第63話 完璧主義者からの相談

 土曜日の昼下がり、待ち合わせに指定されたのは大きな公園だった。天気が良く、よく晴れている。休憩コーナーにたくさんあるベンチに座って、青空を眺めながら思う。


 帰ろかな。


 俺、ちゃんと謝ったし、比嘉の両親に認めてもらえなかったイライラをぶつけられる筋合いはない。それは俺のせいじゃない。


 まあ、遥さんのせいでもないけどな。人が受け入れられる事象は皆均一な訳ではないのじゃ。俺は遥さんが女だろうが男だろうが女同士で結婚しようが特に何とも思わねえけど、比嘉父には受け入れられないことなのじゃ。しょうがねえよ。


「入谷!」


 と後ろから声を掛けられて超びっくりした。


「うわ! あ、どうも、こんにちっす」


 何なんだ、こんにちっすって。比嘉の隣に立つ遥さんに軽く頭を下げながらあいさつをしたつもりなんだが。比嘉の身内だと思うとやっぱり緊張する。しかも俺のことを良く思ってない身内だから余計に。


「じゃあ、私その辺フラフラしてるから」


「うん、せっかくの休みに悪いね、叶」


「ううん、私散歩好きだし。じゃあね」


 と比嘉は笑顔で手を振って去って行ってしまった。マジか! 比嘉に見せられないってことか……最悪、殴られるんじゃねーのか、俺。これは早めに再び謝って許してもらおう。


「君、入谷って言うんだ」


 遥さんはやっぱり機嫌悪そうだな……。いつキック&パンチが飛んできても避けられるように警戒しとこ。自分は秒で蹴り飛ばしたけど、俺痛いの嫌だ。


「あ、言ってなかったっけ。入谷 統基っす。よろしくお願いしまーす」


 体がこわばってるもんだから思いっきり勢い良く頭を下げてしまって、その反動なのか足が勝手に大きく一歩前に進んでしまった。そのまま頭を上げたら、遥さんの顔が至近距離にあった。


「あー、やっぱり比嘉に似てますね。美人さんだわ。俺の好きな顔」


 と緊張の余り心の声が心のフィルターを通ることなく口から出てしまった。


「え?!」


 驚いた遥さんの顔が、一拍遅れて赤くなった。あ、すぐ照れる所も似てるんだ。へー、かわいい。


「今日はひとりなんですか? 瑠理香さんは?」


「あ、ホテルで待ってもらってる」


「へー、瑠理香さん抜きで俺と話したかったの? どんな話?」


「え、いや別に君と話したかったって言っても―――」


「話したかったんじゃないの? 会うだけで良かったの?」


「いや、話したかったんだけど」


 比嘉に似てると思ったら、ただのかわいい女にしか見えなくなってきたわ。緊張がだいぶ緩んで、調子に乗ってくる。


「話したかったんじゃんー。素直になれよ、遥ー」


「いや、あの……なんかやりにくいな」


 遥さんは俺とは反対に調子が悪そうだ。


「蹴ったことは謝ったでしょ。もう許してよ」


「そんな話をしに来たんじゃない」


「え、違うの? じゃあ、何の話?」


 遥さんがベンチに座ったから、俺もその隣に座った。なんだ、仕返しするために呼び出された訳じゃないのかな。


「変わった子だなと思って……人見知りの激しい瑠理香が君に励まされてたのを思い出して、僕も励ましてほしくなったと言うか」


「俺、瑠理香さんを励ましたっけ?」


「瑠理香は本当に名前負けしてるってずっと悩んでいたんだ。だけど、君の励ましを受けて兄夫婦に堂々と名乗っているのを見て、君の言葉は瑠理香に届いたんだなあって……僕がいくら負けてなんてないって言っても効果なかったのに」


「え、だから俺、励ましたっけ?」


「え?」


「え?」


 まあ、堂々と名乗って来いよ、とは言ったな。何これ。なんで僕の言葉は届かないのに君の言葉は届いたんだ、みたいな話かね。話ってか、相談かよ。


 てか、んなことも分かんねーのか。比嘉家の皆さんは人を疑うという感情が欠如してんのかね。


 遥さんも相手に全幅の信頼を寄せられるあっち側の人なんだろうな。こっち側の見解を示してやろうじゃないか。


「俺が瑠理香さんと何の関係もない小僧だからじゃないっすかー。逆に言えば遥さんが瑠理香さんを思ってることは届いてるんだよ。そっちのが大事だろ。はい、解決」


「勝手に終わらせないでくれ。どういうことなんだい、小僧?」


 さっき俺名乗ったよな。狂犬だの小僧だの、コイツこそ俺の名前覚える気ねえだろ。


「遥さんが励ますのは当然だろ。瑠理香さんのことが好きなんだから。でも俺はただ居合わせただけの小僧だから、瑠理香さんを励ます理由なんてない。ていうか励ましたつもりもない。無関係の小僧の言うことだから届いたんだよ。遥さんの言葉は私を好きだから励ましてくれてるってフィルターかかっちゃうんだよ。遥さんも言わないだけで本当は名前負けしてるって思ってるんじゃないかって疑いが残っちゃうんだよ」


 見目麗しい比嘉家の皆さんには分かんねーかもしんないけど、見た目のコンプレックスを克服するって簡単なことじゃないんだぞ。いくら遥さんに劇美だよって言われたって、あの顔でそうか私劇美なんだ! って思う訳ねえ。てか、劇美ってなんだ、マジで。


「そんな……僕は本当に、瑠理香が名前負けしてるなんて思ってないのに、信じてもらえないってことなのか」


 ちなみに俺はこの人名前負けしてんなって思ってたぞ。


「どうでもいいじゃん、そんなこと。本当は私のこと好きじゃないんでしょって思われるのと、本当は私のこと名前負けしてるって思ってるんでしょって思われるのとどっちがいいよ」


「そりゃあ、名前負け程度のことの方がまだいい。でも僕は僕が瑠理香の名前だって好きだと伝えたい。僕は瑠理香の全てが好きなんだって。小さな疑いも残したくないんだよ」


「めんどくせーな、完璧主義者か」


 そうか、だから比嘉父にも全てを伝えたかったのか。結果がこれだよ。比嘉父の心に大きな心配事を植え付けただけだよ。何でも正直に全てを告げりゃあいいってもんじゃないんだな。

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