尊いレボリューション

いすみ 静江

尊いと思う人

 真白ましろ小雪こゆきには、娘が一人いる。

 彼女が産まれたのは、三月三日のことだった。

 そのとき、宇都宮にも珍しく雪が舞い降りた。

 真っ白な病院の壁にぽっかりと四角い空があったのに、その窓までも真っ白にしてしまった雪の妖精さん。

 

「綺麗な雪ね。佐助さすけさん」


「そうだね。赤ちゃんを祝福をしてくれているようだな」


 そして、佐助さんは白い窓を見ていた。

 ちらちら、ちらちらと雪の音が聞こえる。


「今日は、雛祭り。そして、雪も雛のようにまだ小さい」


「あ、もしかして」


 私と佐助さんのパルスが合ったと思った。


雛雪ひなゆきちゃんは、どうだろうか? 真白雛雪ちゃん」


「いいわ、いいと思うの」


 私は、点滴の管があるのも忘れて、手を合わせた。


「でも、変わった名前で揶揄されたりしないかしら」


「タフであることも必要だよ。それに、雛雪ちゃんは、俺達夫婦からの贈り物だ。大切にしてくれるさ」


 それから、帝王切開だった為、術後六日後退院となった。


「おめでとうございます」


「おめでとうございます」


 医師の山下やました薫流かおる先生も助産師で看護師の皆さんも沢山の祝福をしてくださり、私達は、雛雪ちゃんを横抱きして、あずま大学附属病院を去った。


「ありがとうございます。お世話になりました」


 私は、駐車場まで、どきどきしていた。

 何もかも初めてだから。

 雛雪ちゃんも初のチャイルドシートにねんねしながら乗ってくれた。


「沢山、祝福されたわね」


 私は後部座席でシートベルトをして、隣の赤ちゃんを儚く一生懸命に生きていると感じていた。


「命が尊いということを産科の方々も重々感じておられるのだろうね」


「そうか、この感覚を――。命を尊いと表すのね」


「雛雪ちゃん……。生きること、大切にしようね」


 こうして、三人家族となった我が家に明るい光が射した。


 娘の雛雪を迎え入れて、育児とは生半可ではないと思った。

 三時間置きにおむつを交換し、ミルクを人肌にあたためて飲ませ、げっぷも上手に出るように促す。


「はい、げっぷとんとん。とんとん」


「ママ、そんなにとんとんしたら、雛雪ちゃんが痛いのでは」


「そうねえ、難しいわ」


 その三時間サイクルは、昼も夜もない。

 最初は、パパとママで、せーので行っていたが、昼夜交代制へと話し合って変更した。

 それでも、昼間うとうとしてしまうものだ。


「パパ、大変なの」


「どうした」


「これって、おむつかぶれかしら」


 とうとう、雛雪ちゃんのお尻がかぶれてしまった。

 私は、皮膚科へと連れて行った。

 対応したのは看護師だけだったのに、医師が少しだけ来て、目を吊り上げた。


「何人目の子どもだ!」


 一人目とも返答できなかった。

 医師からは、きちんとした治療についても教わることなく、看護師が説明をしたことをぼんやりとだけ覚えて帰った。


「ごめんね、雛雪ちゃん。お尻、痛い痛いだね」


 その後、おむつかぶれとは長い闘いになったが、様々な治療の末、綺麗になってくれた。


「スマートフォンで知ったの。ベビーマッサージというのを習って来るね」


 パパは黙って頷いた。

 雛雪ちゃんは首が据わったところだから、丁度いいだろう。

 先生の所では、ゆっくりと習えた。

 トイレットシーツを敷いて、素敵なアロマオイルに包まれながら、小さな指までくるくるとマッサージをする。


「ご機嫌ですか? うふふ」


 雛雪ちゃんはころころしていて、可愛らしかった。

 おうちでも覚えたての手つきだが、愛情をたっぷり注ぐ。


「よかったね、雛雪ちゃん。ママよ」


 最初は喃語なんごでもいつか私をママだと思ってくれるだろう。

 勿論、パパもだ。

 パパは、沐浴にもミルク等の消毒にも一所懸命だった。

 寡黙ながら、パパらしいところだ。


「雛雪ちゃん、ママは沢山の想い出が溢れて仕方がないです」


 眠りにつかせるときの歌も幾つかあったが、お気に入りのもあるようだ。


 ◇◇◇


 そんな風にして育てて行った雛雪ちゃんも、三月三日を何度も祝って行く内に、明日には、小学校の卒業式を迎える。


 今日は、修了式。

 成績表などの他に作文や取り組んだ課題を持って帰って来た。

 図工など、私に似て得意なのねなどと見ていたら、ふと、桃色のカードが目に留まる。


「雛雪ちゃん、卒業カードって何?」


「この間、授業で書いたのよ。ママに似て、私の絵もいい線行っているでしょう」


 私がどきっとした質問は、これだ。


『尊いと思う人は誰ですか』


「尊いって、小学六年生には難しい質問ね」


 私は、雛雪ちゃんのボブヘアをくしゃりとした。


「言葉の意味は、先生が教えてくれたよ」


 雛雪ちゃんはどうして私が泣いているのか、分かるのかな。

 百点満点の笑顔があるイラストにだけではないよ。

 もしかして、いつの間にかって感じで、大きくなったねってそれだけで……。

 それだけで、いいのです。



『尊いと思うのは、私を大切にしてくれるパパとママです』


 ママにしてくれてありがとう。

 パパ、三月三日の想い出を、今、抱きしめました――。











Fin.

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