てぇてぇ発電

酒井カサ

第『推』話:尊物語、あるいは教授の異常な性癖

 ――「日本がエネルギー大国になる」と教授は語る。


 といっても、アラブ諸国よろしく石油がジャブジャブ湧き出るようになるわけでもなければ、シムシティよろしく原子力発電を増設するわけでもないという。そもそも二つとも昨今の事情を鑑みると現実的な方法ではない。となれば、残るは諸々の再生可能エネルギーを想像するわけだが、どうやらそれらの発電方法とは毛色が違うという。上記とは全く違う革新的な発電など、想像できないのだが。

 まさか螺旋力で発電するのではなかろうか。

 アニメ好きな学生、犀川は想像する。


「好きなのかい、グレンラガン」

「ええ、ロボットが主軸のアニメが好きなもので。光子力研究所に属したくて理系に進みましたから」

「よいことだ。君のような若者が多ければ、日本の未来は明るい」

「……教授が研究する新エネルギーとアニメが関係ある、と」


 まさか、有り得ないだろう。犀川はそう思いながら尋ねる。ゲッター線やミノフスキー粒子そのものがあれば、活用することで発電することはできるだろうが、アニメそのもので発電などできるわけがない。しかし、教授は眉ひとつ動かさずに答える。


「アニメに限らず、娯楽と呼べるものであれば関係がある。映画やドラマ、ゲーム、小説、音楽、スポーツなどが該当する。要するに娯楽が新エネルギーの依代となるのだ」

「は、はあ」

「その顔をみるに、説明が必要なようだな」

「す、すみません。勉強不足なもので」

「なに、構わん。この理論は学会の連中さえも眉をひそめる代物なのだ」


 教授がアニメ好きと聞いて入ったゼミだが、選択を誤ったかもしれない。バッグからメモ帳とペンを取り出しながら、犀川は思った。


「ときに君は『尊い』という概念について理解はあるだろうか」

「辞書的な意味であれば」


 尊いという言葉は「崇高で近寄りがたい、神聖、高貴」「きわめて価値が高い、非常に貴重」といった意味で使われている形容詞だ。高校受験に際して覚えた記憶がある。


「そちらではなく、オタクの俗語としての『尊い』なのだが」

「……ええっと、『オタクが推しキャラクターの行動や言動に対して抱く好意的な感情のこと』ですかね。文系ではないので、言葉には自信がありませんが」

「ああ、その理解で間違いない」


 いや、その理解で間違いないことがなにかの間違いであって欲しかったのだが。エネルギーとはかけ離れた話を繰り広げる教授に犀川は辟易とする。


「まさか、オタクがキャラクターに対して『尊い』と思う感情で発電するとか言わないですよね。そんな悟空の元気玉みたいな方法、本気でやるわけないですよね」

「そのまさかだよ、犀川くん」


 教授は決め顔でそう言った。いや、本当は真顔だった。斧乃木余接よろしく真顔だった。ただ、こちらは五十代半ばのおじさんによるものなので、可愛くなかった。そのとんでも理論を含めて。しかし、犀川の呆れた表情を見ても、教授は語ることを辞めない。


「今から20年前より、オタクがキャラクターなどに対して『尊い』という感情を抱いたとき、特殊なニューロンが発火しているというのは城南大学の本郷猛が出した論文であきらかになっているのは知っているかね」

「知らねーよ。というか、実在はしねーよ、そんな大学は」

「しかし、特殊なニューロンの詳細については謎が多く残されていた。ソシャゲのSSRガチャが出た時にのみ発火するニューロンこと『SSRガチャニューロン』の解析に成功した私は次にこの『尊い』ニューロンについて解析することにした」

「いや、なんだよ。SSRガチャニューロンって」

「結果、尊いニューロンは発生した際に微量な粒子を放出することがわかった。この『尊い』粒子は単体では微弱だが、他の『尊い』粒子と結合することでエネルギーが指数関数的に大きくなることがわかったのだよ。私はこの『尊い』粒子を『トウトイ・タキオン』と命名した」

「それはてめーがアグネスタキオンに沼っているからだろ」


 暴言を交えながらツッコミをいれる犀川であったが、教授はそれをものともせず、己が理論を語りきった。その姿はまさに典型的なオタクのそれであった。しかし、犀川もオタクである。己が受け入れられない理屈を論駁するすべには長けている。


「……その『トウトイ・タキオン』なる粒子があると仮定しましょう」

「仮定もなにも証明されたものだよ。臨床実験だって行っている」

「では、どうやって発電するんですか? お湯を沸かしてタービンを回すんでしょ、どうせ」

「ああ。『トウトイ・タキオン』そのものは電気ではないからな。変換が必要なのは君でもわかるだろう」

「じゃあ、どうやってその『トウトイ・タキオン』を集めるんです?」


 犀川が尋ねると教授が口を閉ざした。今までの気持ちよさげな表情はどこに消えたのか、彼はとても不機嫌そうな顔をしている。腕を組み、威圧するかのように犀川の前に立った。


「疑問だったんですよ。このゼミの募集要項に『尊いものがあること』ってあったことが。なぜそのような表記を?」

「……ゼミに必要だからだ」

「もうひとつ。僕ってゼミの先輩に一度もあったことないんですよ。だって今日まで会わせてくれないのですから。なぜ、そのような処置を?」

「……ゼミに必要だからだ」

「最後に。あれ、なんです?」


 犀川が指をさした方向に置いてあったのはシビュラシステムを彷彿とさせるものだった。すなわち、液体に浸された脳みそのだった。動物でないそれは誰がどう見ても人間のものだ。数はおおよそ30体ほど。ゼミの先輩の数とおおよそ一致する。


「一度、言ってみたいと思ってたのだよ。『君のような勘のいいガキは嫌いだよ』、と」

「どうして、こんなことを?」

「なに、思いついたから実験したくなったまでだよ。ロボットものに登場する博士が意味もなく巨大なロボを隠し持っているかのようにね。Zに登場するアムロレイがモビルスーツを隠し持ってなかったときは失望で飯が喉を通らなかったさ」

「カツみたいなことを……。それだけじゃないと僕は思いますけど」


 たかが思いつきならば、もっと『技術の無駄遣いwww』と鼻で笑われながらも、そこそこバズる研究をするはずだ。たとえばセブンペイをプログライズキーにして変身してみる、とか。教授は根っからのオタクなのだから。


「ああ、そうだ。私は純愛百合こそがこの世で一番尊いものだと思っていてね。ゆえにそれらの作品群にリョナ改変を施したうえで間男に寝取らせるエロ同人を描く絵師とそれで自家発電する連中が大嫌いでね。ここのゼミ生は皆、そういう連中だったのだ」

「なるほど、やってよし」


 犀川は暗黒百合文芸を至高だと考えていた。百合の方向性にこそ違いを覚えていたが、百合の間に男をはさめようとする連中は超法規的措置をもってして抹殺すべきだと考えていた。その点で教授は師と仰ぐに足る存在だった。


「彼らはどうせ自家発電が基幹産業だったのでしょう。ならば、せめて役に立つ形にしなければなりません。それに彼らはたのしい妄想の中で生きて行けるのでしょう? この世界が水槽の脳が視たものであるか否かわからないまま一生を終える我々よりも幸せかもしれません」

「ああ、可能性があることが決して幸せであるとは限らないからな」


 教授はそういって不敵な笑みを浮かべた。この25年間、新世紀エヴァンゲリオンの考察をして過ごした男であるがゆえに、理系でありながら哲学に対して深い造形があった。犀川もまたヱヴァンゲリヲン新劇場版に性癖をゆがめられた男であったので、教授との間にATフィールドは必要ないことを察した。そして、二人は固い握手を交わした。


 尊いに、ありがとう。

 百合に男を挟む連中に、さようなら。

 そして全ての推しにおめでとう。



 ――終劇――

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