第64話 綺麗なお兄さん、比嘉遥

 青空の下、綺麗なお兄さんとベンチに並んでぐったりしてきた。長い。話が終わんねーぞ、これ。俺に完璧主義者を納得させられる話術なんかねえ。


 比嘉が割って入って来てくれねーかな、と見回すと、散歩中の犬と遊んでいる。ありゃあ、しばらくこっち来そうにねえな。


 よし、話を変えよう。


「俺からも聞きたいことがあるんだけど」


「何だい?」


「遥だから男でも違和感ねえけどさ、もし春子だったら男っぽい名前に変えてたの?」


「は?」


「いや、ずっと瑠理香さんの名前の話してるけどさ、俺的には春子だったらどうしてたんだろうって方が気になるの」


「いや、名前なんて簡単に変えられないから、春子のまま通称を春斗か何かにしたんじゃないだろうか」


「通称?」


「戸籍上は春子だけど、普段の生活では春斗を使うってことだよ」


「へえ、そんなんできるんだ。ねえ、やっぱりさあ、男に見えたいからこんなカッコしてんの?」


 遥さんの服を指差しながら言うと、綺麗な顔が驚きで溢れた。


「君、デリカシーってものがないんだね」


「なんで? 俺別に失礼なこと聞いてないでしょ。俺は寒いのが嫌だから持ってるコートで一番温いの着て来たんだけどさ」


「え……男に見せるために服を選ぶのと寒さをしのぐために服を選ぶのが君には同じなの?」


「同じだろーよ。服選んでんだから」


 完璧主義者は何言い出すか分かんねえな。俺いいかげん主義者だから。


「まあ、やっぱり男に見られたいよね。瑠理香もその方がいいだろうし」


「たまにいるけどな、女同士で手つないだり腕組んだりして歩いてる奴ら。女子ってそんなもんなんだろーと思ってたけど、中には遥さん達みたいに付き合ってるカップルもいるのかもなー」


「そんなもんだと思ってたの? 珍しくない?」


「いや、結構いるよ。いちいち気にならないくらい」


「気にならないんだ」


「なんねーな。俺比嘉のこと以外はどーでもいい」


 あー、マジで天気いい。比嘉と遊びたい。早く遥さんから解放されねえかな、と天を仰ぐ俺を当の遥さんがじーっと見ていた。


「君は、叶には釣り合わない狂犬だけど叶に似てる所があるね」


「え? 俺が?! えー、マジで! どこどこ?!」


「僕は叶に自分が実は男だと話したことはないのに、いつの間にか叶は僕を遥ねえねと呼びながら男だと認識していた。そのことに叶は疑問を持つことなく僕を受け入れてくれていた。君、僕が叔母だと分かってもなるほどねーで済ませただろう。更にはややこしいと文句まで言った。君も、男でも女でもなく単に比嘉 遥として受け入れそうに思える」


「うん、受け入れてるよ。綺麗なお兄さんだと思ってる」


「は?」


「そして比嘉は超綺麗な聖女さ。もー超かわいいんだけど、お宅の姪っ子さん」


「え、ああ、昔っから叶は飛び抜けてかわいかった。もう周りの他の子供なんて霞んで見えなくなる程に」


「いいなお前それずるーい! 俺も幼少期の比嘉見たいわー。今度こっち来る時には比嘉の写真を土産に持って来てよ。比嘉に見せてって言っても恥ずかしがりそうだしさー」


「それがいいんじゃないか。自分がかわいいことは十分分かっているはずなのに照れる純朴な心が!」


「いいよな! 俺比嘉の照れた顔超―――好き。でもお宅の彼女も笑うとすげーかわいいよな。俺笑うと目がなくなる子って好きなんだよね」


「だろ! まあ元からあんまり目ないんだけどさ、笑った時の目が最高なんだよ!」


 マジで男同士でしゃべってる気分になってきた。なんだー、結構俺ら気ぃ合うんじゃん!


 盛り上がってしゃべってたら、やっと比嘉がやって来た。


「あ、そろそろホテル戻らないとな。つい話し込んじゃったね」


「もうこんな時間かー。完全に夕方だな」


「すっかり暗くなるのが早くなったものね」


 遥さんが立ち上がった。あー、もっと話したかったなあ。仕方ない、俺も立ち上がる。


「叶、僕ホテルに寄って瑠理香ともう一度叶の家に行くよ。もう一度兄さんと話したい」


「うん……」


 比嘉は遥さん達が家を出てから比嘉父が二人の結婚に反対していたのを聞いている。勝算はかなり低いだけに下手にチャレンジさせたら遥さんが余計に傷付くだけかもしれない。そりゃー渋い顔にもなるわな。


「まあ、やらない後悔よりやった後悔って言うからね。当たって砕けて来い! 俺は応援してるぞ、遥よ!」


「ありがとよ! 狂犬!」


 俺が差し出した右腕を遥さんがガシッと組んだ。

 やっぱりコイツ、俺の名前覚える気ねえな。


「君みたいな狂犬が叶の彼氏だとはやっぱり認められないけど、番犬にくらいなら認めてやるよ。瞬時に僕を蹴った機動力の高さだけは認めてやる」


「結局犬かよ! お前の許しなんかいらねえって言ってるだろーが!」


 すっかり日が落ちて来た。夕焼けは、なんだかセンチメンタルな雰囲気になるもんだ。こんな奴との別れなんか惜しくないのに。次会えるのはいつになるんだろう。遠いんだもん、沖縄。


「じゃあ、またな」


「おう! 次来る時は絶対に土産忘れんなよ! 約束だぞ!」


「分かったよ」


 と微笑んで歩き出そうとして、あ、と遥さんが振り返った。


「そうだ叶。明日は見送りはいいよ。クリスマスイブだからデートだろ」


「え? ここに来る途中では見送りに来なかったら飛行機に轢かれて死ぬって言ってたのに」


「僕そんなこと言ったかなあ? じゃあ、また家で」


「うん、また後でね」


 夕焼け眩い公園で、比嘉 遥の後ろ姿を見送る。あいつ……完全に明日のクリスマスデート邪魔するつもりだったな。次会った時に思いっきり文句言ってやる!

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