それでも聖女は尊い存在です

五色ひわ

それでも聖女は尊い存在です

 俺は勇者だ。そして、この国の第三王子でもある。その存在は、言うまでもなく尊い。しかし、そんな俺よりも尊い者がこの国には存在する。


 それが『聖女』だ。


 その尊さ故に、聖女は4年に一度の祭事にしか公の場に姿を現さない。それでも、国民からの絶大な支持があるのだ。


 それは、聖女の祈りで、この国の災いが祓われた例がいくつもあるからだ。


 一番近年に起こった奇跡といえば、国中を襲い王家の者の命まで奪っていった、死の呪いを祓ったことだろう。奇跡を起こした先々代の聖女は、とても強い力を持っていた。この世の者とは思えないほどの美しさで、恐れ多く感じた国民は決して直視することはなかったと言われている。


 当時、王太子だった父以外の王族を全て呪い殺してしまった死の呪いを一人で祓ったのだ。


 俺も会ってみたかったとは思うが、俺が生まれる数年前に20年務めた聖女を引退し、その後の動向は公にされていない。


 会ったことがあるはずの先代の聖女である姉や現王太子である長兄に何度、話をせがんだか分からない。それでも2人とも肩を震わせるだけで何も語ってくれなかった。今なら分かる。尊い聖女を言葉で表すなんて出来なかったのだろう。



 先々代には今後も会えないだろうが、今日、俺は新しい聖女と会うことになっている。来月に行われる4年ぶりの祭事の責任者に俺が抜擢されたからだ。


 俺は公務など面倒くさいことは嫌いだ。それでも、聖女に会えるのなら、勇者という職業で良かったと初めて思えた。先代の聖女は姉だったから、聖女といっても身内だ。初めて会う尊い存在に心が踊る。


 先代の聖女である姉が他国に嫁いだことにより、急遽召集されたであろう聖女。鬼のような顔をしている国王が一緒にいるのだ。震えているかもしれない。


 勇者である俺が慰めて……


 俺はニヤける顔を隠しながら、国王と王太子、そして聖女が待つ謁見の間へと急いだ。



「第三王子殿下、ご到着にございます」


 騎士の言葉とともに謁見の間へ続く扉が開く。俺はドキドキしながら、部屋の中に入った。




「は? 父上、もう一度言って頂けますか?」


「だから、それを着ろと言ってるだろう」


「えっ? だってこれは……」


 国王が鬼のように恐ろしい形相で俺を睨んでいる。それでも俺は見慣れているから怖くない。だからこそ、怯えているであろう聖女を……あれ? 聖女は?


「ゆ、勇者様……プッ……そろそろ現実を……クフッ……直視してはいかがでしょう……クッ」


 王太子が先々代の聖女について尋ねたときのように、肩を揺らしながら助言してくる。


 国王は呆れた顔をして王太子を見ているし、謁見の間というより家族しかいない食堂で会話をしているときの雰囲気だ。


「諦めろ。聖女は代々、魔力の最も高い王族が務めることに決まっている。これは伝統だ。変わることはない」


 俺は遠い目をして、トルソーに着せられた聖女の衣装を見つめた。こんなに大きな服が似合う聖女がいてたまるかとは思うが、俺のサイズだと思えば丁度良さそうだ。


「まだ、お前は母上に似て……フッ……中性的な顔だから……クスッ……マシだろう?」


『聖女は代々、魔力の最も高い王族が務めてきた』


 では、父以外の王族が全て呪い殺されてしまった頃の聖女とは……?


 顔をあげると、俺の視線から逃れるように、国王は天井を鬼の形相で睨みつけていた。


『この世の者とは思えない』『直視することはなかった』


 聖とは?


 俺は父の名誉のために、黙ってトルソーに着せられていた服の試着を始めた。

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