そして僕は———

nobuo

尊い…

 その台風・・は毎朝かならず僕を襲う。


けいクン圭クン圭クン圭クン! ねえ、聞いて———っ!」


 登校し、教室に着いた直後、バタバタと靴音を鳴らして教室に飛び込んできた彼女は、華麗な身のこなしで机を回避しながら近づいてくると、無遠慮に僕の腕を掴んで引っ張った。


「うわっ、ちょっと待って」

「いいから来て! 重大事件なの!」


 そう言うなり僕の意思など関係なく、ずるずると廊下へと引き摺られる。


「まったく、毎朝毎朝仲がいいよなぁ」

「ホントだよ。女の子の幼馴染なんて、羨ましいぜ」


 周囲のやっかみを聞きながら廊下に連れ出された僕は、いつも通り階段を上らされ、屋上手前の薄暗い踊り場で座るように促された。

 そしてひんやりとした床に腰を下ろした瞬間、焦点が合わないほどの間近にスマホの画面を押し付けられたかと思うと、彼女は意味不明なセリフを吐きだした。


「どうしよう…わたし享年十六歳になりそうなの!」

 

 その割には元気が有り余っている。

 僕はやんわりスマホを遠ざけ、はいはいと返事をした。


「も~~~、ヤバいんだよ圭クン。昨日の”板わさモナカ”先生の更新、扉絵が超神懸ってて、見た瞬間心臓が止まったの! 死にそうなぐらい凄すぎるんだよ!」


 興奮に目を潤ませ頬を染めた朱莉あかりは、スマホを胸に抱き締めてジタバタと悶える。勢いよく頭を振るものだから、彼女のポニーテールが左右に振り回され、バシバシと僕の顔に当たって地味に痛い。

 こうなると何を言っても聞こえていないため、僕は虚ろな顔で朱莉がスタミナ切れするのを待つ。

 暫くして少し落ち着いてきた彼女に改めて見せられたイラストは、制服姿の二人の美少女が描かれているものだ。

 投稿サイトで素人作家が連載している【花に寄り添う】というタイトルの漫画で、活発なソフトボール部のエースと引っ込み思案の美術部員が惹かれ合い、少しずつ距離を縮めてゆくという…いわゆる百合系漫画だ。

 興味の無い者からすればただのイラストだが、この同人作家の熱烈なファンである朱莉にとっては、世界的に有名な画家の遺した絵画に匹敵するほどに価値があるのだという。


「見て見て! この”汐里しおり”が”ゆう”に向ける眼差し! 隠しきれない愛しさが滲み出てるし、優の僅かに開いた唇も、今にも愛の言葉を紡ぎそうじゃない⁈」

「……」

「この距離感も秀逸! 初めの頃に比べて少しづつ近づいてるけど、あからさまじゃなくて、じれったくて…ああん! もう、もう~っ!」

「……」


 スタミナはまったく切れてなかった。

 更新された最新話を、1ページ1ページスクロールさせてはどこが良いかを超早口で力説する朱莉。

 朱莉の勢いに飲まれ、僕は赤べこ・・のようにコクコクと頷く以外何もできない。

 やっと最後のページまで来てホッとしたのもつかの間、階段を猛ダッシュで駆け上がってくる靴音が聞こえ、泣きそうな顔の眼鏡をかけた少女が、朱莉の名前を大声で呼んだ。


「朱莉ちゃん!」

椎名しいなさん!」


 踊り場に辿り着いた眼鏡の少女・椎名 茉由まゆは、感情の赴くままに朱莉と固く抱擁しあった。


「朱莉ちゃん! 朱莉ちゃん! どうしよう、昨日の夜からトキメキが止まらなくて死にそうなのっ」

「わかる…わかるわ! わたしだってそうだもん! 昨夜から動悸が治まらないの!」


 二人は一頻り抱き合って感動を共有すると、今度はスマホを開き、さっき僕にしたのと同じ話を繰り返しだした。

 興奮した二人の会話はどんどんエスカレートし、この先二人はどうなるかなどを予想し、自身の考察を話し合っている。

 頭を突き合わせ、一つのスマホを覗き込んでいる二人。テニス部所属のすらっとしたスポーツマンの茉由と、完璧インドア派の漫画大好き小動物系少女の朱莉は、正反対なタイプに見えて結構似た者同士だ。

 中でも漫画のキャラクターの好みが一緒で、いつもこうして熱く語り合っている。

 今も少女たちはうっとりと蕩けそうな眼差しで頬を赤く染め、熱の篭った声でセリフを読み上げている。

 そんな姿は漫画の世界のヒロインたちに負けず劣らず———


 キーンコーン、カーンコーン…


「あ、チャイムが鳴っちゃった。圭クン、椎名さん、この続きはまた後でね!」

「うん、じゃあまた!」

「ああ…」


 ぱっと現実の世界に戻ってきた彼女たちは、元気ハツラツで階段を駆け下りてゆく。

 そしてそんな二人の後ろを、僕は少しだけ間を空けてついて行った。



 *



 結局昼休みにも二人に取っ捕まり、脳が飽和状態になるほど【花に寄り添う】の感想や思いのたけを聞かされた。

 放課後は朱莉が図書委員、茉由がテニス部の部活動があったため、難を逃れることができた僕は、下校途中でコンビニに寄って〇ッドブルと〇ィダーinゼリーを購入し、急いで家に帰った。


「ただいまー」


 ウチは両親とも稼ぎのため昼間は誰もいないが、ついつい帰宅した時は一声かけてしまう。

 手を洗って自室に入るとまずはカーテンを閉め、着替えもせずに真っすぐ机に向かい、PCを立ち上げる。

 最初に開いたのは某投稿サイトのマイページだ。


「どれどれ…おおお? いいねの数がすごいことになってる」


 昨夜上げたばかりの最新話の評価が想像していた以上に高く、僕は満足して頷いた。


「朱莉たちの反応も上々だし、このままもう少しじれったい感じで進めるかな?」


 そう言って今度はペイントソフトを開き、ほとんど下書きが終わっている次話の仕上げに取り掛かった。


 そう。何を隠そう【花に寄り添う】の著者こと”板わさモナカ”の正体は僕で、学校に行っている時間以外はほぼ、こうしてPCに向かっている。

 最近はすっかり慣れた手つきでペンを操っているが、初めてペンタブを使った時は手元と画像がうまく合わず、全然思う通りに描けなかった。

 何度も描いては削除を繰り返し、漸くどうにか描けるようになった頃、試しに投稿してみたイラストがなかなかに好評で、嬉しくなった僕は、次々にイラストを投稿した。

 そうして投稿を繰り返すうちに次第に自信と実力が付いた僕は、ずっと温めてきた自作の漫画を連載することを決意した。

 それが百合系漫画、【花に寄り添う】だ。

 実はこの漫画の主役の二人にはモデルがいて、優のモデルは茉由、汐里のモデルは朱莉だ。

 キャラクターの性格や所属している部活などは大幅に変えてあるからモデルと言われてもピンとこないだろうが、ふとした仕草や距離感などは参考にさせてもらっている。

 

(今日もいい感じにインスピレーションに貢献してくれたから、今夜は頑張って扉絵をカラーでUPしてあげようかな?)


 ペンを入れながら思い出すのは、目を潤ませて頬を紅潮させ、肩を寄せ合ってスマホを覗き込んでいた二人の女友達。

 彼女たちは一体いつになったら気付くのだろうか。注意深く見て見れば、似たようなシチュエーションを経験しているはずなのに。


(うくぅ…やっぱりリアルの百合シチュの方が、漫画よりも何倍も尊い…っ) 


 僕の漫画に萌える二人…に萌える僕。

 そして今日も彼女たちリアルを活力にして、僕はキュンキュンしながら百合系漫画を描くのだった。





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そして僕は——— nobuo @nobuo

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