月・月・月       ♢

「母さんあれ」

 娘が指差す先には十三夜の月がぷっくりと浮かんでいる。よく見ると隣に細く光る三日月が。白く輝く月ふたつ、一体なぜ。

 夜市の誰もが気づいて見上げる。老人が胸元のお守りをまさぐりながら呟いている。私たちの国はまだ若く、なにかあれば迷信深い老人はこんな仕草をする。

「よからぬことの前触れか」

「きっと光の加減でしょ」

 誰にもわからないまま夜は更けた。

 翌日も、翌々日も、十三夜の月は現れた。日に日にそれは増えていき、昼も夜もなく空のあちこちにぶくりぷくりと浮かんでいる。時には赤黒く変色するものもあり、あまりの不気味さに出歩く人もまばらになった。


 久しぶりに買い出しに。空には赤黒い月たち。なるべく見ないようスカーフを深く巻く。

 と、ぽんっと月が弾けてベトベトしたものがあちこちに降ってきた。甘ったるい腐ったこの匂い。

「…ニキビ?」

 誰かが言った。

 私たちの国はまだ若い。私たちの空も。

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