第110話 男子高校生に起きた奇跡

 修学旅行でまわる観光地なんて小学校だろうが高校だろうが同じなんだな。だって、どれもこれも5年ぶり2度目なんだから。


 おかげで、常にらんぜがいないか確認し、いれば津田との間に入ってふたりの防御壁となる。


 らんぜは明らかに年上好きだ。高校生にすら興味なさげだったから大丈夫だとは思うけど、念のため用心するに越したことはない。


 てか俺、修学旅行で何してんだろう。こんな初体験はいらない。これなら単に同じとこばっかでつまんねーって言いながら観光してる方がよっぽど良かった。


 努力のかいあって、無事に津田とらんぜが顔を合わせることなく宿泊先のホテルに着いた。小学校の時は民宿だった。ここまで来れば安心していいだろう。


 あー、疲れた……早くメシ食って風呂入って寝たい。どーでもいいレクリエーションとかいらねえ。


 大広間で我が下山手高校2年生が集まり、クラスの垣根を越え好きに組んだグループで好きな出し物をしている。


 まあ、らんぜと津田じゃ俺が何もしなくてもくっつく訳ねえんだけどな。


 らんぜは父親の弟で俺の兄、悠真に永遠の片想い真っ只中だ。俺と孝寿で説得は試みたものの、諦めた様子はなかった。


 あー、他のクラスの知らんヤツの漫才なんかマジでどうでもいい。お、でもちょっとおもろい。


「あはは!」


 結構おもしろかったな。あ、次は仲野と行村かよ。またギター持ってるよ、マザゴリ。え、家から持ってきたの?


 みんなもう仲野が超歌うまいことは知ってるし、モデルデビューまでした行村は今やひとりで学年1のモテ男だからすっげー盛り上がってる。


 マザゴリのくせに生意気な。


 しかし、うまい。事前に作ったのであろうギター解説動画を大きなテレビ画面に流しながら歌を歌い、その横で行村が衣装を変えながらポーズをとる。衣装チェンジの際には下着姿まで披露する大サービス。


 女子はキャーキャー言いながら行村の写真撮ってるし、男子はギターに興味のあるヤツはテレビを、歌に興味のあるヤツは仲野を、ファッションに興味のあるヤツは行村を見ている。


 去年の文化祭では弾き語りだけだったのに、ずいぶんエンターテインメント性を高めたものだ。


「なあ統基。マザゴリ、ギターなんか持ってきてたっけ?」


「俺も思った。気になんなかったから、ホテルで貸出サービスとかやってんじゃね?」


「いや、ずっとギターケース担いでたよ」


「え? 嘘、マジで?」


 佐伯が大きくうなずく。


「えー、いくら体がデカいっつっても全然気付かんかったー」


「すっかりギターが体になじんでるからな、あいつ」


 なじみすぎだろ。


 あれ? いつの間にか津田がいない。あんにゃろ、どこ行きやがった。


「なあ、津田は?」


「さっきバス入って来たのが見えたって、出てったよ」


「バス?」


 なんでバス?


 あ! もしかしてらんぜの小学校のバスをねらってんの?


 バカだねー、自分の小学生時代を思い出せっての。小学生はこんなホテルに泊まらねーんだよ。


 しゃーない、これ以上マザゴリ共がキャーキャー言われてんの見るのもイヤだし。


 俺も一旦部屋に戻って靴を持ち、履き替えて外に出る。外はうっすらと暗くなってきている。


 1台のバスからはすでに小学生たちが降りてきている。その傍らに、津田は立って見ていた。


 変質者じゃねーか。


 津田は小柄な方だし黒髪の坊主でややぽっちゃりしていて、メガネをかけた小僧って見た目だから、小学生に不審な目で見られることもなさそうだけど。


「おまわりさん! 変質者が小学生を食い入るように見ています!」


「うわ! びっくりしたー、入谷か」


「あれ? 小学生だな、コイツら」


「東区立童話前小学校だって」


「童話前小学校? すげー名前。今の小学生はホテルに泊まるんかよー。生意気ー。俺らの時代は民宿だったよなあ? 津田」


「え? 僕小学校の時もこのホテルだったよ」


「え? ここ?」


「ここ」


 ホテルまで同じだったら完全に5年前の再現VTRじゃねーか。よく文句も言わずにここまで来たな。


「何してんの? お前」


「……どうしても、もう一度あの子の顔を見たくて」


「日光だよ? どれだけの修学旅行生を迎え入れてると思ってんだよ。ホテルも民宿もバカスカあるよー?」


「分かってるよ。分かってるけど、万にひとつの可能性にでも賭けたいんだ」


 津田……。


 津田は、バスから降りてくる小学生を真剣な眼差しで見ている。うん、不審者だわ。


「いくら日光でも、万はねーかな」


 もう1台、バスが入って来る。こちらのバスはもう全員降りたのか、教師らしき大人が大きな荷物を手に降りてきた。


 もう1台のバスへと俺たちもポジションを変える。


「やっぱりそんな奇跡みたいなことねーよ。諦めろ、津田」


 知らない顔ばかり、もうおそらく30人は降りただろう。津田はまだバスを見てるけど、小学生時代を思い出せ、ひとクラスに30人もいなかっただろ。


「奇跡だ!」


「え?」


 津田が目を見開いたと思ったら走り出した。


「おい!」


 走り出してから止めたって遅いか。何考えてんだ、あいつ! マジで不審者扱いで警察呼ばれる気か!


「あ、あの、らんぜちゃん!」


 津田がいきなり名前を呼んで、らんぜが振り向いた。津田の顔は昼間に見ていなかったんだろう、あからさまに警戒心をむき出しにする。


 何も言わないらんぜに、


「あ、あの……」


 と津田も特に何も言えずにいる。ノープランかよ!


 らんぜが最後の生徒だったのか、間の悪いことにそこへ先生らしき中年の女性が降りてきて、らんぜと津田を見て驚いた顔をした。


 あー、あのバカ……。

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