第78話 発熱

 頭を冷やすと気持ち良さそうに比嘉は目を閉じている。その傍らに座って比嘉の顔を見る。このまま熱が下がってくれたらいいんだけど……。


 心がザワザワして、悪い方へ妄想が働いてしまう。急に容態が変化したりしたらどうしよう。俺、看病とかしたことない。何か重要な変化を見逃して、比嘉がしんどい目に遭ったら……。


 どうしよう、このまま寝かせてていいのかな。病院は大げさなんだとしても、ドラッグストアで風邪薬くらい買って来ようかな? 寝不足が原因じゃあ意味ないのかな?


 比嘉に嘘をつかせなければ良かった……ちゃんと俺と行くって伝えていれば、比嘉だって親に連絡する気になったかもしれないのに……。


 やっぱり、俺は後悔ばかりだ。人を好きになるって後悔を重ねるってことなのかってくらい、比嘉と出会ってからやっぱり後悔ばかりだ。


 比嘉……。


 比嘉が目を閉じるベッドの横に正座して両手をひざに置いてただ比嘉を見守っていると、比嘉が目を開いた。


 と思ったら、俺の顔を見て笑った。


「本当に、しんどくはないから……ごめんね、せっかく旅行に連れてってくれたのにそんな顔させちゃって」


 比嘉……お前、そんな謙虚な可憐なこと言うキャラでもないだろ?! いつもの過剰な程の自信はどうした?!


 何なんだよ、よっぽど辛いのか? もう、あの木の最後の1枚の葉っぱが落ちたら私の命も……くらいの勢いなのか?!


「比嘉ぁ……」


 余命幾ばくもない花嫁に見えて、比嘉の手を握って横たわる比嘉にキスをした。


 ……しまった、忘れてた。比嘉は異常に照れるんだよ。知ってんのに、つい……比嘉の顔が真っ赤になる。ただでさえ熱ある時に、俺は何更に熱上げてんだ!


「あ、違う……風邪って人にうつすと治りが早いって言うじゃん! 寝不足も、俺にうつして早く治せよ。明日はラッコ見に行こう?」


 かなり無理あるかな? でも、寝不足すらうつせるんなら、もらってやるよ。俺は寝不足くらい多分平気だ。


「……本当にうつってもいいんなら、一緒に寝て。このベッド、大き過ぎて寝にくいから……」


「……え?」


 いや、たしかにデカいベッドなんだけど。行きずりでデカいベッドの部屋になったけど……


「それは、やめた方がいいんじゃねーかなあ?! いや、比嘉だって落ち着いて寝れねーだろうし?!」


 俺は寝れねえ! 断言してもいい! ただでさえ今俺がどれだけどれだけだと思う?!


「……プレゼント……」


「……へ?」


「私、去年入谷にまともなプレゼントできてないから、私からも、プレゼントしたいって決めてたから……」


 ……プレゼント? ……あ! 俺の誕生日に俺は比嘉が欲しいって言ったのをやっと正しく理解したの?!


 そんなん言われたらドキドキするわ。けど……なんで、体調崩した状態でそんなこと言うんだよ……花恋ママも興味持ったタイミングを逃すなって言ってたけど、なんでこんなタイミングなんだよー、もう本当にコイツは……


「体調良くなったらもらうよ。いくら俺でも熱あるお前からプレゼントはもらえねーわ」


 比嘉の頭をなでながら笑って言った。比嘉らしくない、こんな思い切ったこと言うなんて、熱に浮かされちゃってんのかな。もーほんと、早く治してー。そしたら迷わずもらうからー。


「大丈夫だよ。私寝不足になると熱出ちゃうことよくあるの。本当に、しんどくはないから」


「俺、お前の大丈夫は信じられないの。すーぐ我慢するんだから。お前は自信過剰なだけで体頑丈とは言えねーぞ?」


 ロングスリーパーなのは体を守るためなんだな。それなら、寝ればすぐ良くなるかな。だといいな。


 俺の手を頭に載せたまま、比嘉がひじを付いて頭を起こして俺にキスをした。更にドキドキが増し、体中が熱くなる。唇を離した比嘉が俺の目を見つめている。今日は、比嘉はうつむかない……その目に吸い込まれそうで、俺も目をそらせない。


「……もう聞かねーよ。最後だよ。本当に、体、大丈夫なの?」


「大丈夫。私平熱でも37度くらいあるし」


 そっか。平熱で37度あるんなら、比嘉の37.8度は平熱35.8度の俺だと何度くらいの熱ってことになるんだろう。


 力いっぱい比嘉を抱きしめたら、頭真っ白になって簡単な足し算すらできなくなった。




 夕方まで寝たら、比嘉はすっかり元気になった。俺も2時間くらいつられて昼寝した。夜寝れるかなあ。いや、むしろ、寝かせねーぜ? みたいな? いや、ダメだ、明日また比嘉が熱出しちゃうか。


 念のため、日が沈んで冷えてくるであろう外に出るのは避けてホテル内のレストランで晩メシを食うことにした。


「高! レストランでこんなに高いなんて、このホテル相当高いの?」


 メニューを見た比嘉が驚いて尋ねてくる。いや、宿泊料金の割にこのレストランが高い! こんなに高いなんて思わなかった!


「い、いや、別に……。……ふっ、これくらい、お前の誕生日を祝うためなら安いもんだよ。値段なんか見るな。食いたいもん頼めよ」


 もう腹を決めた。せっかくの比嘉と2人きりの比嘉の誕生日を祝う旅行だ! しけたことは言わねえ!


 比嘉、かあ……。


 高い割に量の少ない、でも美味い料理を食しながら比嘉に提案する。


「なあ、俺のこと統基って呼べよ。俺も叶って呼ぶからさあ。比嘉とか入谷とか、他人行儀じゃん? 俺らもうそんな関係じゃねえじゃん? 俺らもう――」


「わ、分かった! 分かったから! なんか何言い出されるのか怖いんだけど!」


 あ。ついこんなお高いレストランで言うようなことでもないことを言いそうだったかも。止めてくれて良かった。


「じゃあ、呼んでよ」


「えー、改めてそう言われると恥ずかしい……話してて次に名前呼ぶ時に呼ぶから待っててよ」


 待っててだって、かわいいこと言うなーもー。だがしかし逃さねーぞ。


「やだ。今すぐ言ってよ。もう秒で聞きたいの。俺叶ちゃんに名前呼ばれたいー。呼ばねーんならさっき言おうとしたことの続き大声で言っていい? 俺らもうさ――」


「呼ぶから!」


「いえーい」


 もー……と真っ赤になってる。あー、かわいい! 集中して聞くために、フォークとナイフを皿に掛けてテーブルに置く。


「はい、どうぞ」


「……統基……びゃ――」


「びゃーって何! びゃーって!」


 お高いレストランにいるのに、突然の雄叫びに思わず爆笑してしまう。


「あはは! ありがとう、叶」


「かなっ……」


 呼ばれるのも照れるみたいだな。あー、おもしれー。名前呼ぶだけでこんなに笑わせてくれるなんて、さすが比嘉……叶だわ。


「でも、急に呼び方変わったら変じゃない? 学校ではこれまで通りにしときましょ」


「しねーよ、やだよ。付き合ってんのに今までお互いに苗字呼びなのがおかしかったんだよ。学校だからって入谷って呼んだらなんで呼び方変えたくなったか1人1人に詳細に理由を話すからな、俺」


「やめて!」


「じゃあ、決まり! 絶対、統基って呼べよ。すぐに慣れるから。お! このポテサラ何入ってんのか分かんねーけど、今までに食べたことない味! 叶、食べた?」


「え? まだ……ほんとだー、美味しい!」


「超美味いなこれ。ポテサラだけ別売りしてねーかな」


「と……統基あんまり食べないんだから、これ全部食べ終わってまだ食べられそうだったらにした方がいいわよ」


 お、言った! 偉いぞ、叶。顔真っ赤だけどよく言った!


「えー、あんまり食わねーからこそ美味いもん食いたいじゃん」


「食べきれなくなって残したら作ってくれた人に悪いでしょ」


「あー、なるほどね。たしかに」


 作ってくれた人のことなんか考えたこともなかった。やっぱり、育ち良さそうだなあ、比嘉……叶。ちゃんと親にしつけられた感がする。俺なんか良くも悪くも自由に育っちゃった所あるからなあ。


よし、俺は叶にしつけてもらおう。そして俺が廉をしつけてこう。2人で廉を立派な男に育てようじゃないか。

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