第44話 話し合いは難航する見通し

 相も変わらず待ち合わせ場所はゴールデンリバー前だ。天音さんはまだいない。


 今日は中には入らない。別れ話って言うか、付き合ってもないから別れる訳じゃねーんだけど、とにかく話をして終わる。


 昨夜はなんだか、比嘉と風呂上がりのラインしてても気分が乗らねえと言うか、やっと付き合い始めたのに全力でラブラブできなかった。


 比嘉は文字だけならまだ照れがマシらしくラブラブモードで、めちゃくちゃかわいくて嬉しい気持ちが膨れ上がると同時に罪悪感とか後ろめたい気持ちまでもが大きくなる。


 こんな比嘉に言えないような関係はスパッと終わらせて、今夜は心置きなくラブラブする!


「お待たせ、統基」


 天音さんが笑顔でやって来た。……ちょっと言いにくい……けど、言う!


「天音さん、俺、今日は話しに来ただけなんだ」


「話? ここで? 結構人通りあるけど。学校の同級生なんかに見られてもいいの?」


「あ!」


 良くねえ! ヤバい、充里と曽羽は天神森の常連だし、他にも天神森使ってる奴はきっといる!


「じゃあ、どっか近くの店で」


「この辺キャバクラとかいかがわしい店しかないよ。男女で入るような所じゃないよ」


「う……じゃあ、天神森から離れよう」


「ここでいいじゃない。わざわざ離れなくても。入ったら手出さずにはいられないの?」


「そんなことねーよ!」


 そっか、別に入ったってやらなきゃいいんだ。金もったいないから、ササッと話が終わったとしても時間いっぱいカラオケ歌ってりゃいいんだ。


 すっかり手慣れてエレベーターを待つ。ふと視線を感じた。天音さんが俺の顔を見ていた。


「統基ってものすごく顔に出やすいのね。分かりやすい。今日の統基の顔もすごく好きよ」


 ドキッとするようなことをサラッと言うんじゃない!


 だが、それくらいで俺の決意は揺るがない。


「すーぐそうやって高校生をからかうんだから、困ったおねーさんだよ、マジで」


 エレベーターが来た。乗り込んで、部屋へと向かう。


「なんか余裕が出てきたのね?」


「そう? まー、俺もじきに16歳だし。ちょっと大人になる的な?」


「誕生日まだだったんだ。それでも16かー、若いわねー」


「え? 天音さん、誕生日来てたの?」


「うん。私もう23よ」


 部屋に入ると、無意識に靴を脱いでベッドに向かう。


「なんで言わなかったのさ。やっすいもんでも良かったら何かプレゼント贈るのに」


「別にいいわよ。話って何?」


 ……なんか、釈然としないな。店ではあんまり話す時間ないけど、ここで毎週会ってたんだから言ってくれたら何も用意してなくてもおめでとうくらい言えるのに。


 いや、そんなことより、ちゃんと話しないとな。


 ベッドのへりに並んで座る。もう、すぐ言おう。変な間が開いて気まずくなるのは嫌だ。


「俺、彼女できたんだ」


「前に言ってた好きな子?」


「そう」


「良かったじゃない。おめでとう!」


「ありがとう」


 天音さんが笑顔でおめでとうって言ってくれて良かった。まあ、俺のことが好きな訳じゃねーからな、あっさりした反応だ。


 だがその後、沈黙が流れる……えーと。もうゴールデンリバーには行けないねーは、俺から言うしかないのか。


 それか、わざわざ言うことでもないとか? じゃあ、もう来れないよねって察してくれても良さそうなものだもんな。


 天音さんは長いレースのスカートの中でひざを曲げたり伸ばしたりしてるみたいで、足の動きでレースが揺れてる。……なんで何も言わねーんだよ……沈黙に耐えきれなくなり、口を開く。


「だから……もう、土曜日には会えないよね」


「彼女とデート?」


「いや、そういうことじゃなくて。だってほら、俺彼女できたんだよ? 浮気とか、ダメじゃん?」


「浮気? 私達付き合ってないんだから、浮気じゃないわよ。私のこともキープしておけばいいじゃない」


「え? キープ?」


「彼女と別れたりケンカしたりした時に寂しい思いをしないで済むように、たまにこうして会って私を繋いでおくの」


 何を言い出すのか、このお姉さんは。あっけらかんとした笑顔でとんでもないこと言ってねーか。大人しそうな顔して意外と女版慶斗だったのか、天音さん。


「繋いでおくって何だよ。俺に二股かけろっての? 嫌だよ、俺、やれる時にやれる女とやればいいじゃん、とか言うようなクズにはなりたくない」


「誰の言葉なの?」


「そこ気にしなくていいから」


「自分だけ彼女できたからって、私のことポイ捨てする気なんだ。統基、ひどい」


 ポイ捨てって……天音さんに対してまで罪悪感が湧くじゃねーか!そんなことを言い出す天音さんの方がひどいわ!


「……ひどいって何だよ。そもそも天音さんだって騙し討ちみたいなもんだったじゃん。俺のこと初めっから狙ってたの?」


「また生意気な言い方するわね」


「うっせえ」


「統基のこと、初めっから狙ってたわよ。かわいい高校生が入ったなって」


「ほー、こんな綺麗なお姉さんに狙われるなんて光栄だよ。でも、終わり。もう俺、天音さんとできない」


 言えた! なんか、話の流れでスムーズに言えた! やっぱり俺は、やると決めたらやる男だ!


「へー、じゃあ店長に統基の誕生日にサプライズやろーよーとか言って統基のお友達をひろしに呼ぼうかな」


「……え?」


「テストの時に来てたお友達。お団子の子もかわいかったけど、黒髪の女の子めちゃくちゃ美人よねえー」


 意味ありげに笑いながら俺の顔を覗き込んでくる……もしかして、比嘉が好きな相手だってバレてたのか?! そういや、さっきも俺すげー顔に出やすいって言われたし……。


「いい度胸してんじゃねーか。俺のこと、脅す気?」


「いい度胸してるのは統基でしょ。彼女できたからってすんなり終われると思ってたの?」


 思ってたよ。え、終わんねーの? え? なんで?

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