10話 はじめての依頼1

 握り返したの手は、想像以上に硬く、しっかりしていた。

 きっと常日頃から剣を握って鍛錬しているのだろうと想像がつく。

 正直なところ自分よりも幼いとは思っていなかったので最初は声をかけるか少し躊躇っていたのだが、想像以上にしっかりとした態度で驚いた。

 問題は本当にクロムがCランク相応の実力を有しているかどうかだが、ルフランは己の眼と直感が間違っていないことを信じることにした。


「じゃあ早速、何か依頼を受けましょう。お互いの戦い方を確認する意味でも、簡単な奴をね」


「はい。そうしましょう」


 本当に早速の提案ではあるが、冒険者というのは依頼を受けるのが仕事なのでおかしなことではない。

 クロムとしても、今日のうちに一度は依頼を経験しておきたかったので好都合だった。

 どれくらいの報酬がもらえるのかとかはさっぱり分かっていないが、せっかく冒険者になれたのだから自分の生活費くらいは確保できるくらいには働いておきたい。

 いつまでもエルミアの厚意に甘え続けるわけにはいかないのだ。


「何か希望とかはある? 特になければあたしが勝手に選んじゃうけど」


「いえ、特には。ルフランに任せます」


「そ。じゃあこれね。とりあえずパーティ登録するからクロムも付いてきて」


 そう言ってルフランは迷いなく掲示板に張り付けられていた一枚の依頼書を剥がした。

 おそらくクロムに声をかける前から目を付けていたモノなのだろう。

 彼女は足早に受付へ向かって行ったので、クロムもそれを追いかける。


「この依頼、受けたいんだけどいいかしら」


「はい。ではギルドカードを確認させていただきます」


 ルフランは依頼書と共に一枚のカードを受付に差し出した。

 それは冒険者ギルドに所属する者としての証、ギルドカードだ。

 そこには名前などはもちろん、冒険者を管理する個人番号やそのランクなども記載されている。

 ギルドで依頼を受けたいときは必ず受付にこのカードを提示しなければならないのが決まりだ。


「あの手紙に入っていたカードか」


 もしかすると必要になるかもしれないと思い、クロムはポケットに入れておいたギルドカードを取り出した。

 エルミア曰く、このカードは依頼で稼いだお金などを貯めておいて、買い物などはこのカードを提示するだけで出来るなどと言った様々な便利機能が備わっているらしい。

 無くすと再発行料としてそれなりのお金がかかってしまうので、なくさないでねと釘を刺されたのを思い出す。


「Cランクのルフラン様ですね。ステルクウォルフ討伐依頼の受注、承りました。何かご要望などはありますか?」


「そこの彼と固定パーティを組みたいのだけど、手続きしてもらえるかしら」


「かしこまりました。ではそちらの方のギルドカードもお願いします」


「ん、ほら早く」


 ルフランと受付嬢の二人から視線を向けられたので、クロムは慌てて自身のギルドカードを置いた。

 失礼します、と一言置いて、受付嬢は二人分のギルドカードを受け取って後ろの扉の奥へ行ってしまった。

 そしてしばらくの間待っていると、奥からカードを持って戻ってきた。


「ではギルドカードをお返しします。今回お二人とも固定パーティを組むのは初めてのようですが、固定パーティについて簡単な説明をしてもよろしいでしょうか?」


「ええ。お願いするわ」


「はい。お願いします」


 すると受付嬢は2枚の紙を取り出してクロムとルフランにそれぞれ1枚ずつ手渡した。

 固定パーティの仕組みや決まりについて様々なことが記されているが、その中で重要なのは主に3点。

 

 まず、固定パーティのメンバーのランクは3つ以上離れてはならない。

 つまりCランクである自分たちは最低でもEランクの人とまでしかパーティを組むことが出来ない。

 逆に上のAランクの人とまでならばパーティを組むことが出来る。

 ちなみにメンバーのランク昇格などによってランク差が3つ以上になってしまった場合は、パーティの解散か指定メンバーの脱退が必要となる。


 次に、パーティ単位で受けられる依頼は、パーティメンバーの中で最もランクが低い者と同じランクの依頼まで。

 つまり自分よりも下のランクの人と組むと、その下のランクの依頼しか受けることが出来なくなる。

 もちろん個人で依頼を受ける分には問題はないが、基本的には同ランク同士で組むのが理想的という事になる。


 最後に、固定パーティを組んでいる冒険者は、他メンバーの了承なく他人と臨時パーティを組むことは出来ない。

 これはある意味当然と言えば当然なのだが、パーティなのだから、複数人で依頼を受けたいときはそのメンバーと一緒にやるべきと言う考えによってこの項目が記されている。

 

 他にも一応メンバーの中に一人でも規約違反者がいたらそのメンバーは強制脱退させられるとか、一定期間固定パーティ単位で依頼を受けていなければ強制解散させられるなどがあるそうだ。

 このあたりはよほどのことがない限り大丈夫と言われたが、頭に入れておく必要はあると思いクロムはしっかり目を通しておくことにした。

 そして受付嬢の説明が終わったので、二人は一度テーブルの席に着いた。


「ふー、とりあえずこれで今日からクロムとあたしは同じパーティの仲間ってことになるわね」


「そうですね。これからお世話になります」


「だーかーら、あたし達は対等って言ったでしょ? 仲間ってのはお互いに迷惑をかけあうものなのよ。だからアナタもあたしがピンチなときはちゃんと助けなさいよね?」


 なるほど、とクロムは頷く。

 今まで他者との交流をしたことがないクロムにとって、対等な関係というものは良く理解できていない。

 まあ、それに関してはこのルフランと共に行動する中で学んでいければいいかと思った。

 

「さて、これからステルクウォルフの討伐に向かう訳だけれど、その前にいろいろと準備をしなきゃいけないわね」


「準備、ですか?」


「そ、準備。これからあたしたちは王都の結界の外、つまり魔物があふれる危険地帯に行くわけ。そんなところに行くのにまさか手ぶらってわけにはいかないでしょ?」


「それもそうですね」


 ルフランに指摘され、クロムはファアリの森を一人で彷徨さまよっていた時の事を思い出す。

 地図も食料もなく、刀一本だけしか持っていなかったあの時は本当に死にかけた。

 もうあんな目に合うのは絶対に御免だ。


「と言っても今回の目的地はそう遠くないから、持っていくのは最低限の食料とちょっとした装備でいいと思うわ」

 

「なるほど……でも僕、そういうのは持ってないんですけど……」


「そんなの見れば分かるわよ。もちろんこれから買いに行くの。いいお店あるから教えてあげる。ほら、行くわよ」


「は、はい」


 そう言ってルフランはクロムを店の外に連れ出した。

 ちなみにこのギルド内部にも冒険者支援用の物品が売っている店がある。

 そこで買うのではないのかと尋ねてみると、


「ギルド内のお店は手軽な上にいいモノが揃ってる分ちょっと高いのよ。稼いでる人なら全部そこで済ませてもいいんだけど、少しでも安く手に入るならそれに越したことは無いでしょ?」


 と言う答えが返ってきた。

 ギルドにとって、ギルド支部内で展開しているお店も重要な収入源なのだ。

 しかしそれ以外でも冒険者向けの品物を販売しているお店はいくらでもあるとのこと。

 これからルフランが案内するお店がそのうちの一つなんだとか。


「ところでクロム、お金は持ってる?」


「あ、はい。一応あります」


「そ、ならいいわ」


 正確にはエルミアからお小遣いとしてもらったお金が、だが。

 これからこの街で生活していくうえで必要な物を買うようにと渡されたお金。

 クロムは今まで自分のお金と言うものを持ったことがない上に使ったこともないので、どう活用したらよいのかが分からずまだ一度も手を付けていない。

 一応お金の価値については勉強しているので、渡されたお金がかなりのものであることは知識として理解していたが、実際これだけのお金で何が手に入るのかはよく分かっていない。

 これを機に学べればいいな、と思っていたのだが――


「ありがとうございましたー! またお越しくださいませっ!」


「ん。はいこれ、あげるわ」


「あの、えっと――いいんですか?」


 気が付けば、ルフランがおすすめする〝必要な物資〟は彼女によって購入されてしまっていた。

 提示された値段はクロムの手持ちでも十分に支払えるくらいだったのだが、


「最初だけよ。最初だけ先輩面させてもらうわ」


 と言って袋を手渡してきたのだった。

 明日からはちゃんと自分のお金で買いなさいよね! と繰り返し強調するルフラン。

 やっぱりいい人なんだなと再確認するとともに、今の自分は他人からほどこしを受けすぎているような気がしてならなくなる。

 ならばせめて、依頼には全力で取り組もうとクロムは思った。


 ルフランが今回提示したのは魔物の討伐依頼だ。

 それならば戦う事しか能のない自分でも十分貢献できるだろう。

 今の自分がルフランに対して返せるものは、この剣技ちからしかないのだから。

 それを示すことがきっと、彼女の言うに近づけるのだろうと、ルフランの後ろ姿を見ながらそう思った。

 

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