第60話 遥ねえねと婚約者

 馬鹿みたいに詰め込まれた2学期の学校行事が終わって、後は間もなく始まる冬休みを待つばかりだ。冬休みはいい。なんてったって、お年玉がもらえる!


 今年は親父からだけじゃねえ。兄貴達がうちで年越しするらしいから、兄貴達からももらえる可能性大だ! 来年に予定している比嘉との旅行に使おう!


「どこ行きたいか考えてる? 誕生日の旅行」


「旅行なんていいよ、行きたい所も特にないし……」


「えー、じゃあ俺が勝手に決めちゃおーか? なんだっけ? 闇鍋旅行じゃねーわ。なんかそんなようなの。行先分かんない旅行」


「いやいいよ! 旅行なんてすごくお金かかるんだろうし!」


「金の心配なら多分いらねーよ」


「そんなにバイト代貯めてるの?」


「えーと……うん、まあ、そんな感じ」


 さすがにホスト共からお年玉もらえるだろうからさー、とは言えない。


 比嘉を家まで送り届ける。まだ3時だから物足りない。もっと比嘉を堪能したかった。


「いつまでいるの? 今日来る叔母さんって」


「一週間泊っていくんだって。来週の日曜日に帰るってママが言ってたわ」


「えー、じゃあ来週どうなんの?」


「まだ分からないわよ。来週の何時までいるのか聞いてないもの。私もはるかねえねに会うのすごく久しぶりだし」


 比嘉のお父さんの妹ってのが結婚が決まって沖縄から報告に来るらしい。比嘉父と比嘉叔母は年の差が大きく、比嘉と比嘉叔母の方が年が近いから妹のようにかわいがってもらっていて、叔母さんではなくねえねと呼んでるんだそうだ。


「ふーん。あ、そろそろ行かねえとその叔母さん来ちゃ―――」


「叶!」


 あ、マズい、叔母さん来ちゃったか。と思いきや、比嘉の後ろから若い男が走って来て比嘉の背中側から抱きついた。


「この変質者が! 比嘉から離れんかい!」


 考えるより先に体が動いた。俺瞬発力には自信がある。思いっきりその男の横っ腹を蹴ると、思いのほか吹き飛んで比嘉の家の塀に背中をぶつけて座り込んだ。けっ、俺と同じくらいの身長そうだけど、体は余程軽そうじゃねーか! このもやしが!


 その男が走って来た方向から、小柄で大人しそうな女性が歩いて来てたけど、吹っ飛んだ男を見てキャー! と叫んで駆け寄った。


「遥ねえね!」


 比嘉が慌てて二人に駆け寄る。え? 遥ねえね? え、俺やっちまったか?! 比嘉の叔母、結婚報告に来るんだった。比嘉の叔母さんの婚約者を蹴っ飛ばしてしまった!


「でも、コイツが悪いだろ! 完全に!」


 何婚約者が妹のようにかわいがってる姪っ子にいきなり抱きついてんだ! その結婚は愛のある結婚なのか? 比嘉に近付くために比嘉の叔母を利用しようって魂胆じゃねーだろうなあ!


「私もびっくりしたけど、いきなり蹴ることないでしょ!」


 男のそばにしゃがみ込んでいた比嘉がこちらを振り返る。俺に怒ってるみたいだ。俺はお前を守ろうとしただけなのに!


「いきなりお前に抱きついたんだぞ! 蹴らねえ訳ねーだろ!」


「ありがとう叶、大丈夫だよ」


 と比嘉をまた抱きしめて男が立ち上がる。


「それをやめろってんだよ! また蹴られたいか!」


 男が俺をジロジロと見る。なんだ、品定めか?! こっちも遠慮なくジロジロと見させてもらう。地毛かもしれないくらい濃いブラウンの短髪で、同郷だと顔が似るものなのか比嘉にどことなく似てる整った顔ながら凛々しいイケメンだ。さすがは比嘉の叔母が結婚しようと考えた男だ。見てくれはいい。


 ついでに男の腕にすがりついて不安そうにしている比嘉の叔母を見る。肩あたりまでの黒髪で、太い眉に小さな目。頬骨が目立って比嘉の叔母の割にお世辞にも美人とは言えねえな。比嘉よりもさらに小柄なくらいだ。ただ、小柄なのは比嘉と同じだけど若干小太りでやっぱり比嘉とはまるで違う体型だ。


「いきなり蹴ってくるなんてどんなヤンキーかと思ったら、かわいい男の子じゃないか。叶の友達?」


 かわいい?! 自分を蹴り飛ばした俺を?! サイズの話か? 俺のことチビって言ってんのか、コイツ! 俺と身長大差ないくせに!


「誰が友達だ! お前目ぇ腐ってんのか! ふざけんな、俺はこの世で一番比嘉を愛している比嘉の彼氏だ!」


「やだもう! そんな大声で、恥ずかしい!」


 比嘉がペシッと俺の腕を叩いてくるが力がないから全然痛くない。


「馬鹿のひとつ覚えで照れてる場合じゃねーんだよ!」


 男が俺と比嘉を見比べるようにまたジロジロ見る。ムカつく! コイツ、ムカつく!


「叶にまで馬鹿だなんて、えらく攻撃的な狂犬のような奴だな」


「比嘉を馬鹿だなんて言ってねえ! 馬鹿のひとつ覚えって言葉知らねえのか! 馬鹿なのはお前だ!」


「こんな奴が叶の彼氏だなんて認められないな。叶の彼氏なら、美しく心優しい叶に見合う男でなければ認められない。こんなキャンキャン吠える狂犬では叶には釣り合わない」


 誰がキャンキャン吠えてるってんだ……! これまでの人生でこれほどムカついたことはない。マジでなんっだコイツ!


「お前の許しなんかいらねえ! 赤の他人のくせに俺と比嘉の付き合いに口出すんじゃねえ!」


「赤の他人じゃない。叶の身内だ」


「へー、叶ちゃんの兄だとでも?」


「そう思ってくれて構わない」


「嘘つけ! 比嘉がひとりっ子なのは知ってんだよ! 俺は彼氏だからな! 引っかかりやがってバーカ! 俺がそんなハッタリに騙されるとでも思ったか!」


 俺も分かってるんだよ。比嘉の叔母と結婚したらそりゃこの男も比嘉の身内になる。だがしかし、引く気はない! なんなら、こんな美少女JK狙いの男となんて結婚しない方が比嘉の叔母さんも幸せかもしんないし!


「もー、やめてよ二人とも! 入谷も遥ねえねも落ち着いて!」


 ……え? 遥ねえねはこの男の腕にすがりついてオロオロしてるだけの人だろ? 落ち着くべきなのはこっちの男の方だろ?

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