第59話 天音の本音

 待ち合わせ時間ぴったりに着いた。ゴールデンリバーの前にはすでに天音さんがいる。よし!


「はい、入ろう。即入ろう」


 天音さんの背中を押して入り口を通過する。よし、これで人に見られる心配はない。


「どうしたの? 我慢できないの?」


 違う! 何言ってやがんだ、このお姉さんは!


 部屋に入って、


「バレそうなの! 彼女にいつバレてもおかしくないの! 先週会ってたのを何人もに見られててさ」


 と訴えるも、


「バレてフラれたらおねーさんが拾ってあげるー」


 と笑われた。いや、笑い話じゃねーんだよ!

 フラれたらとか縁起でもないこと言うのやめてくれる?! 正夢になりそうでこえーわ!


「てーかさ、俺結構な大声で天音さんをエスコートしてたらしいんだけど! 注意してよ、それじゃバレるよーって!」


「私はバレてもいいもの。困るのは統基だけでしょ」


 ……うー、そうか……。天音さんは共犯なだけで味方ではないのか。そういうことか……。


 くっそー、バレて困るのはたしかに俺だけだわ。天音さんは彼氏いねえんだもん。俺の学校生活がとても気まずく針のムシロになるだけだわ。


 て言うか……俺がフラれたら拾う気なの? 天音さん、彼氏作る気あんのか。


「ねえ、改めて聞いていい? 天音さん、本当に俺のこと好きなの? からかってるだけ?」


 どっちともとれるんだよなー……俺、中身小学生の比嘉が初彼女だから経験値ないし。天音さんの本音が分からない。天音の本音? いや、冗談じゃなくて。


「私の気持ちが知りたいの?」


 ……この女……随分俺のことを理解してきてるらしいなあ。挑発してるつもりか? まどろっこしくてイラッとする。あー、そうだよ、さっさと言えよって、凄みたくなる。


 でも、それがこのドMにはご褒美なんだろうと思うとその手には乗らねーよって思っちゃう。誘われて暴言吐いても何も楽しくねえんだよ。ただ結果、俺もストレスしかねーんだけど。イライラが募るんだけど。


「俺、天音さんのことが知りたいの。天音さん、俺のことどう思ってるの?」


 誘導には乗らずに重ねて尋ねる。いい加減答えろよ。こっちはこれだけ堪えてるんだから。懇切丁寧に答えろ。


「それ、聞いて何か変わるの?」


「え?」


 天音さんがあっけらかんと質問返ししてくる。変わる? どういうこと?


「どうせ私のことを好きにはならないんでしょ。私がどう思ってようが関係ないじゃない」


 あー、まあ、たしかに。天音さんが俺を好きだろうが他にも何人もいるのであろう男達と同じ単なる遊び相手だろうが俺の気持ちは変わらない。俺が好きなのは比嘉 叶ただひとりだ。


「そうだとしても、別に答えてくれても良くね?」


「どうせ、お互い様じゃないからもう会わないとか言う気でしょー。黙秘します!」


「え。いや、別にそんなつもりで聞いたんじゃないけど」


 もう会わない、か……俺、そんなつもり、なかったなあ……ふと俺のこと本当はどう思ってるのかなあって、疑問に思っただけで。


 俺……いつの間にか、比嘉にバレそうになったって言うのに天音さんとの関係を清算する気がなくなってるのかもしれない。バレたらすっげーとんでもなく困るのに。


「じゃあ、場所を変えよう。ゴールデンリバーは危険だ」


 充里が天神森使ってることは知ってたけど、まさのゴールデンリバー被りだったことが判明した。でもたしかに、リバーのせせらぎがすげー心地良くてまた来たくなるんだよな。


「いいよ。ねえねえ、あの顔してよ」


「この顔ですか、お嬢様」


 天音さん好みの睨んだキツい目で笑う。てか、かわいい高校生好き設定は何だったんだ。俺もしかしてはめられたのかってくらい真逆なフェチじゃねーか。まさかマジではめられたんじゃねーだろうな。


「なんで執事モードなのー」


 と、天音さんが笑う。え? あれ、執事モード?


「あ、ほんとだ。なんか執事とセットになっちゃったよ」


 えー、なんでだろ? 俺も意味分かんなくて笑う。天音さん好みの顔と天音さん好みの執事か。天音セットだな。


「あ! 半額チケット!」


 ベッド脇のゴールデンなリバーを、ユラユラと1枚の赤い紙が流れて来る。急いで天音さんが拾い上げた。


「やったー! 次回半額だよ、これで!」


「次回かよ!」


 なんでこんな所にリバーなんか流れてるのか疑問だったけど、半額チケットのサービスなんてものがあるのか! ヒーリング効果だけじゃなく、こんな形で実用されてんのか! 随分大掛かりな仕掛けだな!


「使わないともったいないから次まではここで、その次から変えようよ」


「へー。俺としか来ねーの? ここ」


「そうよ。統基とだけよ。嬉しい?」


「どーーでもいい」


「嘘でも嬉しいって言えないものなの? かわいくないわねー」


 って言いながら、天音さんは嬉しそうに笑ってる。マザゴリといい、冷たくされたいって何なんだよ。俺にはゼロな感情だわ。俺比嘉に冷たくされてた頃心傷付いてたんだけど。メンタル強!


 天音さん、俺としかこうして会ってねえのか……本当かねえ? このお姉さんなかなか信用ならねえからなあ。マジ大人ってコワイ。

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