第159話 彼女と兄弟の間で

 もー、マジやめて。こんなザ・ホストみたいなことマジやめて。何この超でけーグラスのタワーは。


 ピラミッド型に器用に積まれたグラスの前で、自分で自分の頭をわしゃわしゃにしてしまう。叶はもう家の前にいるのに、どうする?! この巨大建造物!


「しかし、えらい気が変わったもんだな。あんなに親の職業言うの避けてた統基が家に彼女連れてくるなんて。親兄弟がホストだって言うことにしたんだ? 比嘉さんと結婚でもするつもり?」


 孝寿が茶髪の髪をオールバックにしたスーツ姿で聞いてくる。コイツ……中性的な顔立ちのくせに髪型と服でこんな男っぽくなるのか。我が兄ながら驚くほどに美形が際立つ。ハムの塊にフォーク刺して立ち食いしてるのにカッコイイとか、ムカつくわー。


「俺は結婚なんか考えてねーよ」


「だよな。クズは契約を嫌がるもんな」


「誰がクズだ! 俺は高校時代の孝寿兄ちゃんみたいに焦ってねーだけだよ。お前、ガキだったからとかカッコつけてたけどだいぶ年上の奥さんが他の男と結婚するんじゃねーかって不安で焦ってただけだろ! くそダッセー」


 あはははは! と笑い飛ばしてやった。孝寿がハムを食い切ったフォークをスーツのポケットに入れ、後ろを向いてなんかしている。


 ――ヤバい。怒らせた!


 イヤな予感がした瞬間、前髪を下ろした孝寿が振り向いた。出た!


 俺もとっさに後ろを向き、シャンパンタワーの土台下にあるアクリルボードに手を掛けひっくり返す。


「あー! 何すんだよー、統基!」


 製作指揮の悠真が叫ぶ中、ガッシャーンと無数のグラスがそれぞれに音を立てて床に落ち、超うるさい!


「とにかく! これ速やかに片づけて懇切丁寧なおもてなしをしろ! ホスト感はなるべく消して! 俺の兄としての姿を叶に見せてくれ!」


 俺の訴えを聞いて、兄貴たちが不敵な笑みを浮かべる。孝寿も前髪を再び後ろに流してくれた。あー、良かった……。


「任せとけ、統基。兄貴としてお前の株が上がる完璧なあいさつをしてやるよ」


 伸ばしっぱなしの金髪がきったねえ慶斗がなぜか自信ありげだ。俺の彼女が来ると知っていたなら今日くらい整えて来い!


「廉、お前に一番期待してるからな! 今日は本来のかわいい廉で行け!」


 スーツ姿でヤンキー座りしている廉の頭をポンと叩く。まったくなじんでねえヤンキー臭は消しとけ!


「僕もう中学生なんだよ! 男なのにかわいいなんてイヤだよ、恥ずかしい!」


「何言ってんだよ、廉。このジェンダーレスの時代に男だとか女だとか時代錯誤なこと言ってんじゃねーよ。男がかわいくてもいいんだよ、実際に廉かわいいんだから」


「お前が言うな感が半端ねーわ!」


「何言ってんだよ、悠真兄ちゃん。俺は統基の名のもとに優しく男らしい男であるべきだからいーの。時代なんか関係ねえ。かーちゃん優先」


「お前もう開き直ってんな。このダブルスタンダードのクズが」


「ま、統基らしいっちゃらしいか」


「ワンウェイだもんな、お前」


「そう! 俺は一直線に叶に向かう! だから頼んだぞ、兄弟!」


「おう! 任せとけ!」


 よし、兄貴たちと廉を炊きつけるのには成功しただろう。あとは、一番ガチで頼れそうな亮河のそばに叶を置いておくとしよう。亮河は普段から紳士な大人の男だから安心できる。


 かなり待たせちゃったな。靴を履き、玄関扉から出てキョロキョロと叶を探す。自転車の横から微動だにしていない。叶らしいな。俺なら勝手に庭まで歩き回っているだろう。


「ごめん、お待たせ」


「ううん、もういいの? なんか大きい音してたけど」


「あのさ、なんか兄貴たち来ちゃってて。急でわりーんだけど紹介していい?」


「え? 全員?」


「うん、全員。兄貴4人と弟が勢ぞろいしてる」


 叶が緊張し始めたようだが、残念なほどに緊張する必要のない兄貴たちだからリラックスしてくれ。


 どうしようかな。兄貴たち、顔はいいけど中身残念だからって一応忠告しておくべきだろうか。タイプの違うイケメンどもだから叶の好みにドストライクなヤツがいたらイヤすぎるんだけど。孝寿なんか、俺が今まで見た男の中で対象と並ぶ美形だと思う。


 ……んー。ここまで来て、中途半端なことはしねえ! 俺は叶を信じて連れて来た。兄貴たちに紹介する予定なんかまったくなかったけど、叶はこんなヤツらに心変わりしたりしない!


「よし、入るか」


「うん」


 ドアに手を掛ける俺の背後に隠れるように叶がスタンバイしている。人見知りの叶にとって知らん大人の男が4人もいるって、軽く恐怖かもしんない。てか、男ばっかり6人もいる家に女ひとりで入ろうってとこがもう危機管理能力ぶっ壊れてんな。当然俺が何もさせないが。


「そんな緊張しなくても、兄貴たちはリビングだから――」


 と言いながらドアを開けたら、兄貴たちと廉がズラリと玄関に並んでいた。真ん中で廉が両手を右に上げて頭を下げている。何してんだ、コイツら!

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