第82話 彼女以外には、拒絶反応
あー……あの子またあいさつ回りしてる……何なんだマジで。
2年1組の教室の前で、1年生なのに嵯峨根さんが俺のクラスメート達に爽やかに朝のあいさつをしている。
……うっぜーな。わざわざいらん火種を撒きたくねんだよ。何なんだあの1年……イライラする。
いや、俺は自分のダメな所をイヤと言う程分かってる。短気なんだ。イライラすればイライラする程思い切った行動をしてしまう。落ち着け、イラつきを逃がして……データを集めるんだ。
そうすれば多少は打開策が見付かるかもしれない。
ひとまず嵯峨根さんに見付からないように廊下の角に身を隠す。……あ、叶と2人で嵯峨根さんの前に現れたらどうだろか。
俺の方が登校するのが早いから、いつも嵯峨根さんに絡まれてる所に叶が登校して来る。けど、2人一緒なら……よし、叶が来るまでここに隠れていよう。
廊下の角から嵯峨根さんの様子をうかがう。2年4組、3組、2組、1組、とクラスが減ったせいでこの廊下だけで2年生が収まってしまった。
「統基! 何してんの?」
「え!」
充里か! 声でけーんだよ! 嵯峨根さんに見付かるだろーが!
「何でもねーよ! 叶を待ってるだけだよ!」
「叶?」
あ、やっぱり呼び方が変わると引っかかるみたいだな。
「そう、悲願が叶うの叶だよ」
中空を見つめ両手をWhy? のポーズにして言ってみる。引っかかった割に充里は余裕でスルーする。いや、なんかねーのかよ、自由人。
「箱作先輩、おはようございます!」
「えー、美心ちゃん、全然ちっちぇーままじゃんー」
「もうちょっと時間下さい! 私毎日全力で煮干し食べてカルシウム補給してます!」
「マジで? 期待してるー。デカくなってねー」
……充里はデカい女が好きなんかね? あいつに好みなんてもんがある気がしなかったけど、やたら嵯峨根さんにデカくなれって言ってることに気付いた。曽羽がデカいからかな?
曽羽がデカいからデカい女が好きなのか、デカい女が好きだから曽羽が好きなのか?
どっちでもいいわ。とりあえず俺は俺より小さい華奢な女がいい。
……それでいくと、叶より嵯峨根さんの方がより小さくて華奢ではあるな……間違えた。俺は、叶がいい。大きな間違いだったな。
……叶、おせーなあ。いつものことなんだけど。あいつ、歩くの速いのになんで登校おせーの? 俺より家も近いのにさー。
「入谷くん、何隠れてるの?」
なんで曽羽は俺が隠れてるって分かるの? コイツマジでムダに鋭いな。俺はただ廊下の角から不自然に腰を曲げて教室の様子をうかがってるだけなのに。
「なあ、叶まだ来てねえ?」
「え、叶?」
あ、やっぱり呼び方変わると食いつかれるな。何の気なく曽羽の方へ振り向いたら、いつものフワフワ笑顔じゃなく真剣な顔をして俺をまっすぐに見ていた。
女子にしては体がデカいから、身長も俺と大差ない。……なんだ? 普段常に笑顔の奴がシリアスな顔してるだけでもう怖いんだけど?
「叶を裏切ったら許さないよ、入谷くん」
顔のシリアスさは完璧なんだが、声は相変わらず綿菓子級にフワフワしてる。ムダにシリアスな顔すんのやめろ。
……何コイツ? ムダな鋭さが俺と叶の関係の変化に気付いたのか?!
いや、さすがにねーだろ。呼び方変わったくらいで。
いや、待って。問題はそっちじゃなくね? 裏切ったらって……コイツ、まさかもしかしたら万が一億が一……天音さんのことも気付いてる?!
……いや、さすがに有り得ねえ。俺はヤバさに気付きあの1日しか曽羽達をひろしに近付けてねえ。いつの間にか、あの頃より今の方が余程ヤバい……。
「あ、おはよー叶」
叶?! 比嘉 叶?!
「おはよー、愛良。……あ、おはよう、統基」
叶が神々しいまでの笑顔を見せる。かわいい! 美しい! 尊い!
「おはよう!」
思わず叶を抱きしめる。
「やだ! 恥ずかしい!」
俺の胸に渾身の掌底を食らわして来るが、力がないからノーダメージだ。
曽羽が加わることは想定外だが対嵯峨根さんには何ら影響はない。叶と一緒に教室へと向かう。
努めて冷静に、自然に、同級生との登校を装って教室へと廊下の角を曲がる。
「あ! 入谷先輩! おはようございます!」
びっくりした! 嵯峨根さんは叶がいようがいまいが、もちろん曽羽なんていててもお構いなしに俺の胸にくっ付いて来た。
「おは……ごめん、嵯峨根さん!」
一瞬受け入れかけた所で、ついさっき見せた曽羽のシリアス顔と叶の笑顔が瞬間的に浮かんでついミニマムサイズな嵯峨根さんを両手で突き飛ばしてしまった。
「あ!」
俺も男にしては小柄だし特に力も強くないけど、嵯峨根さんは吹っ飛んだ。この程度で吹っ飛ぶなんて、いいリアクションしやがる。
……じゃない!
「ごめん! 大丈夫?」
廊下に転がってしまった嵯峨根さんに駆け寄る。もー、めんどくせえ……叶さえいなけりゃほったらかして教室に入るんだけど、かなり叶の好感度を下げてしまう恐れがある。
一応、嵯峨根さんへ手を差し伸べる。
その手を嵯峨根さんは両手でつかんだ。
「……大丈夫です……ごめんなさい、私何か悪いことしちゃいましたか?」
目に涙を溜めて立ち上がった嵯峨根さんが俺を見た。
……悪いこと……?
いや、悪いだろ。彼女いるの知ってて彼女の前でわざわざくっ付いて来て、更には拒否した俺を悪者にしようとしてるだろ、今まさに。
でも、周りの空気を感じるに
「えー、あんな小さい子突き飛ばすとか……」
「1年生でしょ、あの子……」
「あれ、暴力だよね?」
とか……周りにはたまたま女子が多いみたいだ。まんまと俺、悪者になってるわ。
ムカつく、この1年生……でも、でも、俺の最優先は叶だ。叶は暴力なんて受け入れられないことは変態マザゴリが証明済だ。
「ごめんね、君は何も悪いことなんてしてないよ。俺が悪かった。俺は彼女以外の女に触れられると拒絶反応起こしちゃうんだよ。俺、彼女しか受け付けない体なの」
悠真の嫁さんの言葉を借りたが、ストレート過ぎるか? 泣くかな……嵯峨根さんを否定せず、彼女の存在を前面に出してギリギリのラインを攻めてみた。これ以上、周りをうろちょろされるのも迷惑だ。
キャーと周りの女子が湧く。よし、とりあえず悪者のレッテルは貼り替え成功したようだ。問題はこの小娘だけだ。
小娘だけあって大してメンタル強くもないらしい。涙を溜めた目でキッと叶を睨みつけると無言で廊下を歩き角を曲がって行った。
「ごめん、叶。俺があんな言い方したせいで睨まれちゃって」
ミスったな……矛先が叶に向くとは考えてなかった。俺が嫌われる予定だったんだけど。
「ううん、いいよ。ハッキリ言ってくれてスッキリした」
叶は笑って言ってくれた。良かった、ミスってねえ。叶が笑ってくれるなら大正解だ。
ご機嫌に叶が教室に入って行く。曽羽と目が合った。
「曽羽、安心した? 俺が叶を裏切る訳ねーだろ」
「あの子のことじゃないよ」
といつものフワフワ笑顔と声で曽羽が言うと、教室に入って行った。
……え……じゃあ、誰のことだってんだ! あいつ、どこまで分かって言ってんの?! こえーんだけど!
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