第150話 学校行事を休むと話が合わなくなりがち

 叶を家まで迎えに行って、一緒に学校へと歩く。


「あー、みんなどんな反応するかしら」


 えらい不安がっとるな。まあ、1年もいなくなるっつって、実際には1日休んだだけだからな。気持ちは分かる。


「そんな心配しなくても大丈夫だよ。おかえりーってなもんだよ」


 この叶のきちんと全部のボタンを閉めたブレザー、ひざ丈スカートの制服姿がこんなすぐに見られて、俺はうれしい!


 校門をくぐると、


「あ! 入谷先輩!」


「入谷くん!」


 と女子生徒がやたらと集まって来る。あ、しまった。文化祭でいろんな女の子に声かけまくったの忘れてた。


「え?!」


 叶が驚いて目が真ん丸になっている。


「入谷先輩、おはようございます!」


「あ、おはよう」


「入谷くん、今日一緒にお弁当食べない?」


「えー、私も! 私も一緒に食べたーい!」


「俺昼は教室で食うんだよね」


「じゃあ、入谷先輩の教室行ってもいいですか?」


「別にいいけど。教室ギューギューになりそうだな」


 射るような視線を感じる。誰からの視線か確認するまでもねーな、これ。やっぱり、叶と目が合う。


「高校でも入谷組作ることにしたのね」


「作んねーよ! 俺彼女いるんだよ! この子! なので俺に関わらんでください!」


 叶の腕をつかんで校舎へと走る。ええーとブーイングが聞こえるけど、無視して走る。


 校舎に入ると、あかねがいた。


「え? なんで比嘉さん? 休学するんやなかったん?」


「そう! 無事に復活することになったの」


「えっと……また、よろしくね」


 髪を耳に掛けながら戸惑いつつも叶が笑う。


「ふーん。なあ入谷、文化祭の日って比嘉さんに会ったん?」


「は? 会ったよ」


「キスしたん?」


「した。めっちゃした」


「ちょっ、統基!」


「なーんや。1年はうちが最後にキスした女やと思ってたのに、1日ももたんかったんかいな」


「きっ……え?!」


「誤解を招く言い方してんじゃねーよ!」


 抗議の声を無視してあかねが階段を上って行く。冷たーい視線を感じる。誤解なんだよー……。


「たった1日休んだだけで、入谷組作ってるわ、……」


 他の女とキスしてるわ、と続けたいんだろうが照れて言えないようだな。真っ赤になって口ごもった。俺お前の口からキスって単語が出るまで待つぞ。ほら、言ってみろよ。そんな照れることねえじゃん。


 って、違う! 今はそんな楽しみ方をしてる場合じゃない!


「誤解だよ! 俺が寝てる間にあかねが勝手にしてきたの! 俺の意志は皆無なの!」


「本当に? あの入谷組のみなさんは?」


「みなさんに叶と練習してきたロミジュリを見てほしくて声かけただけ! 俺客の呼び込みがんばったって言ってたじゃん!」


「客? どうしてかわいい女の子ばっかりなの?」


「それはただのクセだよ」


「クセ?」


 あ、いや、なんだ。


「ラブストーリーが好きなのは男より女の方が多いかなって」


 ダメだな。言い訳を重ねるのは悪手だ。


 開けられてる距離を詰め、叶の手を握る。目を見つめて真剣に問う。


「俺のこと、信用できないの?」


「統基……ううん、信用してる」


 良かった、笑ってくれた。これでできないよって言われたらどうしようかと思ったわ。


 そのまま手をつないで教室に入ると、


「比嘉! おっかえりー!」


 と充里が大声で出迎えてくれた。教室にいるクラスメートたちも笑顔で叶に拍手を送ってくれる。


「え?!」


 叶が驚いてる。黒板には大きく「ひがさん、おかえり」とカラフルに書かれている。


「え……ありがとう」


「良かったね、叶。また学校に通えるようになって」


「うん! 本当に良かったわ」


 曽羽の虹色綿菓子のようなフワフワ声と笑顔に、叶もうれしそうに笑った。


 良かった良かった。俺は充里に連絡入れといただけだけど、充里ならみんなを巻き込んで歓迎してくれるだろうと信じてたぞ。


「あ! 比嘉さんだ!」


 俺たちは前のドアから入ったが、後ろのドアから教室に入った仲野が大声を上げてドタドタと走って来る。


「比嘉さん!」


 まさかいきなり抱きつくとは思わないからノー警戒だった。大きなマザゴリの体に叶の体が見えなくなった瞬間、


「ぶっ殺されたいか、このゴリラ!」


 と無意識に仲野を蹴り飛ばしていた。


「叶! あのゴリラひどいー。いきなり叶のことギューッてしたー」


 思いっきり叶を抱きしめる。


「私もびっくりした。ほんと、ひどいゴリラね。大丈夫だから、統基」


 精一杯手を伸ばして、俺の頭をなでてくれる。あー、安心するー。


 周りが盛大にざわつく。


「ぶわっはは! 何これ、君らどんどん進化するねー。入谷、かわいー」


 行村が爆笑してる。


「え、お前マジで統基か? 同じ顔の別人じゃねーだろうな」


「なんか、お母さんと子供みたいね」


「誰が子供だ!」


 俺はただの優しくも男らしい男から、時には甘えん坊さんな優しくも男らしい男へとグレードアップを果たしただけだ。


 チャイムが鳴り、高梨が教室に入って来る。


「チャイムが鳴ったら席に着けー。こんなとこで寝るな、仲野ー」


 転がる仲野を蹴って高梨が教卓の前に立つ。


「今日は文化祭を終えて疲れてるだろうから、1、2時間目は自習ー」


 仲野無視かよ。てか、この学校は本当に勉強しないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る