第31話 ボーリング大会で奇跡を起こせ

 金曜日、5日間にも及ぶテストがついに終了した。俺、人生最大に勉強した。超頑張った。


「統基! みんなでボーリング行こーぜ! テスト終わったし、打ち上げ!」


「行くー! お疲れ!」


 よし、遊ぼう! 思いっきり遊ぼう!


 15人くらいの大人数だ。駅前の総合アミューズメント施設に行く。


「比嘉! ボーリングはできるの?」


「この私にできないことなんて、ないわよね」


 めちゃくちゃあるじゃねーか。どの口が言う。テストが終わって気が大きくなってるな、この女。


 俺は比嘉、充里、曽羽と、環生たまき玲奈れなカップルと同じレーンになった。


 充里と曽羽カップルは2人ともデカいけど、環生と玲奈は2人とも小柄で童顔でかわいい。これで俺も比嘉と付き合えば、トリプルカップルなんだけどなー。


 案の定、比嘉はボーリングもド下手だ。まず、ボールを持ち上げる力がないから穴に指が入るギリギリで軽いボールを選んでるせいで、うまいこと指が抜けずにまっすぐガーターへと転がる。


「ボール転がして何がおもしろいのかしら」


 すっかり開き直ってしまった。意外にも曽羽がボーリングも上手い。毎日全科目の教材の入ったカバンを持ち歩いてるだけあって、俺と同じ重さのボールを軽々投げる。


「曽羽ちゃん、ストライクー! すげー、俺も気合い入れよー」


 充里も上手い。充里はああ見えて割と何でもできる奴だ。マラソン大会でも男子の優勝は充里だった。女子は曽羽だ。


 環生と玲奈もチマチマ投げてる。2人ともそこそこ上手いって腕前だ。


 そして俺は、


「だー!」


 と投げる威勢はいいけど、倒れたのは8本止まりだ。


「何だっけ、これ? ストラップ? スクラップ?」


「ストリップだろ、統基!」


「ちげーよ、充里! スプリットだよ!」


 結局正解は何なの? スプリットなの? えー、何これ。こんなん倒れる訳ねーじゃん。どうせ倒れねーんなら……。


 返ってきたボールを、つまらなそうに座る比嘉の足に乗せた。


「何よ」


「お前、これ投げてみてよ。お前なら奇跡を起こせるかも!」


「奇跡? たしかに私なら起こせるだろうけど、私こんなに重いの持てないわよ」


 ボールも持てねーのにその自信とは、恐れ入ったわ。


「俺も一緒に持ってやるからさ」


 と、半ば強引に比嘉にボールを持たせて立ち上がらせる。


「頑張れー叶ー」


 フワフワと呑気な声で曽羽が応援してくれる。


「仕方ないわね」


 と比嘉も投げる気になったみたいだ。


「せーの、で俺手ぇ離すからな。気を付けろよ」


「うん、分かった」


 2人で持つボールを軽く振りかぶる。


「せーの!」


 2人同時に手を離す。この古いボーリング場にはレーンの真ん中に溝みたいなのがまっすぐピンの立つ辺りまでできてしまっている。勢いこそないものの、うまいこと真ん中の溝にハマったみたいだ。むしろ、勢いがないから溝に沿って転がってくのかもしれない。


 あー、これが1投目だったらストライクだったかもなー。見事にど真ん中をボールが転がる。


 まっすぐに転がって行ったボールが、弾かれるように1本のピンを倒した。更に勢いのなくなったボールが方向を変えてゆっくり転がり、残るもう1本も倒す。


「倒れた! すごい!」


 珍しく比嘉のテンションが爆上がりだ。めっちゃ笑顔でピョンピョン飛び跳ねながら、ハイタッチしてくる。


 何コイツ! 超かわいい!


「すげーじゃん! マジで奇跡起こしたな!」


「私にできないことなど、ない!」


 いっぱいあるけどな。でも、こういう所で決めちゃうのはすげー!


 みんなも立ち上がって比嘉とハイタッチをする。


「すげー! 比嘉さん!」


 ほとんどしゃべったことなさそうな環生にも比嘉がニコニコとハイタッチしている。


「次、比嘉だよ」


「投げ方教えてよ! なんか右に行っちゃうの」


 お、やる気出たらしいな。さっきまであんなにつまんねーって顔してたのに。全く単純な子猫ちゃんだ。


「もうちょい穴が大きいボールの方がいいんじゃない? 比嘉さん、これ持てる?」


「んー、両手なら、なんとか」


「じゃあ、投げる時に俺手ぇ添えてやろうか?」


 俺さっき、真ん中の溝にハマった時になんかコツが見えた気がする。あの溝にハメてやれれば比嘉も楽しめるんじゃねーかな。


「うん、お願い」


 おー、素直じゃん。かわいい。


「さっきみたいに、せーの、で俺手ぇ離すからな」


「うん!」


「せーの!」


 お、うまくいった。いい感じに溝に沿ってボールが転がって行く。


「おー! ストライクー!」


「叶、上達がすごいー」


「やったあ!」


 と、比嘉がまたピョンピョン跳ねてる。あー、かわいい!


 いつも自信満々で堂々とした雰囲気をまとう比嘉が、ハイテンションでキャッキャしてるのは貴重だ。あー、ムービー撮りたい。心のムービーに焼き付けとこ。


 たまに溝にハメるのに失敗してガーターになると


「ああー……」


 と、心底残念そうな顔をした。こんなに比嘉の表情がコロッコロ変わるのも珍しい。


「次がある、次全部倒せばスペアだから頑張れ!」


「うん! 頑張る! スピア!」


「スペアな」


 スペアも知らんとボーリングやってたのか、この女は。




「悔しー! あと1本足りなかったー!」


「ははは! この俺に勝とうなんざ、10年早え!」


 溝作戦が思いの外、比嘉の好成績を出してしまった。危うく、俺比嘉に負ける所だったわ。相手が比嘉でも、こんな本当はド下手な奴に負けるなんて嫌だ!


「またやりたい! ボーリング!」


 みんなでボーリング場を出る。俺、そろそろバイトに行かないと。


「また来よーぜ! 比嘉!」


「次は勝つ!」


「1人で投げるの? 次は」


「えー、手伝ってよ」


 すねたように俺を見上げる。かわいい! 何なんだ今日は! 比嘉のかわいいのフルコースか!


「じゃあ俺、バイトだから」


「あー、バイト……」


「ん? どうかした?」


「あー……私もバイトしようかなあ」


「え?!」


 バイト?! 毎日毎日ただただストーカー対象を見てるだけであんなに幸せそうな顔をしてた比嘉が、バイト?! ストーカーする時間、減るぞ?! バイトなんかしたら! そのことに気付いてねえのかな?


「いいじゃん! バイト代でボーリング来れるし! 探せばきっと学校の周りにもあるよ、高校生でもバイトできる所!」


 いい傾向だ。このまま、ストーカーすることも対象のことも忘れてしまえ!


「入谷がバイトしてる店は?」


「え?」


「もう、バイト募集してないの?」


「バイト募集のポスターなくなってるから、多分してないと思う……けど」


 え? 何? 俺と同じとこでバイトしたいってこと?!


「一応、店長に聞いてみるよ!」


「うん、お願い」


 と、比嘉が笑った。あー、かわいい!


 ひろしで比嘉とバイトかあ……エプロン着けるだけでも比嘉なら十分かわいいんだろうけど、完全に天音さんと勤務時間が被る。危険過ぎるんじゃないだろーか。

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