恋の水蒸気爆発
まきや
第1話
「この
俺の心と瞳は
映っているのは
特にセンターとその両脇にいる2人の女の子が、推し中の推し。3人とも好き過ぎて、誰かを選べと言われても答えられない。
ベッドのヘッドボードに背を預けながら、俺は手だけでボックスティッシュを探し当てた。
興奮した俺には、絶対にこいつが必要だった。
いや、違う。
待ってくれ。
ほんと頼むから。
変な想像をしないで欲しい。
俺は特殊な人間なんだ。本当に。
だからその目は止めてくれってば。嘘じゃない。
歌でも、小説でも、映画でも。
俺はその存在が『尊い』と感じると、鼻から血が出るんだ。
いわゆる鼻血ってやつだ。それも感動の大きさに比例して出血量が増える。
この前もデパ地下でうっかり餃子を試食したら、あまりの旨さに床が血まみれになった(販売応援の店員がパニクったのは言うまでもない)。
普段から気をつけるようにしている。だが大ファンである落石坂のPVとなったら絶対にやばい。耐えられない自信がある。
尊さは血しぶきと化して吹き出し、自分の部屋を血まみれにする自信がある。
はたから見たらただの変態だが、この熱い液体は俺にとって、尊いものに捧げる聖なる供物なのだ。
座ってくれ。頼む。もう少しだけ付き合ってくれ。
「ママー、お兄ちゃんの部屋がうるさーい! 何か女の人の声がするー!!」
「マサフミ、レンタル屋で変なビデオ借りてくるんじゃないの! ミカの教育に悪いでしょ!」
昭和生まれの母よ。これはスマホだし観ているのはサブスクだ。それと変な想像は止めてくれ。
いかん! 映像に集中しなくては。
俺の焦りを洗い流すように、アイドルたちは画面せましとダンスを披露してくれる。
PVが中盤を迎えると、メンバーのズームショットが中心になってくる。いわゆるファンサービスというやつだ。
センターの『石灰岩ライム』。ショートカットの健康的な笑顔が万人を魅了する。
右の鼻から大量の鼻血が流れ出た。俺はティッシュを棒状にして押し込んだ。
センター右をつとめる『火山岩シリカ』。切れ長の特徴的な目に射止められるファンは多い。
あふれる想いはひとつの穴では収まらない。左鼻からも熱い血しぶきがほとばしる。
左でジャンプする子は『変成岩シスト』。天然さではお馬鹿タレントを超える素質を持つくせに、ときおり見せる知性とのギャップがたまらない。
凄すぎる。このPVは伝説になるだろう。俺の感動はもう薄い鼻紙だけでは押さえきれない。
枕が、シーツが、毛布が、俺の寝場所が真っ赤に染まっていく。
「ママー! お兄ちゃんの部屋から、変な臭いがするんだけど! なんか生臭いっていうか、鉄臭いっていうか」
母親が血相を変え、俺の部屋のドアを叩いてくる。
「ちょっと、マサフミ! 開けなさい! あんた真っ昼間から何してるの!」
昭和の母よ。なぜに我が息子を信じられぬのか。
彼女いない歴25年、ニート歴3年の長男だからといって、昼間からそんな元気ないわ。
ベッドの上の血溜まりに座りながら、俺は絶頂の時を迎えようとしてた。
新曲PV『恋の水蒸気爆発』の再生時間が、残り30秒を切った。この神聖なプロモージョンは、どんな最後を迎えるのだろう。
それまで背景だったCGの火山が、いきなり爆発した。水蒸気が作り出した霧のカーテンがセンターの3人を隠してしまう。
シルエットだけになった推したちの仕草を見て、俺は思いっきり鼻を押さえた(もう手遅れだが)。
ぬ、脱いでいる! どうみても衣装を脱いでいる! これはまずい! 聖なる尊さが妄想に侵食されていく。
そのままでも十分に刺激的な赤のジャケットが空を舞い、超ミニのスクール調スカートが地に落ちる。
霧の裏で何かが起きている……とんでもない事態が起こっている!
一度しか押せないと知りつつ『いいね』ボタンを連打する血だらけの指が止まらない。
残りはあと10秒。水蒸気はどんどん風に流されていく。3人の全てが白日の元にさらされる時がやって来る!!
もう追加のティッシュなどいらない。手で鼻を押さえなくても構わない。俺の視界は歓喜の涙と鼻血の赤に覆われた。
霧が完全に晴れた。
映し出されたのは、ライム・シリカ・シストの体を隠す巨大なパネルと、そこに書かれた手書きの文字だった。
『この続きは握手券付きのDVDでね(ハート)』
ショックのせいか、出血多量のせいか。
俺は池となった尊い血溜まりに、前のめりにぶっ倒れた。
(恋の水蒸気爆発 おわり)
恋の水蒸気爆発 まきや @t_makiya
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