第134話 初めての料理のお手伝いはうれしい

 比嘉家のインターホンをピンポンピンポン連打する。初っぱなから勢いに乗せていく!


「はーい、待ってたよー、入谷くん。いらっしゃいー」


 叶ママがおっとりと笑顔で出迎えてくれる。待ってたよー、と、いらっしゃいーがなまってる。


 笑顔と相まって、ほっこりするなあ、叶ママ。


「あ、すいませんっす。おじゃましまーす」


 じゃねえ! つい呑気な空気に飲まれたわ!


「何なんですか! ブルックボンドって!」


「ブルックリンね。パパが転勤決まって」


「それは聞いた! なんで叶まで行くんだよ!」


「だって、やっぱり家族は一緒がいいでしょう」


 いいでしょう、がまた、なまってる。


「統基!」


「入谷くん、とりあえず上がって上がって」


 叶と叶パパもやって来た。なぜ完全に文句つけに来た俺にパパもママも呑気に笑ってんだ!


 前と同じ和室に通されて、叶パパとちゃぶ台を挟んで対峙する。


「ごめんねえ、びっくりさせて」


 謝るポイントはそこじゃない!


「謝らなくていいから、叶は置いて行ってください」


「単刀直入だねえ。叶のアルバム見る?」


「え? アルバム? ……見る!」


 それより話をさせろ、とも思ったけど、叶の幼少期……見たい!


 分厚い立派なアルバム10冊ほどをキャビネットの扉を開けて出してくる。どれだけあるんだ!


 叶ママと共にお茶を持ってきてくれた叶がアルバムを見て、


「パパ! もう、人が来たらすぐ見せるんだから! やめてよ、恥ずかしいから!」


 と邪魔してくる。


「叶、何も恥ずかしいことなんてない! 俺は見たい!」


「そうだよ、叶。小さい時からかわいいけど、今が1番かわいいよー」


 何それ、最強じゃん。


「叶ちゃん、明日のお弁当のおかず作るの手伝ってくれる?」


「え? いいの? 分かった!」


 叶がうれしそうに叶ママに続いて和室を出ていく。


 小さい時からメシ作るのを手伝いたいって言う廉に、危ないからもっと大きくなってからなって言い続けていた。小5になって、廉が


「僕、家庭科始まったんだよ! 料理できるよ!」


 って言うから、なるほど、それなら少しずつ手伝ってもらうか、と


「じゃあ炒めるの手伝ってくれ。絶対に火から目ぇ離すなよ」


 って言ったら、


「うん!」


 とうれしそうにフライパンの前に立った。


 あ、なんでだろう、叶見てたら廉のかわいい思い出が……。


「これが生まれた時の写真だね。2500gギリギリで生まれたものだから、2日くらい保育器に入ったりもしてねえ。心配したものだけど、健康に育ってくれて良かった」


「へえー」


 叶の体は頑丈とは言えないが、健康そのものではある。生まれた時は普通のかわいい赤ちゃんだな。どの辺りから神がかってくるんだろう。


 てか、同じような赤ちゃんの写真が何枚あるんだ。やはり人は、親になると写真を撮りまくるんだな。


「あ、これ寝返りですね」


「そうだねえ。初めての寝返りの時、俺はいなかったんだけどママが撮ってくれてたんだよ。1度できても2度目がなかなかできなくて、2度目の時は俺がこの写真撮ったんだ」


 写真に日付が入っている。10月16日に1回目、2回目は……10月30日。え、約半月もかかってんの?! この頃から運動神経ぶっ壊れてたんだな。


「2回も寝返りひとつで感動させてくれて、親孝行な娘だよ」


「とんでもねー親バカなー」


 おお、この辺からもう神がかってるわ。びっくりするくらい超かわいい。あ、そうか、笑ってる写真が多いんだ。


「え! これ、もしかして遥さん?」


 小学生くらいのどことなく叶に似たかわいい女の子が赤ちゃんを抱っこして笑っている。何このどっちも超かわいい1枚。


「へー、この頃はこんなピンクのワンピース着てたんだ。超かわいいじゃん」


「遥ぁ……」


「あ」


 叶パパを見ると、悲しそうに幼きころの妹の写真を食い入るように見ている。


「俺と遥は年は離れてるけど、ふたりきりの兄妹でなあ。親がいないことが多かったのもあって、俺が遥を育てたと思ってる。遥によく似合うからとつい女の子らしい服ばかり着せたり、喜ぶだろうと女の子向けのアニメばっかり観せたりしてなあ」


 俺と廉の関係に似てるな。俺らはそんなに年の差はないけど、花恋ママが廉が小学生になったら子育て卒業宣言をしたものだから、それ以降は俺が廉の面倒を見てきた。


 ただ、もうすっかり手がかからなくなっちゃったけどな。うれしい反面、寂しいもんだよな。分かるよ、叶パパ。


「遥がああなったのは、俺のせいかなあ。俺が女の子女の子と意識して育てていたから、反発して男の子になっちまったのかなあ」


「いや、叶パパ、それはジェンダーについて不勉強過ぎるぞ。パパのせいなんかじゃねーよ。生まれつきだよ。元から遥さんの心は男だったの」


「そう言われても、こんなかわいいのに」


 まあな。このかわいい女の子の中身が男だなんて、俺も思えねえ。だがしかし、事実この女の子は自分を男だと認識していたんだ。


 でも、自分をかわいいかわいいと大切にしてくれる兄に言えなくて、兄をだましているように思って罪悪感を募らせてしまった。


 大人になってから耐えきれなくなってカミングアウトした結果がこれだ。


 叶パパも遥さんも誰も悪くない。だけど、ここまで言えなかったんならいっそ言わない方が良かったんじゃなかろーか。知らなければ、パパが自分を責めることもなかっただろうに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る