第121話 みんなちがってみんないい
登校して教室に入ると、待っていたかのように津田がやって来る。
ほお、俺も用があるのを分かってるかのようだな。
「おはよう! 入谷」
「はよーさん」
なんだ? なぜ顔を赤らめて俺を見る。俺にそのような趣味はない。
「あの、これ、らんぜちゃんに」
と、らんぜから受け取ったってか押し付けられたのと同じに見える箱を両手で大事そうに差し出してくる。
「え、なんでコレ?」
あれ、俺らんぜの箱落とした?
「修学旅行の益子焼が出来上がったんだよ」
と、教卓を指差した。同じ箱がまだ10個は並べられている。なるほど、小学校には先週に届いてたってことか。
コイツら、そろって相手にあげるつもりで絵付けしてたのか……。
「OK、たしかに受け取った。って俺ゃメッセンジャーか」
「え?」
津田から受け取った箱をカバンに入れ、カバンから同じに見える箱を出す。
「はい、これ」
「なんで?! らんぜちゃんに渡してくれよ!」
「バーカ、中見てみ」
俺も中身は見てないけど。津田が箱から湯飲みを出す。へたっぴながら、きっと津田の似顔絵だろう。コイツら、どこまでも同じこと考えてやがったのか。
「お前らバカだろ。なんでふたりして相手に渡すつもりなのに相手の似顔絵描いてんだよ。覚えててほしいなら、自分の似顔絵描けよ」
「だって、あの時はらんぜちゃんの顔しか頭になかったんだよ」
嬉しそうに満面の笑顔をまき散らかす津田を見て、ちょっと胸が痛んだ。
もしも、津田とらんぜが高校生と小学生じゃなく同級生なら、今頃このふたりは普通に付き合ってただろう。10年後に日光で会おうなんて実現されることのない約束なんてする必要なく。
同級生を、クラスメートを好きになるなんてベタ中のベタで普通のことだと思って意識したことなんかなかったけど、普通って、ありがたいことだったんだな。
普通に、好きになっていい相手を好きになれたのって、ラッキーなのかもしれない。
たとえば、もしも叶が花恋ママの立場だったら、義理の母親を好きになるややこしい話になってしまう。
普通であることの幸せ。なんでもないようなことが幸せだったと思う。だがしかし、俺の家庭環境は普通ではない。叶の家には行ったけど、俺の家にはとてもじゃねーが招けない。
「夏休みどっか行こーや」
いつの間にか充里が登校している。だいぶ髪伸びたな、充里。毛先が金髪に近いくらいだから、地毛が黒々してるのが目立つ。
「夏は海だろ! チャリで海行けんだぜ、知ってた?」
「行けねーだろ。海なんかねーじゃん、この辺」
「だれがこの辺っつったよ。チャリで片道3時間ほどハイスピードで走るんだけどさ」
「それチャリで海行けるって言わねーよ!」
「あ! 私行きたい!」
叶も登校してきた。もうじきチャイム鳴るな。
「早速明日行こうぜ、叶! 一年越しになっちゃったけど、コンビニのじいちゃんにお礼言いたいし」
「薬とジュースくれた人?」
「そうそう」
けっこうなジジイだったけど、まだ生きてるかな。
夏休み1日目は、見事な快晴だ。チャリで3時間も走ると分かっているから、準備は万端、白いキャップをかぶって日差しを避ける。
叶の家のインターホンを押す。叶ママはもう仕事に行ってるらしく、叶が出て来て鍵をかける。
「お、いいねー、麦わら帽子」
さすがに暑いからか、いつもは下ろしている長い黒髪を麦わら帽子の下からふたつに分けてくくってる。
かっわいいー。大人びた顔立ちに子供っぽい髪型ってたまらんな。もっと高い位置でツインテールとかやってみてほしい。さすがに違和感あるだろーか。
「海に行くって言ったら、絶対にかぶりなさいって言われて」
「ああ、ママに?」
「パパに」
光景が目に浮かぶわ。
「今日はケガのないように! 安全第一!」
「おー!」
拳を振り上げての笑顔がかわいい。去年と違って年相応に成長はしたけど、まだまだ冒険は好きらしい。
「よっしゃ、行くぜー!」
先は長いが初めっからテンション上がっちゃったな、これ。
途中でアイスを食べたりジュースを買ったりしながら走り続けると、だんだんと景色が変わってくる。普段生活している街並みと違って、背の高いマンションや隣の壁との距離5センチな家々が見えなくなって、ぽつぽつと大きな家があったり4階建てくらいのマンションがあったりする。
「あっつ!」
さすがに汗だくだわ。早く海入りたい。
叶を見ると、自転車に乗ると汗腺までぶっ壊れるのかさわやかな顔で汗ひとつかかずにこいでいる。どうなってんだ、コイツの体。
「やっと着いたー」
「2個目だけどアイス買おうかしら」
涼し気に見えて一応暑いのか、叶も。
コンビニに入ると、あのじいちゃんがレジに立っている。俺のこと覚えてるかな?
奥へ行きジュースを取り、アイスを選んでレジに行く。
「じいちゃん、去年ありがとうな。ジジイだから忘れてっかもしんねーけど、俺去年じいちゃんに世話になったんだよ」
「人をボケ老人扱いするんじゃない。覚えてるよ、友達がケガしたって言ってた坊主だろ」
「お! 覚えてくれてたんだ! 脳みそがんばってんな、じいちゃん!」
「失礼でしょ、統基!」
叶が掌底を食らわしてくる。いやー嬉しくて、つい。
「ありがとうございました。おかげで無事に家まで帰れました」
叶が笑顔でお礼を言うと、じいちゃんがその顔をじーっと見ている。
「えらいべっぴんさんだ。友達なんて言ってたが、こんなべっぴんさんだったのか」
「あの時は本当に友達だったんだけど、今は俺の彼女なの」
「たしかにえらいべっぴんさんだが、うちの孫の嫁もべっぴんさんだ。この秋に子供が生まれる」
なに張り合ってきてんだよ。叶級のべっぴんさんがそうそういる訳ねーだろ。見栄張ってんじゃねーぞ、ジジイ。
「え? 孫に子供が生まれんの? ひ孫?」
「初ひ孫だ。今から楽しみでしょうがない。これであと20年は死ねんわ」
「下手したらその間にひ孫の子供が生まれんじゃね」
「そうしたらもう20年は死ねんな」
えらい寿命の引き延ばし方があったもんだ。仙人にでもなる気か。
叶が笑うと、ほーと感嘆の声を漏らしたじいちゃんがジュースとアイスを袋に入れて
「えらいべっぴんさんだ。これはじいちゃんからやろう。ちゃんとお礼を言いに来たご褒美だよ」
と叶に差し出して笑った。
「え?! いえそんな、受け取れません、お会計を――」
あ、このじいちゃん、遠慮しちゃダメなんだよ。
「ありがとう! じいちゃん! 俺また来るよ! また来年も来るから、元気でいてくれよ」
強引に叶に袋を受け取らせる。じいちゃんの顔が一瞬険悪になりかけたけど、笑顔が戻った。
「死ねん理由が増えたな。このべっぴんさんの顔をまた見たい」
おお、叶の美しさが仙人を創り出してしまうらしい。
笑って手を振ってコンビニを出る。
「べっぴんさんは得だねえ」
「でも、いいのかしら?」
「いいんだよ。世話焼きたいんだろ、あのじいちゃん」
ひろしの店長みたいに食わせたい人もいれば、じいちゃんみたいに世話を焼きたい人もいる。くそ生意気なメスガキが大人になるまで10年も待とうとするヤツもいる。世の中いろんな人がいるもんだ。みんなちがってみんないい。のか?
しかし、来年は大人しく電車を乗り継いで来ようかな。水着に着替えてガッツリ海で遊ぶほどの時間がないから、服を着たまま浜辺で遊んでたら気付いたらびっしょびしょになってる。
夕方になって、去年みたいに爆走する訳にはいかねえから、早めにビーチを離れる。のんびり自転車をこぎながら見る夕焼けもキレイだ。坂道をブレーキいっぱい引いて、夕焼けを鑑賞しながらゆるやかに下っていく。
今年はへこんでなんかねえから早くも完成、素晴らしき夏休みの思い出。
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