県立合馬ヶ原高等学校の怪事件(完全版)
宵野暁未 Akimi Shouno
Ⅰ 合馬ヶ原《おうまがばる》高等学校のミステリー
第1話 ジンクスとその背景
「私、本当にやってませんから!」
職員室の出入り口から泣きながら飛び出してきたのは、2年1組の女生徒だった。確か、名前は渡辺 亜子。声を掛ける暇もなく、女生徒は走り去った。
「A先生、彼女、追わなくて良いんですか?」
「いいんだよ。カンニングの疑いがあるんだが、頑として認めないんだ」
「疑いだけで追い詰めて泣かせるのって、どうかと思いますけど」
「追い詰めてないし、あれ噓泣きだから大丈夫。僕は1年の時から彼女の担任してるからね。1年前からカンニングしてるのは確実で、監督の先生には彼女の近くに立って気を付けてくれるよう頼んでいるんだけど、方法が分からなくてね」
「本当にカンニングなんですか?」
「それは間違いない」
A教諭は断言した。
「ほんとミステリーよね。それぞれの科目のクラス1番の生徒と間違いまで全く同じの答案だから」
横合いから口を挟んだのは、隣の席で2年1組の副担任のB教諭だった。
「それより、無常先生、毎日点滴に通ってるんだって? 入院しなくて大丈夫なの?」
「点滴で楽になったし大丈夫ですよ。気管支炎で入院を勧められたんですけど、テスト問題作成や採点で無理だし、それなら毎日点滴に通えって」
「とうとう無常さんもジンクス通りになったか。これで例外は一人も無しだな」
「ジンクスってなんですか?」
慧理が尋ねると、A教諭は神妙な顔で声を少し落とした。
「実はね、うちの学校に赴任すると必ず1年以内に病気か怪我で入院するというジンクスがあってね。
「えっ、本当ですか!」
「うちの学校って古墳の上に建っていて、建設時にはまず発掘調査があったんだよ。それに、戦国時代の古戦場だったという記録もあって、
「じゃあ、やはり見間違いでは無かった……」
D教諭は教職員住宅1号棟の住人で、慧理は2号棟なのだった。
「もしかして、無常先生も見たの?」
慧理は頷く。
「見える霊と見えない霊が居るんですけど」
「見えない霊って。なぜ見えないのに分かるの?」
「感じるんですよ、そこに居るって。教職員住宅のうちの玄関に見えない霊が居て、浴室の壁の向こうにも居ると感じるんです。庭で見た霊は怖い気はしなかったけれど、見えない霊はゾクゾク感じて怖いです」
「ちょっと、怖いからやめてよ。私、ホラーとか苦手なんだから」
B教諭が言った。
「無常先生も見たのね」
そう声を掛けてきたのはE教諭だった。E教諭は、教職員住宅の慧理の部屋の隣の住人だ。
「怖がらせると悪いと思って言わなかったんだけど、実は居るのよ、うちの浴室に落ち武者の霊」
教職員住宅は左右対称の作りになっていて、例えば浴室同士、玄関同士が隣り合っている。なので、慧理の部屋の浴室の隣は同じく浴室。E教諭は、慧理が壁の向こうに居ると感じたまさにその場所に霊が居ると語ったのだ。
「水回りって出やすいらしいしね」
「E先生、よく平気ですね」
「平気じゃないからお風呂は銭湯に行ってるし、体調不良も続いてる。でも、幽霊なんて誰も信じないしね。引っ越しも考えはしたけれど」
引っ越しが出来ない理由は、中山間地域で賃貸住宅の数が圧倒的に足りていないからだった。隣の市に住むという手もあるが、交通の便が悪いので片道1時間以上も車を運転しなければならなくなる。
無常慧理は県の教員採用試験に合格し、この3月末に赴任校を知らせる辞令を受け取って、アパートを捜す暇もなく慌ただしく教職員住宅へ引っ越し、数か月が経過していた。
慧理は赴任直後から体調を崩した。倦怠感、頭痛、咳、そして発熱。しかし試験問題作成や採点などの業務を考え、医師に勧められた入院は断って毎日通院して点滴を受けることになったのだった。
「そんな幽霊が居るような部屋じゃあ、体調も良くならないんじゃないの?」
B教諭の心配は尤もだ。
「大丈夫ですよ。D先生ところはご家族もみんな元気そうだし、玄関の霊は盛り塩していたら最近は感じなくなったんです。それに、ほら」
慧理は、襟元から水晶のネックレスを引き出して見せた。
「両親が旅行で富士山に行った時に、お土産に買ってきてくれたんです。水晶にはパワーがあるって言うから、きっと守ってくれます。それに……」
慧理は、言いかけてやめた。必要以上に霊的な話をすべきではない。心のうちに秘めておくべき事もある。慧理は話題を変えた。
「私、まだテスト問題作成も採点も慣れていないから、体調不良なんて言ってられないし。生徒達、ちゃんとテスト勉強してますかね」
テスト期間中は、生徒達は午前中のテストが終わったら部活も中止で帰宅する。自宅で真面目にテスト勉強する生徒が大半だとは思われるが、そうではない生徒が居るのも確かだ。
「テスト期間中に問題行動とか、絶対に無しでお願いしたいよね」
「それにしても、渡辺 亜子のミステリーも何とかしなければ。監督の先生には厳重に警戒してもらって。無常先生も2年1組のテスト監督の時はお願いね」
「分かりました。いつも以上に気を付けてみます。じゃあ私はこれで。病院に行ってくるので」
慧理は、教科書や答案用紙でパンパンに膨れたカバンを持ち、職員室を出た。
(続く)
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