第37話 温泉の効能の有効活用

「要するに、源泉で熱ければそれだけ効能が強いってことか?」


 慎二がそう言うと、正義が頷いた。


「おそらくだけど、昔の日本の温泉も効能が強かったのだと俺は思っている。だから戦国武将たちは温泉で傷を癒していたのだろう。それから何百年とたって、日本の温泉の成分は変わってはいないが、溶け込んでいる効能は相当薄まっているんだろう。だから即効性がなくなった。そう仮説を立てれば、この世界の温泉のすごさが立証されるというわけだ。ドラゴンたちは源泉、つまり間欠泉を全身に浴びることにより若返っている。だから慎二くんが間違って浴びないように注意したんだ。だってそうだろう?何百年も生きてきたドラゴンが浴びてリフレッシュしているんだ。十数年しか生きていない身体が浴びたらどうなるかなんて予想できないだろ?火傷だけでは済まされない何かが起きてしまう」


 正義の解説を聞いて慎二は考え込んだ。はたして源泉にはどれほどの効能があるのだろうか。ドラゴンだけではなく、他の魔物も動物も温泉の効果を知っていて利用している。昔の日本人も、サルなどの動物が温泉に入っているのを見て気が付いたのだろう。だが、先ほど慎二は温泉に肩まで入ったが、若返りはしなかった。体の疲れがとれたぐらいだ。ちょっとした傷がなくなっていたとしても、まったく気が付かないレベルである。


「源泉、つまり温度か。冷めると効能がなくなるんだな」


 慎二がそう言うと、正義が深く頷いた。


「正解だよ。慎二君。温度なんだよ。正士は温泉に浮いていたから、おそらく溺死したり生き返ったり、または半死状態だったのかもしれない。俺たちは、死にかけたところを源泉から湧き出た温泉を飲んだから、多少冷めていても効能の多くを体に取り入れらたのだろう。と推測している。で、だ」


 正義は慎二の手の甲にある魔方陣を指さした。


「それを活用できないか、考えていたところなんだ」


 言われて慎二はまじまじと自分の手の甲を見た。たしか裏門で、吸い込み口らしい。出口は聖女が首からぶら下げているペンダントだ。


「一応ね。こういうものも作ってはあるんだ」


 考え込む慎二の前に、優也と伸大がピンク色の扉を持ってきた。


「はあぁっぁあ?」


 見たことのある。子どもの頃に誰しも一度は憧れた、あのピンク色した扉が出てきたのだ。そう、あの青色のロボットがよく使う便利道具で、雨の日とか、学校に行くのが面倒な時に欲しいと思った一品だ。


「この取っ手のところに魔石が使ってあってね。こう……こんな感じに使うんだ」


 優也がそう言って扉を開けると、何やら見たことがある風景が扉の向こうに広がった。


「おい」


 慎二の口から思わず言葉が出た。


「こんな感じにね、行きたいところを思い浮かべながら扉を開くと、そこに扉が通じるわけ。作るのにめちゃくちゃ時間がかかったんだよ。それこそ何百年も」


 笑いながら言われても、つっこみようがないので慎二の口元は軽く引きっつっていた。ジークフリートに至っては、頭を抱えてしゃがみこんでいた。


「素晴らしい発明だろ?」


 正義がどや顔で言い放った。人差し指でクイッと眼鏡を押し上げる仕草がものすごく様になっていた。それを見ながら慎二は先ほど見た、ピンク色した扉の向こうの景色を思い出した。誰にも気づかれはしなかったようだけれど、とんでもないところの景色だったのだ。


「まさかと思うけれど」


 慎二は先ほど見た景色を思い出しながら口を開いた。


「うん。ちゃんと自分たちの私物は回収済みだよ」


 そう言って、五人全員が学生カバンを持っていた。


「僕のも回収済みだから」


 ぶすくれた顔で光輝が学生カバンを見せてきた。


「ほんと、誘拐犯のところから逃げ出したのはいいけれど、実は殺人犯のうえに転生者で中身時代遅れの腐女子おばさんって笑えない」


 本人がいないからなのか、同性しかいないからなのか、光輝がまったくそのままを口にしてくれたので、慎二は黙ってうなずくしかなかった。


「フジョシ?」


 何となく光輝の言っていることを理解できたジークフリートではあったが、さすがに腐女子という言葉は理解できなかったようだ。造語なので仕方がないのだけれど、正義が博識ぶりを披露して事細かに解説してくれた。しかも、聖女の服装についても元ネタ?の映画女優についてまで解説したのだった。


「あー、なるほどねー。そういうことかー」


 なんとなく平坦な言い方でジークフリートは返事をした後、天井を仰ぎ見る。見えないはずのはるか上、頂上の光景でも思い出しているかのようだった。


「誰も気づかない。って言うのもある意味凄いな」


 慎二がそう言うと、ジークフリートが薄ら笑いを浮かべて答えた。


「城の警備なんて抜け穴だらけだよ。第一聖女は城に住んではいないからな。神殿に住んでるんだよ。城にも私室はあるけれど、住んでいるのは神殿だから、警備は神殿の方がすごいことになってるな」

「そうだね。聖女は今でも神の声を聞ける唯一の存在として神殿の最高位に君臨している」

「え?教皇はどうしたんだよ?」


 最初の話では、教皇が神殿の最高位で、神の代理人ではなかっただろうか?


「教皇はいるけど、聖女よりも格下扱いになってる。なにしろ聖女は三回も魔王を倒していることになっているからね。存在自体が尊いらしいよ」

「尊いって、推しかよ」

「この世界では際推しなんじゃない?」

「不老不死だし?」

「中身500歳越えのおばあちゃんなのにね」

「確かに、魔方陣の書かれた床に映った姿は老婆だった」


 慎二が見たことを口にすると、五人の勇者と光輝が一斉に慎二を見た。


「なんだ、お前ら聖女の本当の姿を知らなかったのか?」


 同じく聖女の真の姿を見たジークフリートが口を開くと、互いに顔を見合わせたのだった。

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