しなくては。
しかし、これでまた振出しに戻ってしまった。
またドラゴンに接近するところからやり直しだ。
どうしたものかと考えながらも、すぐさまドラゴンの下に走り出す。
そして逆方向から向かってきていたルフランと合流した。
「クロム! 無事だったのね!」
「ルフラン!? どうして! 逃げてって言ったのに!」
「……アナタを置いて一人で逃げるわけにはいかないでしょ。それじゃあパーティとは言えないのよ」
「でも……」
「クロムの戦いを見てあたしも覚悟を決めたわ。今度はあたしも一緒にやる」
気づけばドラゴンは再び二人の上空にいた。
これで仕留めたと判断して見逃してくれたら楽だったのだが、どうやらそうはいかないらしい。
ルフランは先ほどの戦闘で用いていたステッキを取り出し、何やら魔法を唱える。
するとその杖が急激に伸び、ルフランの背丈に近しいほどの大きさの杖となった。
「クロム。あたしが道を開くわ。だからアナタはその隙にアレに近づいて斬っちゃいなさい」
「道を開くって言ったってどうやって」
「剣を構えて。本当はこんなの通用するわけがないから使いたくなかったけど、きっと露払いくらいならできるわ」
クロムには彼女が言っている言葉の意味を理解できなかった。
だが、
見てなさい。とルフランは一言呟き、両手で杖を前方に構える。
ドラゴンはこちらを
「
直後、
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