義理の弟が可愛すぎる

武州人也

義理の弟が可愛すぎる

 父が再婚し、一人っ子であった僕に弟ができてから、二か月が経った。


「ふあぁ……おはよう」


 今寝ぼけまなこをこすりながらリビングにやってきた、ボブカットの髪をした少年が、その弟千颯ちはやである。年は一つ下の十二で、小学六年生になったばかりだ。

 僕は朝食のトーストをかじりつつ、隣の千颯をちらと見やった。目尻が少し垂れた、大きくてまん丸な目、その上のまぶたにはくるりと上を向く長いまつ毛が生えている。鼻筋はよく通っていて、赤い唇は小さくて可愛らしい。その唇の赤と対照をなすように、水鳥のように白い肌をしている。その中性的な愛らしい容姿は、きっと万人を虜にするだろう。

 

 初めて千颯と出会った時、僕は彼が男の子か女の子かすぐに判断ができなかった。継母が彼を「息子」と言ったことでようやく男の子であると分かったのだ。

 小さい頃、僕は弟を欲しがっていたらしい。らしい、というのは、そのことをあまり覚えていないからだ。父の話によれば、泣いてぐずったことさえあったという。そんな僕にこのような形で弟ができるようになるとは、運命のいたずらというものを感じてしまう。


「今日はお兄ちゃん学校なの?」

「そうだよ。部活。お昼には帰ってくる」

「じゃあ帰ったら一緒にバトル・オブ・タンクスやろうよ」

「おう」


 今日は土曜日だが、午前中は卓球部の練習がある。千颯は少し寂しそうな顔をしながらも、僕が返事をするとにっこりと朗らかな笑みを浮かべた。弟の笑顔というのは、かくも愛らしいものか……僕は胸の内が熱くなるのを感じた。

 

「お兄ちゃん、いってらっしゃい」

「いってきます」


 玄関を出る際、可愛く手を振る弟に、僕は手を振り返した。ドアを閉めた後、僕は抑えきれぬといった風に微笑を浮かべた。もし人に見られていたら、きっと危ない不審者だと思われたことだろう。周りに人の姿がなかったのは幸運というべきだ。

 千颯は理想の弟であった。人なつっこく愛らしい。元々は赤の他人同士であった僕ともすぐに打ち解けて、今では「バトル・オブ・タンクス」という、戦車を操縦して戦うオンラインゲームを一緒に遊ぶ仲となっている。そんな僕らの仲睦まじい姿を見て、父も継母もほっとしているようだった。

 

 出かける前の、あの千颯の笑顔が忘れられなかった僕は、卓球の練習にはあまり身が入らず、失敗ばかりしてしまった。その注意力の低さを先輩に注意され、顧問の先生からは心配されてしまった。どうも最近の僕は調子が狂っている。千颯を過度に気にしてしまうせいなのは明らかだけど、それが分かっていたとてどうにもならない。あんな可愛い義理の弟と同居しているのだ。どうして狂わずにいられよう。


 帰り道、僕の前の方でクラスの女子三人が固まって歩いていた。少年漫画好きのグループで、休み時間に漫画やアニメについて熱く語っている姿がよく見られる。


「でさぁ、あの場面の死川しにかわさんがさぁ、もう本当に尊くて」

「あー分かる。私も泣いちゃったわ」

「反則だよね。もう涙不可避じゃん」


 最近知ったことだが、特定のキャラクターの容姿や言行、人柄、生き様などを熱烈に愛し、尊敬や崇拝の念すら抱くことを「尊い」というらしい。

 前方を歩く女子グループの白熱した会話を聞いた僕は、ふと、わが身を省みた。僕の千颯に対する思いも、彼女らが情熱的に語る「尊い」に近いのではないだろうか。


 そんなことを考えながら、家に着いた。鍵を開けて玄関に入ると、軽い足音が階段から響いてきた。階段を下りてきたのは、千颯その人であった。


「おかえり。バトル・オブ・タンクスやろうよ」

「ただいま。まず昼食ってからだな。もう腹減ってしょうがない」

「あはは、そうだね」


 そういって笑う弟を見て、再び僕の胸の内は熱を帯びた。


 ――ああ、何と愛おしい。


 僕はあの弟を愛している。それこそ四六時中彼のことを考えてしまうまでに。もう僕にとって、二か月前にできた可愛い弟の存在は欠かせないものになっていた。

 「尊い」……この言葉をガムのように噛みしめながら、僕は靴を脱いだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

義理の弟が可愛すぎる 武州人也 @hagachi-hm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ