第29話 小学生は好きな人の後ろ姿を見るだけで満足

 あー、こんな、勢いでチューするシュミレーションなんてなかった。俺、やっぱり亮河や孝寿側にはいけねーのかな。計画を実行するよりも、今の自分がしたいように動いてしまう。1ミリも実行してないのにもう計画崩壊だよ。


 まーいいか、比嘉の唇、柔らかい。


 でも、ダイニングテーブルの椅子に座ってパソコン画面を観る比嘉の隣の椅子に座ってパソコンと比嘉の間に俺の頭をねじ込んでるから、姿勢がおかしい。腰つりそうになってきた……。


 体を起こして、比嘉から唇を離す。比嘉の顔を見ると、チューする前と同じくまっすぐにパソコン画面を見ている。


 ……リアクション、ねえな? 対象に夢中過ぎてチューされたことにも気付いてないとか言わねえよな? だったら何度でもするぞ、この隙に。


「なんで結婚式なのよ!」


 比嘉がバンッとテーブルを叩いて、急にリアクションが来た。……結婚式?


「チューしただけなんだけど。結婚式って何?」


「結婚式でするでしょ、だって!」


 結婚式?


「誓いのキスを、的な?」


「でしょ!」


「え、お前のチューのイメージって結婚式の誓いのキスなの? もっとチューって身近なもんじゃね?」


「入谷には身近なもんなの?!」


 比嘉が驚愕の表情だ。


 ……え? 高校生でチューすることに、ここまでリアクションする?


 いやでも、ここで身近だよって言えるほど身近ではない。俺もまだまだ超ビギナー。孝寿なら弟にチューするくらいだから身近そうだけれども。


「お前だからしたんだよ。俺お前のこと好きなの忘れてない? 比嘉だって女子なんだからドラマとかアニメとか漫画とか見て憧れるチューとか、ねえの? 俺が完全再現してやるよ」


「ないよ。ドラマとかアニメとか漫画とか、全然見てないもん」


「……え? お前家でテレビ観たりしねーの? 流行ってるドラマとかさ。何だっけ、うちの母さんがハマってたんだけど、佐藤健のドラマ。母さんが観てるの俺も風呂上がりに観たけど、めっちゃチューしてたぞ。母親と観るには気まずいほどに」


「あー、流行ってたのは知ってるけど、その頃はまだ対象を見付けられてなかったからずっとストリートビュー見てたもん。どっかに映ってないかなって。ドラマなんて観てる時間なかったから」


「……え? お前家でずっとストリートビュー見てたの?」


「言ったでしょ? 小3からずっと見てて聖天坂を見付けたって」


「お前、小3からずっとストリートビューをオンリーで見てたの?」


「そうよ。むしろストリートビューしか見てない。超集中してお母さんにごはんだよって言われても気付かない程ストリートビューをひたすらに見てたわ」


 ……コイツ、頭悪くて思い込み激しい上に、頭の中身小3で止まってんの?!


 ああ、あれか! 授業中、ずっと好きな子の後ろ姿見て喜んでる小学生。なんかの拍子に目が合っただけで超ドキドキする時期。


 そんな時期は小学生の間に終わらせておけ! どこまでめんどくさいんだ、コイツ!


「もう対象見付けたんだから、時間あるだろ! とりあえず、頭の中身を年相応にしろ! なんか俺小3をだまくらかしてチューした気分だわ! 俺ロリコンじゃねえっつーの!」


「至近距離でしゃべらないでよ! ツバが飛んでくる!」


 ……たしかに、至近距離だな。もう1回チューしとく。中身小3だと分かっても、見た目これだからできる距離ならしちゃうな、やっぱり。


「よし! 勉強すっか! やる気出た!」


 俺はやる気出たけど、比嘉 叶かっこ小学3年生は真っ赤な顔してプルプルしてる。怒ってんのかな? 照れてるのかな? ごめんよ、叶ちゃん。止められなかったんだわ。


 そのままバイトに間に合う時間ギリギリまで、比嘉のテスト対策に費やした。


 店まで走ってひろしの引き戸を開けると、店長が安定の笑顔で迎えてくれる。


「おはよう、入谷くん。ごめんね、歓迎会の時に入谷くんまでお酒飲んでるって気付けなくて」


 店長が申し訳なさそうな顔をした。店長……謝るのはこっちだ。あっさり理性を見失う未熟者のくせに酒飲むなんて。ごめん、店長。


「こちらこそ、ごめんなさい……いいかなって思っちゃって。ごめんなさい、もう俺、成人するまで酒飲まないです」


 面接の時のように、店長が意外そうな顔をした。


 そして、笑った。


「入谷くん、そのままで大人になってね」


 ……そのままで? このままで?


 いや、ダメだろ! このままなんて、自分でもどんな大人になっちゃうのか分かんねーよ!


 2階に上がると、橋本さんがいた。……橋本さんもかなり酔ってた。どの程度覚えてるんだろう?


「おはようございます」


 すっげー気まずいんだけど、とりあえず挨拶をする。


「おはよう、統基」


 橋本さんは笑ってる。……統基?


「……おはようございます、橋本さん」


「橋本さんじゃなくて、天音あまねでしょ」


 ……いや、橋本 天音でしょ?


 ……俺、全部覚えてるつもりだったけど……自信なくなるじゃねーか!


 え、そんなくだりあったの?! 統基、天音、みたいな? まっっったく、覚えがねえ!


 フカシなの? マジなの?


「え―――と……天音さん」


 多分俺覚えてるとは思うんだけど、万が一忘れてるかもしれないからちょっと保険掛けてみた。


「何?」


「……生意気なこと言うなコイツって思われるかもしんねーんだけど、絶対、俺のこと好きにならないで欲しいっす」


 天音さんがすげー顔をした。


「ほんっとに、生意気なこと言うのね。モテてばっかりだと、女はみんな自分を好きになると思うの? こんな子供みたいなのに」


 え? 俺も初め子供だと思って馬鹿にされてるのかと思ったけど、別に偉そうにされることもなかったから気のせいかと思ってたのに……


「俺のこと、子供だと思ってんの?」


「……子供だと思ったら、そうでもない顔するかも」


 なんじゃそりゃ。特に何もないなら俺の言いたいことを言わせてもらう。


「絶対、付き合おうとかも、言わないで下さい」


「さすがに高校生相手に本気にならないよ。安心して」


 あー、良かった。まあ、相手は大人だからな。でも一応、俺のポリシーを守るためにちゃんと言っとかねーと。


「土曜日バイト休みでしょ。私も休みなの。なんか予定あるの?」


「特にないっすね」


「じゃあ会おうよ。連絡先教えて」


 それは……お誘いか?! 期待しちゃっていいんだろうか。


 今日も店長と天音さんに指示をもらいながら働いていた。


「統基、ついでにビールもう1杯入れて。そっちのチューハイ何だっけ? 私チューハイ入れるから」


「ありがと、天音さん。こっち梅」


 店長が俺らを見て、手を止めて言った。


「君達、早くも付き合いだしたの?」


「えっ」


「やだ店長、仕事に集中して下さいー。手ぇ止まってますよー。ねえ、統基」


 天音さんが俺に笑いかけてくる。いやいや! 匂わせるな匂わせるな!


「違います! 付き合ってませんから!」


「え? そうなの? なんか親密な雰囲気に見えたものだから」


「気……気のせいです! 俺、こう見えて彼女いない歴年齢の男ですから!」


 知らず知らずのうちに親密な空気感が出てたのかな? まずい! 万が一そんなの比嘉に見られたりしたら、誤解を招く!


「そうなんだ? モテそうなのに」


「モテるのに彼女いない歴年齢の男なんです!」


「あはは! 何の宣言なの!」


 天音さんが爆笑している。


「ビール入りました!」


 天音さんの方に1杯置いて、自分の取った注文分、2杯のビールを持ってテーブル席へと小走りで向かう。


「ビールふたつ、お待たせしました!」


「あれ? チューハイは?」


 ……あ、忘れてた。


「お待たせしましたー、梅チューハイでーす」


 と、天音さんが持って来てくれた。俺と目が合うと、また笑いながら隣のテーブルにビールとチューハイを運んで行く。


「統基くん、一発ギャグでもやったの? 顔見ただけで吹き出してたよ、天音ちゃん」


 ギャグじゃねえ。


 てか、なんで俺慌ててんだよ。心配しなくても比嘉が居酒屋に来る訳ないんだから、絶対見られねーよ。

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