第148話 普段着がラフだとスーツの魔力がすごい

「入谷くん、ありがとうね」


「いえ、こちらこそ勝手に食材使っちゃってすいません」


「叶ちゃんがおなかすかせて泣いてるんじゃないかって心配してたの」


 叶ママの中の叶ちゃんは3歳くらいで止まってんのかな。安心してください、叶ちゃんは立派に玉ねぎの皮もニンニクの皮もむきましたよ。


「じゃあ明日、迎えに来るから」


「うん」


「よろしくね、入谷くん」


「はい、お任せください」


 比嘉家の皆さんに見送られ、家路に着く。


 叶パパは単身赴任か。寂しいだろうが、1年くらいあっという間だからがんばれ。叶パパが俺に強いろうとしたことなんだから、泣き言は言わせねえ。


 自宅の門を開けて入ると、もうすでにまた大騒ぎしてる声が漏れ聞こえる。また兄貴たち全員集合してんのかな。かわいい廉のためあらば客商売のホストすら店放って来るからな、コイツら。


 鍵かけてねえ。不用心だな、まったく。


 ドアを開けると、廉が小せえくせにスーツを着ていつも自然に流している髪をオールバックになでつけて片ひざついて両手を右に伸ばして頭を下げている。


 ……は?!


「いいよー、かわいい! はい、お出迎えの言葉!」


 慶斗が蛍光イエローのスウェット上下で指示を出す。


 廉が下げていた頭を上げて、右手を俺に伸ばした。


「いらっしゃいませ、プリンセス」


 うん、かわいい。キラッキラして見える。いいよー、廉。廉はいいよー。


「慶斗! 廉に何させてんだ! お前マジぶっ殺す!」


「なんでー。かわいいだろ、廉。このスーツ見つけた時さー、廉のこの姿が浮かんだんだよねー。絶対、売れるって」


「売るな! 廉、脱げ! こんなホストに毒されんじゃねーよ、お前は!」


 まったく、ホストの兄にはおちおち弟を任せることもできねえ!


 廉のスーツを脱がしにかかると、廉が無垢な笑顔で言った。


「でも、これ着てたら僕も本当の兄弟になれた気分になったよ!」


 ……え。


「廉、これ着てたいんか?」


「うん! かっこ良くない?」


 くるっと回って見せる。かっこいいってか、かわいいんだけど。そうだよねー、スーツなんて着る機会ないから、喜んじゃうよね。俺もいざスーツなんか着たらテンション上がっちゃうかも。


「統基! お前もスーツ着てみろよ! 超テンション上がるぞ!」


 大学生の孝寿が珍しいスーツ姿で走って玄関に来た。てか、俺玄関から動いてねーんだけど。


 おお……孝寿の女優さんのようにキレイな顔でビシッとスーツ着てるともう、ドラマでも見てるかのようだ。普段の孝寿はパーカーとかラフな服装が多いからギャップがすごい。


「店の衣装の整理しててさ。そういや孝寿も就活始まるかと思ってたくさん持って来たんだよ。モノはいいから統基もいくつか持っとくか?」


 総括マネージャーの亮河と平ホストの悠真もスーツ姿でやって来た。てか、亮河はいつもスーツだな。ちゃらんぽらんな悠真ですら、スーツ着てると大人のいい男風に見える。


「え、俺もいいの? 亮河兄ちゃん!」


「いいよ。どうせ処分するスーツだし」


 リビングには信じらんねー量のスーツが山のように置かれていた。


「お前らの店、どんだけスーツ溜め込んでんだよ」


「歴史ある、天神森を代表するイコール日本を代表するホストクラブグループだからねー」


「マジか、お前らごときが」


 ホストなんかコイツらみたいに高身長ばっかだろうからサイズ合うんかなと思いきや、俺でもキツく感じるスーツまである。


「これ着てたヤツどんだけ細いんだよ。丈も俺でも足りねーし。こんなホスト実在したの?」


「けっこう背低いホストも多いよ。統基より更に細いホストもいくらでもいるし」


「え? そうなの?」


「お! ホストやりたくなってんじゃねえのー?」


「ありがとう、ちょっと血迷ったけど今のひと言で慶斗兄ちゃんと同類にだけはなりたくないって道を間違えずに済んだよ」


「どういう意味だよ! お前ホストになったら超しごいてやるからな!」


「ならねえよ! なあ、孝寿兄ちゃん!」


「いやー、俺スーツ着たらちょっとやりたくなってるわ。超かっこ良くない?」


 スーツの魔力すげーな! あれだけ絶対ホストにはならねえって言ってた孝寿が!


「孝寿はうちの店は来んなよ! ホストやるなら2号店以外な」


「3号店も孝寿の入店は拒否する!」


 孝寿がホストになったら慶斗悠真なんかあっさり抜かれるだろうからな。てか慶斗、俺なら大丈夫だってことかよ!


「まったく、こんな兄貴どもを俺の母親が知ってる訳ねえよな、やっぱり」


「え? 俺の母親って……」


 ぼそりと思いついたまま言っただけのたいして意味のない言葉に、亮河が思いのほか真剣な顔をした。


「覚えてねーんじゃなかったの? 統基の死んだ母親のこと。希さんだっけ」


 そうだ、希さんだ。孝寿はよく人の母親の名前なんかすぐ出たな。やっぱ頭いいな。


「覚えてはない。けど、なんか夢で見たんだよ」


「夢? マ……統基の母親、なんか言ってた?」


 マ? なんで亮河はそんなに俺の母親に食いついてんだ。


「えーと、たしか、ママがいなくなっても統基は強い子だから大丈夫、強くて優しい男になるのよ、お兄ちゃんたちのように、って感じのことを言ってた。俺、お兄ちゃん?! ってびっくりしてすげー目覚め良く起きてさ――……え? 亮河兄ちゃん?」


 びっくりした。夢での母親よりびっくりした。亮河が泣いてる。え、なんで? 訳が分かんねーんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る