第28話 0か1かの差は大きい

 テストが始まる。だが俺は今日も明日もあさっても平日はバイトを入れてしまっている。


 あー、今週は無理かな……比嘉に勉強してもらわねーとだしな。早く試したい。孝寿のヒントを元に、俺なりに作戦を立て、シュミレーションを重ねた。


 比嘉に教えるために自分でも信じられないほど勉強したから、テストは超余裕だ。

 俺、勉強してればこんなド底辺高じゃないとこでも行けたのかもしれないって気になってくる。


「比嘉! どうだった?」


 テスト1日目が終わり、比嘉の席に駆け寄る。


「バッチリ! 多分欠点は取ってない!」


 え? あれだけ勉強して、欠点ギリな程度なの?! 俺100点すらあり得るのに?! コイツ……本物だ! 孝寿の言った通りだ……コイツ、本気で頭悪い!


「比嘉、俺にお前の勉強見させてくれ。俺、お前と2年生になりたいんだよ。明日は数学あるし。俺バイトまで時間あるから」


 習慣となってるストーカー行為をしてる場合じゃねえ。バイトまで俺が見張る! 人の後を追ってねえで勉強をしろ、お前は。


 習慣が崩れれば、ストーカーしなくなって対象のこと忘れるかもしれないし。


「あれだけ勉強したんだから大丈夫よ」


 だから、どこから来るんだよ、その自信は!


「いや、怖い。人間って自分のことでも案外分からないものなんだ。人間って、自分が寝不足なことにすら気付かない時があるんだぜ?」


「え、寝不足? 私昨夜10時間は寝てるから大丈夫よ」


「睡眠時間は大丈夫そうだな」


 問題は勉強時間なんだよ。何テスト前日にぐっすり10時間もねんねしてんだ。その頭で。


「でも私、家に帰らないと。お母さんがお昼ごはん用意してくれてるから」


「じゃあ、飯食いに帰っていいよ。俺家の前で待ってるから」


「わざわざ待つの? それならうち来る?」


 うち来る?!


 俺、比嘉のこと好きだって言ってんのに、自ら俺を家に招くの?!


「あ、そっか、親いるんだもんな。飯用意して」


「いないよ。仕事だもの。ごはんはチンして食べるの」


 親いないのに、俺を家に招くの?!


「……家……行っていいの?」


「へ? なんでそんな恐る恐るなのよ。別にいいわよ」


 この馬鹿……危機管理能力もぶっ壊れてる! 俺が襲いかかるかもしれない、とか一切考えてない!


 こんな見た目しててこの危機管理能力じゃあ、事件が起こるわ! いや、俺が止める! 俺が男の怖さを教えてやる! ちゃんと警戒できる女になるように!


「よし、行こう。比嘉んち。……あ、もしかして、充里と曽羽も一緒に、とか思ってる?」


「え? 充里と愛良ならもう帰っていないよ」


 教室を見回す。いねえ! たしかに、いねえ!


 コイツ……マジで、俺と2人きりで家という密閉空間に存在するつもりか?!


 比嘉の家は、多分ごく標準的な一軒家だ。門の両端に沖縄の守り神? シーサーがいる。お、俺シーサー好きなんだよ。かっこいいよな。


 比嘉のせいで何回も引越しさせられたらしいけど、もう動かないって気合いを感じる家だ。


 一応おじゃましまーすって言って上がったけど、本当に誰もいないっぽい。


 ……マジかよ……。


 比嘉が冷蔵庫からお昼ごはんを出してきてチンする。俺は途中のコンビニで弁当を買って来た。


「……結構、友達とか家に来たりするの?」


 そこそこ綺麗な家だ。うちは花恋ママが生活感あるのを嫌がるから無機質でシンプルな家だけど、比嘉んちは生活感のある片付いた家って感じだな。でっかい亀のはく製みたいなのが飾ってあるのが気になるけど。ウミガメかな?


「愛良と充里は来たことあるよ」


「充里来てんの?!」


「愛良を迎えに来て、ついでに上がってっただけだけど」


 ……単独で男が来たのは俺が初めてなのか。これ、暗にOKなんじゃないのか。何がOKなんだ。いや、何かが。


 今日のテストの話をしながら、それぞれの飯を食う。俺、何しに来たんだっけ。比嘉んちに遊びに来たんだっけ。心がソワソワして来た。


 孝寿からヒントを得て立てた作戦に、いきなり家で2人きりになったバージョンのシュミレーションなんかねーぞ。完全に想定外な事態が起きてる。


「あ! 対象のインタビュー観せてあげる」


 比嘉がノートパソコンを持って来た。


「え、別にいらねえ」


「超かわいいんだから!」


 いらねえって言ったの、聞こえてないようだ。いや、てかさ、ちょっと不安なんだけど、俺の一世一代の告白、忘れてねーよな? そのぶっ壊れた頭でもさすがに記憶に残ってるよなあ?


 DVDにダビングしてあるらしい。再生される。


 あー、聖天坂が貧富の差の大きい街として取材されてる。三丁目を中心とした辺りは地価もべらぼうに高く富裕層が多い。あー、天神森のホストやホステスなんかが多いのか。うちの兄貴達ってそういやどこに住んでんだろ。


 反対に、八丁目だけは聖天坂でも家賃の安い賃貸マンションなんかもたくさんあって、若者が多く住んでいるらしい。へー、八丁目なら将来俺でも住めっかなー。あ、生活保護を受けてる人もいるくらいなのか。たしかに、貧富の差の激しい街だな。


 あ、出た、べらぼうにかわいい男の子だ。


「おー! すげー」


 これ確実に対象だろうな。まだ小学生だろう、廉くらいかな。あどけないんだけど、顔面がすでにめちゃくちゃ整っている。でもまだ今のような完璧な黄金比ではないな。ただ、今の対象を知らなければこれは完成された顔にしか見えない。声変わりの時期なのか、結構かすれ声だ。完成された美形の顔と、その他の成長途中感がギャップがあってこりゃー気になるわ。


 俺も思わず見入ってしまった。この顔から大人になる過程でさらに美形に磨きがかかるとかやっぱり半端ないな対象は。凡人は逆だもんな。幼少期はかわいかったのに大人になるにつれ残念な顔になる人ならたくさんいるだろう。VTRが終わると、MCの人達も対象の話しかしてない。


「すごいでしょー。超かわいい!」


 比嘉が嬉しそうにDVDを戻してまた再生する。


 ……なんだよ。たしかにびっくりするくらいかわいいけど、なんでこの男かわいいだけで何もしてないのに、8年も比嘉に愛されてんだよ。たしかにかわいいだけにムカついてきた。今、隣にいるのは俺なのに。俺なのに……


 0か1かって大きいな。俺も橋本さんと初めてのチューしたばっかだけど、少しの勇気と多大な嫉妬ですんなりパソコンの画面に夢中な比嘉にチューできた。


 ふん、パソコンの中じゃあ、いくら比嘉に愛されようとも対象にはできまい。

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