第111話 10年後、またここで

 ホテル駐車場の観光バスが並ぶ傍らで


「何かご用ですか?」


 と先生が厳しい表情でらんぜの肩に手をかけ、津田と対峙する。そりゃ怪しまれるわ!


「探すの手伝ってくれてありがとう、津田! すみません、僕らんぜの叔父で統基と言います。いつもらんぜがお世話になっております」


 仕方ないから3人に駆け寄って、先生に頭を下げる。なんで、俺がらんぜの先生に頭を下げにゃーいかんのだ!


「叔父さん?」


 先生がらんぜに確認している。


「はい。父の弟です」


「あら。どうしてここに?」


「僕たちも修学旅行で来ているんですけど、兄が、ど――してもらんぜの声が聞きたいって言ってんすよー。兄弟ですから、たまたま娘と弟が同じ日に同じホテルだって事前に知ってるじゃないですかー? 僕の携帯に連絡が来て、どうしてもらんぜと話したいって聞かなくて」


「あら、仲がいいのねえ」


「そうなんすよ、仲良し兄弟、仲良し親子なんです。兄については、僕は過保護だと思うんですけどね? でも、兄にはお世話になりっぱなしだから頭上がんないんです。お願い先生、ちょっとだけ、5分10分でいいんで、兄とらんぜに話させてやってもらえませんか?」


 精一杯かわいい困り顔を作って、両手を合わせて懇願する。お願い、許して先生、もうこんなのさっさと終わらせたい。


「まあ、そういうことなら」


「ありがとう、先生! 電話終わったら僕が責任を持って童話前小学校の皆さんの元にらんぜをお届けにあがりますんで」


「5分10分くらいなら待ってますけど」


「らんぜひとりのためにとんでもない! ありがとうございます、なんて優しい先生なんだろう、らんぜ! お前は幸せ者だね、こんなにキレイで優しい先生に恵まれて」


「え? あら、やだ」


 頬を染める先生を、目つきの悪さを隠すべく懸命に目を細めて見つめる。


「僕が責任を持って送り届けますから、先生は職務を全うしていて下さい。僕、必ず先生を探しだしてらんぜを引渡します。僕を待ってて、先生」


「分かったわ、待ってるわね」


 ノリのいい先生で助かった。はにかんで手を振った先生は小走りにホテルへと入って行く。


「何やってんの、クソガキ」


 らんぜが汚物を見る目で俺を見ている。負けじと細めていた目をカッと開いてにらみつけてやる。俺だって好きであんな口説き文句みたいなセリフ吐いた訳じゃねーんだよ!


「ほら津田、コイツこんなヤツだよ。子供のくせにかわいげのカケラもねえの」


「ふん、自分だって子供のくせに」


「小学生と一緒にしてんじゃねーよ」


「小学生と同じところに修学旅行に来といて?」


「あー言えばこー言うな、お前は」


「何なの? パパから電話があったの?」


「ねーよ。お前俺もこのホテルだって知らなかっただろ。あんなもん嘘八百並べただけだよ」


「なんであんな嘘ついたのよ」


 俺だって、こんな意味分かんねーことしたくねーよ。まったく……。


「津田。最大10分だかんな」


 ただただらんぜを見ている津田に声をかけると、俺を見て


「え……僕のために?」


 とつぶやいた。自分が通報案件だったことを分かってねえな、コイツ。


「制限時間は10分。散れ! 津田!」


「ありがとう! 入谷が僕のために何かしてくれるなんて思ってもみなかった! ありがとう!」


 俺は散れって言ったんだけど? 津田がこんなマイペースな猪突猛進野郎だとは知らなかった。


「らんぜちゃん」


「何コイツー。これ何なの、クソガキ!」


「黙れ、メスガキ! 黙ってとりあえず聞け!」


 津田がらんぜの正面に立った。らんぜが助けを求めるように俺の方を見てくるけど、今は津田を見てやってくれ。変なこと言い出したら俺が容赦なく止めるから。


「僕は、君に、一目惚れをしました。お昼に、君の姿を見た瞬間、僕は、すごくドキドキして、息も止まるくらいでした。君は、小学生で、僕は、高校生だから、って思ったけど、やっぱり、君が、好きです」


 句読点が多すぎて減点される小学生の作文か!


 下手すぎる! 告白が下手くそすぎる! お前もはやカタコトに聞こえるよ! スムーズに内容が入ってこねーよ!


「え……本当に?」


 は?!


 らんぜは顔を赤らめて津田のとっちゃん坊やフェイスを見ている。


 ……何? 何なのコイツら。


 津田は真剣な表情でらんぜだけを視界に入れている。それは分かる。


 だがしかし、なぜにらんぜまで真摯に津田を見つめているのか?


「らんぜちゃん」


「あなたのお名前は?」


「津田 正樹まさきです」


「惜しい……」


 分かる。惜しいよね。見た目は全然惜しくないけどね。案外、世の中ああ、あと1文字って人がいるものだよね。


 どうでもいい! 名前なんぞ、どうでもいい!


「待て、お前ら! それぞれ冷静に身分と年を名乗れ! はい、津田から!」


「身分? 高校生ってこと? 高校2年生で、17歳」


「よく聞け、津田! らんぜは?!」


「小学6年生、12歳」


「聞いたか、お前ら! 17歳と12歳、5歳も年の差が――」


 え、5歳? そんなもん? 小学生女児と男子高校生ってもっと差がある雰囲気醸し出してね?


 でも、当たり前か。俺の同級生の津田と廉の同級生のらんぜの年の差は当然、俺と廉の年の差と同じか。


 え……俺と天音さんが7歳違いだ。


 院生とは言え大学生の天音さんよりも、小学生の方が年近いの?


 てか、大学院生って何なの? 分かんないから、とりあえず大学生なんだと思ってた。まさか、中学生はさんでる小学生よりも年の差があったとは……。


「今は、17歳と12歳、高校生と小学生、交際に至るには適していないかもしれない。でも、10年経てば……27歳と22歳なら」


「いや、津田。俺らんぜよりむしろお前に冷静に考えてほしいの。小学生は小学生なりの恋愛をすべきだと俺は思ってんの。お前高校生だろ。10年経てばって何なの?」


 津田とらんぜは見つめ合っている。俺の声は聞こえていないのか、お前ら。


「10年後、もう一度告白させてください。……ここで」


「10年、待っててくれるの?」


「待ちます。10年後、またここで会いましょう」


「絶対、約束ね」


「はい。必ず」


 いや、絶対忘れてるだろ。どんなロマンチック演出だよ。小学生が10年後の約束なんか覚えてる訳ねえ。


 らんぜのヤツ、ゆーてもやっぱり小学生だな。マジメに告られるとコロッと惚れちゃうのか。案外チョロいんだな、人は見かけによらない。


 まーいいや、果たされることなどない約束でふたりの気は済んだっぽい。


「よし、話がまとまったところで解散! 行くぞ、らんぜ。担任の先生を探そう」


「あの先生は担任じゃないわよ。保健室の先生よ」


 俺、保健室の先生に頭下げてたのか。

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