第43話 付き合ってないんだって!

 天音さんが笑ってあいさつをする。天音さんのことをすっかり忘れて2度目の告白を決行してた自分にびっくりだわ。


「あ、おはようございます……」


「え? どうかした?」


「あのさ、天音さん……エプロン取ってくる」


「うん」


 階段を駆け上る。忘れてた! 比嘉と付き合うなら、天音さんとのただれた関係を清算しないと……。


 少し寂しさも感じてしまう。


 毎週、ゴールデンリバーでフリータイムの5時間を過ごしてきた。もちろん、好きなのは比嘉1人だけなんだけど、比嘉への気持ちとはまた違うんだけど、少しだけ、天音さんに対してもただのバイト仲間とは違う感情が芽生えている。


 でも、俺の最優先はもちろん、比嘉だ。ちゃんと天音さんと話しないと!


 時間はない。急いでエプロンを着け、階段を降り


「天音さん」


 と声を掛けた。天音さんが俺を見て笑った。


「統基、まだエプロン着けられないの? しょうがないなー」


「え、いや、着けられる時もあるんだけど慌ててたから」


 天音さんが俺の背後に回ってエプロンを着けてくれる。


「……ありがとう」


「おはよう、入谷くん。待ってたんだー……って、まるで新婚さんみたいだね。やっぱり付き合ってるでしょ、君ら」


 店長が厨房から顔を出して、俺らを見て笑う。


「えっ」


「やだもー店長ー。私、働きにくくなっちゃうタイプなんで、そんなこと言わないで下さいよー」


「ああ、そうだったんだ。ごめんごめん」


 だから、匂わすな! 付き合ってないでしょーが!


「違っ―――」


「入谷くん、こっち来て運ぶの手伝ってくれない? 重くて1人で運ぶと腰やりそうでさー」


「う……ハイ」


 クスクスと天音さんが笑っている。おもしろがってるな、この女……。困るんだけど。マジ困るんだけど。またテストの時にひろしで勉強しよーぜーとか、あるかもしれんし!


 比嘉に誤解されたらどうしてくれるんだよ!



 9時45分を過ぎ、まかないを食べながら働く天音さんを眺める。あー、バイト始まるとそんな話できねーし、早く来て天音さんと話すれば良かったなー。


 まあ、いいか。天音さんは俺のことが好きな訳じゃない。俺に彼女ができたって言えば、なんなら向こうからじゃあもうゴールデンリバーには行けないねーってなるかも。同じ女なんだから、彼氏が他の女とゴールデンリバー行くのを嫌がるであろうことは俺より分かるだろ。


 女じゃなくても嫌だけどな。比嘉が他の男とゴールデンリバー行くとか考えられねえ。てか、俺とでも想像つかねえ。チューだけであれだもんな。


 天音さんとの関係を清算したら、俺どうすりゃいいんだろ。いや、そんなことは今はどうでもいい。まずは、天音さんとの関係のリセットだ。その後のことはまた後から考えればいいや。


 ん? 何か視線を感じる。厨房から店長が俺を微笑ましそうに見ている。


「熱心に橋本さんのこと見てたねえ。頭の中も橋本さんのことでいっぱいって顔だったよ、入谷くん」


「ぶはっ。違、違います!」


 いっぱいだったけど! たしかに天音さんのことで頭いっぱいだったけど!


「今どき珍しいシャイなカップルだねえ、いいなあ。あ、こういう話してたら橋本さんに怒られちゃうね。やめとこやめとこ」


「待っ……ゲホッ、ガッ」


 いや、待って! そこでやめないで!


 吹き出した米が変な所に入ってむせた。店長が厨房の奥に行ってしまう。まずいぞ、これ。俺と天音さんが付き合っているという既成事実ができつつあるんじゃねーの?


「おはようございまーす」


 と、時東さんがエプロンを着けて下りてきた。


「あ、おはようございます」


 ふう、水飲んで落ち着いたぜ。時東さん来たし、もう10時だし早く食って帰ろ。


「おはようございます、時東さん」


「おはようございます。あ、橋本さん、頭になんか付いてるよ」


「え? どこ?」


「じっとして。ほら、何これ? 羽?」


「あー、今日着て来た服の飾りだ、これ。ありがとう」


「橋本さん、1番さんの唐揚げできたよー」


「はーい」


 天音さんがカウンターをグルッとまわって唐揚げを取りに行くのが視界に入りつつ、丼を持ち上げて口へとかき込む。


「時東くん、彼氏の前で橋本さんに触っちゃダメだよー。ねえ、入谷くん」


「ぶはっ」


 せっかく落ち着いたのに! 店長が変なこと言うからまた変な所に入ったじゃねーか!


「え? あ、入谷くん? なるほどねー、歓迎会の時から橋本さんこれ絶対入谷くんのこと狙ってるよなーとは思ってたんだよ」


 え? 俺、歓迎会の最中から狙われてたの?


「ごめんごめん、俺2人が付き合ってるって知らなかったからー。あ、これ渡しとくね」


「ゲホッ、違っ、ゴッ」


 付き合ってねーんだってば! 何これ? あ、羽だわ。って、いらん! どうしろってんだ、羽渡されて!


 あー、店忙しくなっちゃって訂正できないままバイトを上がってしまった。まずい! 完全に既成事実が築き上げられてる!


 交流ノートに俺と天音さんは付き合ってません! とか書いとこうかな。あーでも、シャイな高校生が照れてる〜で終わりそう……


「は?!」


 誰がいつ書いたんだ! ノートに相合傘が書かれ、入谷、橋本と書かれている。裏に何書いてあるのかも確認せずにそのページを破り捨てる。くだらねーことしやがる! 小学生の冷やかしか!


 まずい! これもう一刻の猶予もないぞ! 幸い明日は土曜日だ。早めに天音さんと話つけねーと!

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