第147話 男だって、甘えん坊

 朝メシ朝メシ、と階段を下りてキッチンへと入る。何も残ってる訳ねーけど、冷蔵庫は生きてるみたいだ。1年もムダな電気代かかるとこじゃん。


 叶ママ、しゃべり方は曽羽ばりにゆっくりでおっとりした感じだけど、ド天然2号なんだろうか。


 冷蔵庫を開けて見ると、普通に入ってる。


「なあ。冷蔵庫の中身入ってるんだけど。本当に1年もブルックボンドに行く予定だったの?」


「ブルックリンね。冷蔵庫に入れてれば大丈夫でしょってママが言ってたわ」


 大丈夫じゃねーだろうよ。なんで玉ねぎが1年も無事だと思うんだよ。使い切れよ。


「葉物野菜は無理だろうからって、最近は小松菜やキャベツがいっぱい出てきて青虫気分だったわ。おいしかったけど」


 なるほど、よく見ると1年後でも腐乱具合がマシそうな物が残ってるっぽい。おそらく叶ママは、天然って言うよりもズボラだな。後処理がめんどくさそうなものを優先して食べて処分したんだな、きっと。


 1年後に処分するのも今処分するのも同じだろうに。まだ食える状態で処分するのはもったいなかったんかね。同じことなんだけど。


 米を炊いて、ある物で適当に切り干し大根の煮物とみそ汁で軽い朝食を作った。


「すごいのね。こんな簡単にごはん作っちゃうなんて。そう言えば、晩ごはん作ってるって言ってたわね」


「最近はたまにしか作ってねえけどな。バイト始めるまではほとんど毎晩作ってたから。ゆーてもガチで簡単なもんばっかだよ。本格フレンチどころか本格的なのは和洋中全部無理」


「おいしい!」


「お、やったー」


 料理は別に好きじゃねえけど、おいしいって食べてくれるとうれしいからまた作ろうって気になる。廉は昨日何食ったんかねー。変なもん食わされてなきゃいいけど。


「弟さんのこと考えてるの?」


「え? なんで分かんの?」


 びっくりした! 何コイツ、急にエスパー?


「弟さんの話する時、統基すごく目が細くなるの。今もそうだったから」


「へー、そうなんだ?」


 いや、そうだったから、って軽く言われても半信半疑なんだけど。顔見てるだけで何考えてるか分かるか、普通。


「明日から学校戻るんだろ?」


「でも、休学の手続きしてるのに行っていいのかしら」


「休むって言ってたけど来ましたーでいいじゃん」


「でも……あんなにみんなにお別れ言われて、すごく行きづらいわ……」


 かと言って、日本にいるのに郵送のやり取りで1年過ごすつもりか。学校から家近いのに、ムダすぎるだろ。


「行きづらいなら俺が迎えに来てやるから、一緒に行こうぜ」


 笑って言うと、叶も笑った。


「ありがとう」


 叶と会う時は基本外だし、こんなに家でゴロゴロと過ごしたのは初めてだ。昼メシを作る時には叶も手伝ってくれた。玉ねぎの皮むくのに15分以上かかってたけどな。


 てゆーか叶ママ、昼どころか晩メシまで2人分作れるくらいの食材残して海外行くなよ。さすがに買い物行かなきゃ無理かと思ったけど金ねえし、なんとか乗り切った。


「ごっそーさん」


「統基って早食いよね」


「叶が遅いんじゃね?」


 ダイニングテーブルの向かいに座る叶の皿を見ると、まだ半分近く残ってる。卵がないから、卵なしであんかけチャーハンを作った。飲める。


「女のくせにこうも料理できないのって呆れてるんじゃない?」


 本当に叶は料理もできない。包丁持たせたら手切りそうだから俺が切ってる間にニンニクの皮むきを頼んだら皮がまーはがせない。仕方ないからはがしやすいように端っこを少し切ってやって、そこから引っ張ればスーッとはがせるはずなのにどういう訳かはがせない。薄皮がはがせないだけならまだ分かるけど、どうなってんだ。


「女のくせにとか男のくせにっての、俺キライなんだよ」


 男のくせに細っせえから言う訳じゃねーけど。男のくせに力ないから言う訳でもねーけど。


「統基ってよく男だからみたいなこと言うじゃない」


「男たるもの優しくも強い男らしい男であるべきだからな」


「そんな突っ張らなくても、男でも甘える時があってもいいんじゃない? 統基のお母さんだって、何も男なんだからひとりでがんばれってつもりで名付けたんじゃないと思うわよ」


 甘えるって……まーたコイツは、どんだけ昨日のことを引っ張る気だ。


「からかってるんじゃなくて! 大人の男の人でも甘えたい時だってあるでしょ、きっと。ひとりで全部背負わないで、弱み見せたっていいでしょ」


 ひとりで全部……女にだって、ひとりで全部背負っちゃう人もいる。


「勝手にひとりで全部背負われて蚊帳の外にされても、何もうれしくねーよな」


「そうだよ。たまには甘えていいんだよ。男だ女だ関係なく」


「それで後からこんなナヨった男イヤだとか言うんじゃねーだろうな」


「ナヨった?」


「ナヨナヨした」


「ナヨナヨしてるのと、何かがんばって疲れた時とか、寂しい時なんかに甘えるのとは違うよ。イヤだなんて言わない」


「本当だな。言ったな、叶」


「言った」


 立ち上がって、テーブル脇を歩いて叶の前に立つ。


「じゃあ、甘える!」


 拳を握りしめて宣言し、椅子に座る叶に抱きついた。ひざ立ちになって、叶の腰に手を回す。腹の柔らかみが心地いい。安心感あって、落ち着く。


 俺、人に甘えたことなんかなかったけど実は甘えん坊さんだったのかもしんない。


「俺、学校でも甘えるー」


「時と場所は考えようよ!」


「やだー、何も考えたくないー」


 もー、と叶が優しく髪をなでてくれる。相手が叶のせいか、甘えるだけじゃ満足できなくなってくる。顔を上げてチューしようとしたけど、ひざ立ちだからわずかに高さが足りない。叶が頭を下げてくれた。


 おかげで、無事にチューできた。なんとなく、そのまま見つめ合う。


「叶……」


 と言いかけたところで、玄関から鍵をガチャガチャする音がしたと思ったらドアが開いた音が響いて


「叶――!」


 と絶叫が聞こえ、ドタバタ足音がした。あっわてて叶の向かいの椅子に走る。


「叶!」


「叶ちゃん!」


 はー、超真剣に椅子取りゲームやってる勢いでなんとか座った。叶パパ&叶ママ、なんちゅータイミングで帰って来やがる!


「本当にごめんなさい。勝手なことして心配かけて……」


「ごめんよ、叶。俺たちこそ、叶の意志を無視してしまって……そんなにここを離れたくなかっただなんて」


「パパがひとりで単身赴任して、ママもこっちに残るように手続きしてきたから、安心してねえ」


 安心してねえ、がなまってるな。てか、もう帰って来たの?! 1日は24時間しかねえのに飛行機で13時間かかるんだろ?! 計算合わなくね?!


「向こうに着いたら時差で午後1時だったから、必死で必要な手続き終わらせて現地時間の午後5時の便手配して帰って来たんだよ」


 マジか。片道13時間かけて往復して、現地滞在時間4時間て、マジか。過保護な親の愛、半端ねえな。

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