第77話 1泊2日、旅路のはじまり

 下山手駅の前で比嘉を待つ。家出る時に連絡くれてっから、もう来るはずなんだけどなー。あいつ早足なのに、珍しく遅い。


 あ、来たか。


「比嘉――」


 遅いはずだ。力ねえくせにでっかいボストンバッグを担いで来ている。仕方ない、待ってられないから、比嘉に駆け寄る。


「おはよ、比嘉」


「おはよう、はー」


 おい、集合で疲れ切ってんじゃねえよ。


「はい、荷物交換ね。1泊2日の近場の旅行に何をこんなに持って来るもんがあるんだよ」


「軽! 入谷は少な過ぎない?」


「何か足りなきゃ買えばいいじゃん。辺境の地に行くんじゃねーんだからさ」


「え……入谷んちの旅行ってそんな感じなの? たまにいるよね、現地調達するセレブ」


「えっ、セレブ?」


 え、知らず知らずのうちに金の使い方おかしくなってる? うち金はあってもセレブ感皆無だぞ。ただ、お年玉いっぱいもらっちゃったもんだから、金ならまだある。


「え、いや? だって俺、そんな高いもん必要ねーもん」


「ああ、男の子だしね。ママが女2人で旅行なら色々必要でしょーって荷作りしてくれたらこうなったのよ」


「ママ任せかよー。もう高2なんだから荷作りくらい自分でやれよ」


「自分でやるからいいって言ったんだけど」


 ホームに降りると、もう間もなく電車が来るみたいだ。いいタイミングだ。


 近場とはいえ、比嘉と旅行なんてすげーな俺。お泊まりなんて人生初だ。よくあの誕生日デートの時にサラっと誘ったもんだよ。俺、偉い!


「あれ? なんか顔色悪くない? 体調悪いの?」


 心なしか、比嘉の顔色が青みがかってる気がする。表情は普通に元気そうなんだけど。


「そう? あ、寝不足のせいかも。なんか昨日なかなか眠れなくて。こんな嘘ついたのなんて初めてだし、家族旅行じゃない旅行も初めてだし」


「修学旅行も行ったんだろ?」


「あ、行ったけど。学校関係はナシで」


 そっか……半分は俺のせいだな。旅行に連れ出すにあたり、比嘉の親に会ってみようかとも考えたけど、過保護な比嘉の親には俺の見た目じゃ最悪付き合いに反対されるなと思った。髪黒く染めてピアス外して行くか、とも思ったけど、そこまでするのは何かめんどくさくて旅行くらいでわざわざいいか、と曽羽と行くことにしてもらった。


 しかしさすがは尊いな。俺わりと軽く嘘並べちゃう方だけど、比嘉は嘘ついただけで寝付けなくなっちゃうのか……。いや待て、俺まだ忘れられてねーぞ。ストーカーするために親にひどい嘘ついてたじゃん。


「もうすぐ聖天坂だよ。ひろし見えないかな」


「あんなちっせー店、見える訳ねえじゃん」


 かっわいいこと言うなー、もう。電車に乗り込み比嘉と2人並んで座る。足組んでも全然迷惑かけないくらい車内はガラガラだ。窓から景色を眺めていると、デカデカとした看板が見えた。


「ひろしだ!」


「なんだー、見えるじゃない」


 いや、見えるのはひろしじゃなくて創作居酒屋ひろしと書かれた看板だ。あの辺だとは思うけど、あの場所にひろしがあるのかもよく分からない。


「ああ、充里の親父が作った看板なんだな。箱モチーフになってんじゃん、あれ充里の親父の会社で作った看板だわ」


「そう言えば充里のお父さんと店長さんって友達だったわね。充里のお父さん、会社やってるの?」


「うん。小さい会社だけど、ああゆう看板作ったり情報誌作ったり、人脈を遺憾なく発揮した自由な商売してるよ」


 箱作家とは俺の祖父と充里の祖父からの付き合いで、親父同士も幼なじみの親友だ。俺の親父も充里父の作る情報誌から人気が爆発、カリスマレジェンドホストにまでなったらしい。


「へえー。充里がその会社継いだりするのかなあ」


「かもねー、自由人の天職と言って良さそうだからな。それこそ出張とか言って旅行行ったりさ」


「なんだか楽しそうでいいわね。うちのパパなんか普通の会社員だから毎朝7時に家を出て毎晩8時半に帰って来るわ」


「うわー、真面目そう……」


 良かった、やっぱり会わなくて正解だわ。あ、もしかしてこの流れ、俺の親父の仕事も聞かれっかな。カリスマレジェンドホストっす! みたいな。言えるか!


「ねえ、入谷のおと――」


「見て比嘉! さすが山手町が近付いてくるとビルの高さがすげー高い! いやー、やっぱり都会だなあ、山手町! 明日帰りに寄って帰る?」


「え? あ、うん、時間があったら寄ろっか」


「すげーでけー! あのショッピングセンターなんて名前だっけ?」


「なんだっけ? ……パラダイスに似てたのよね。バラライス?」


「バラライス? そんな不味そうな飯みてーな名前だっけ?」


 ふう、なんとか話をそらすことに成功したようだ。単純で助かる。


 機会があれば親父のことも言おうと思ってたのに、今はまだ……いざとなると、やっぱり言えねえなあ……。


「あ、次だよ、入谷。麻生あそう海河原うみがわら駅」


「え? もう?」


 比嘉と一緒なら1時間くらいあっという間なのか、ヒヤヒヤしたせいか、早かったなあ。


 麻生海河原駅に降り立つ。この辺りは水族館以外に観光するような所はない。今日これから水族館を比嘉の気が済むまで満喫して、近くのホテルに泊まり明日は電車の1日乗り放題券を買って適当に下車しながら遊ぶ予定だ。


 今日は天気がいい。晴れ渡る青空の下、比嘉の顔を見たら、今度は顔が赤いような……。


 ……え。ちょっと待て、お前。


 比嘉のおでこを触る。熱い。比嘉のおでこに俺のおでこを付ける。さっきより熱い。


「お前、熱あるよ、これ!」


「え? 元気だけど」


 表情はたしかに元気だけど、明らかにデコあちーわ。


 駅から程近い予約してたホテルに行って、


「熱っぽいんすけど」


 と言ってみたら体温計を貸してくれた。


「37.8度もあるじゃん!」


「え? 元気だけど」


 ……どうしよう……。


「比嘉、保険証持ってる?」


「持ってない」


「だよな」


 ホテルキャンセルして今から帰れば、病院の午前診に間に合うか? いや、確実なのは今すぐ比嘉の親に連絡入れてこっちに来てもらいつつ今からこの近くの病院に行くことだ。


 ……でも、そうしたら一緒に旅行に行ったのが曽羽じゃなく俺だと比嘉の親にバレてしまう。


 ……どうしよう……。俺……1人じゃどうすればいいのか何も分からない……。


「比嘉……」


「そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫だよ」


「病院……」


「いいよ、大げさだよ。ただの寝不足だよ」


「……本当に?」


 うん、と比嘉が大きくうなずいた。それなら、親呼ばなくてもいいのかな……。


 フロントの人に向き直り、


「すいません、時間早いとは思うんすけど、この子熱あって。寝かせてもらえませんか?」


 と訴えたら、


「すぐにご案内できるお部屋を探しますね」


 とパソコンを覗いてくれる。ありがとう、すんません。


 で、通されたのはデカいベッドが2つある広い部屋だった。明らかに、予約した部屋よりグレードアップしている!


「差額は結構ですから、こちらでお休み下さい」


 と、にこやかに案内してくれた人が言う。


「あ、いや、それは悪いっす」


 これいくら? 差額いくら? 悪いっすけど、払えっかな?


 結構ですから、いやでも、とやってる間にまた違う人が氷枕を持って来てくれた。お大事にしてください、と深々と礼をしてくれる。


「……ありがとうございます! すんません」


 もう、こちらも頭を下げてありがたく受け取るしかない。


 大きなベッドの1つに比嘉を寝かせて、その頭の下に受け取った氷枕を敷く。


 ……本当にこれでいいんだろうか。このまま熱が上がったらどうしよう。今は熱以外は元気そうだけど……明日は日曜日だ。もしも具合が悪くなって病院に連れてくとなったら救急になる。

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