第30話 友達多いヤツがいると意外な繋がりがある

 テスト2日目が終わった。今日の難関は世界史だろうな。


「比嘉! 書けたか?」


「書いたわよ、くさび形文字」


「よし! よくやった!」


 ふふん、と自信満々に比嘉が笑った。ほお、余裕の笑顔だがくさび形文字だけじゃ多くて3点だぞ。


「統基! 俺いい勉強場所確保したぜ! 一緒に行こうや」


 充里が笑顔でやって来る。


「勉強場所?」


「昨日、比嘉に勉強教えてたんだろ? 頑張る統基を応援キャンペーンだよ。曽羽ちゃん前のテストで学年1位だったんだぜ」


「え! マジで?! 階段のてっぺんから転がり落ちても無傷で転がった方が早いねーってわざわざ転がって降りようとするような奴が?!」


「さすがに危ないから全力で止めるよね」


 曽羽、比嘉と充里について行く。……え、ものすごく覚えのある道なんだけど。


「ここだよ。おじゃましまーす」


 充里が引き戸を開けた。


「ちょ……ちょ待っ!」


「いらっしゃい、充里くん。あれ? 入谷くんと友達だったの?」


 ひろしの店長だ。なんで店長と充里が知り合いなんだよ?!


「俺の親父と田中さんが飲み友達なんだよ。親父が俺が勉強しないって愚痴ったら、田中さんが平日なら店暇だしここで勉強したらいいって言ってくれて。飯も出してくれるって言うからさ、そりゃいいやと思って」


 店長、優しすぎ!


 あー、そうかー。充里の親父、超友達多いもんな。地元だけじゃなくて、聖天坂にまで友達いるのかよー。


 座敷に3つ並ぶ長テーブルの端の奥に、充里と曽羽、俺と比嘉がそれぞれ並んで向かい合わせに座る。


 明日は古文がある。よし、ビシバシティーチャーすっぞ!


「動詞の活用、覚えたか? 比嘉」


「多分、多分覚えた」


「多分を2回言う時点で覚えてねーな、お前」


「こんなに覚えられないわよ」


「だから、諦めるのが早いんだよ、お前は! まだ時間はある! 覚えるぞ」


「えー」


 えー、じゃねえよ、全く!


「だいたい、かきくけことさしすせそとなにぬねのだよ、叶」


 曽羽は頭はいいみたいだけど教えるのは壊滅的に下手だ。何言ってんのか分かんねえ。


「あ、これさ、君にいい日って覚えたらいいってー」


 充里の方がまだ役に立つ。


「何がいいのよ。意味分かんなくて覚えられないわよ」


「6文字くらい、意味分かんなくても覚えろよ!」


「テスト、大変そうだね」


 と、店長が昼飯を運んで来てくれる。


「うまそー。サンキュー、田中さん!」


「ありがとうございます、店長」


 しばし、飯休憩だな。


「まさか統基のバイト先が田中さんの店だとは思わなかったよ」


「俺も超びっくりしたよ」


 あ! まずいぞ。このままじゃ、比嘉と天音さんが顔を合わせる可能性がある!


「なあ、ここで勉強するのって店がオープンするまでだよな? オープンしたら迷惑になるもんな」


「いやー、平日に満席になることなんてないから、10時までならいていいって言ってたよ」


「いや、ダメだろ! 飲みに来て高校生が勉強してたら、客が嫌がる!」


「そうか?」


 充里は全く気にしていない様子だ。まずいぞ。この自由人、帰る気なんてねえ。さっきから勉強そっちのけで曽羽とイチャイチャしてやがる。充里にとっては、新たなイチャイチャ場所を確保しただけだ。


「比嘉、お前だけでも帰ったらどうだ? 充里と曽羽はこの通りイチャついてるし、俺もバイトしなきゃなんないから。家で勉強する方が落ち着いてはかどるんじゃね?」


「そうね、私3時くらいになったら帰るわ」


 ……3時? 普段授業が終わる頃だ。店がオープンするのは6時なんだが。


「叶に1人で勉強なんて無理だよー」


「勉強はもう十分したから大丈夫よ」


 いや、全然大丈夫じゃねーだろ。古文しかしてねえし、絶対出る活用表すら覚えてない。


 て言うか、コイツ、ストーキングしに行く気だ!


「いや、やっぱりダメだ! ここで勉強しろ! 曽羽の言う通りだ、お前に1人で勉強なんて無理だ!」


 せっかく昨日はストーカーしなかったんだ。対象の姿が見たくてうずうずしてんのかもしれないが、このままできる限り無ストーカー記録を伸ばしたい。


「なんで入谷の言うことなんか聞かなきゃならないのよ。私帰るわよ」


「帰さない。俺の目の届くとこにいろ。俺がバイト終わってから比嘉の家まで送るから」


「ヒューヒュー」


「ヒューヒューじゃないわよ!」


「統基って意外とそくばっきーなんだな」


 束縛ともまた違うのだが。単にストーカーをやめさせたいだけだ。


「俺の愛で比嘉をがんじがらめにしてやるよ」


「ヒューヒュー」


「ヒューヒューじゃないでしょ! 意味分かんないこと言ってるでしょ、これ!」


 そこは同意だな。俺も意味分かんない。けど、比嘉を帰さない空気は作れた!


「明日は3教科もあるんだぜ。どんどんやらねーと!」


「3教科?」


「古文、化学、保体」


「保体? 保体のテストなんてあるの?」


「あるよ!」


「私、保体なんて1ミリも勉強してない」


「マジで?!」


 やっぱりストーカーなんてしてる場合じゃねえじゃねーか! コイツ本当に手のかかる子猫ちゃんだ。


「え、でも俺も保体持って来てねーわ」


「私、持って来てるよ、全部」


「全部?!」


「毎日カバンの中身入れ替えたら忘れ物しちゃうから、全科目入れてるの」


 と、曽羽が保体のプリントファイルと教科書をカバンから出した。


「毎日全科目って超カバン重くない?」


「平気だよー」


 すげーな、曽羽。もっといい忘れ物対策は絶対あると思うけど。


 俺的には保体はまだいいが、苦手な古文と化学が同じ日だってのがキツい。


 俺もちょっと頑張って勉強していたら、引き戸が開いて天音さんが入って来た。


「おはよう、統基。何してるの?」


 俺達を見て、天音さんが目を丸くしている。あ、もうそんな時間か!


「おはよう、天音さん。俺ら今テスト中で。コイツの親父と店長が友達らしくて、勉強場所を提供してもらったんだよ」


「テスト?」


「あ、橋本さん、おはよう。どうせ店暇だろうし、あそこだけテーブル貸してあげてね」


 厨房から店長が出て来た。


「おはようございます。分かりました。統基、勉強してていいよ。忙しくなったら呼ぶから。いいですか? 店長」


「いいよ。バイト代は実働分しか出せないけどね」


「あ、すいません、ありがとうございます!」


 お、ラッキー。勉強時間が確保できた。


 天音さんが階段を上って行く。ふと気付くと、充里と曽羽と比嘉が俺をじっと見ていた。え? 何?


「統基、バイト始めて間もないのにあのお姉さんとすげー仲良くなってんだな」


「えっ」


「私もびっくりしちゃったー。まるで一線を越えたかのように親密な空気感だね」


「やめて、曽羽! そんなことないから! 付き合ってねーから!」


「付き合ってるなんて、誰も言ってないじゃない」


 比嘉が慌てふためく俺を冷めた目で見てる。ヤバい! 落ち着け、落ち着け!


「誰も言ってないよ。俺も言ってねーよ。さ、勉強勉強!」


「え? 入谷は言ったよね?」


「さ、勉強勉強!」


 強引に終わらせた。ちょっと無理があったか。まずいな、比嘉に天音さんとの変な空気感を見られてしまうとは……。

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