第12話 命を懸けて守る人、決定!
動き出した対象を尾行しながら、更に比嘉の話を聞く。
「特定はできたけど遠すぎて行けない距離だったから、必死に親相手に心臓が痛いーって芝居して、いくつも病院行って原因不明にした上で
「聖天坂?」
「この辺の地名よ。何よ入谷、聖天坂だと知らずに聖天坂にいたの? 何してたのよ?」
ヤバい! 親父がいなくなったらいきなりピンチだ!
「いや、あー、いや、そんなことより、話の続きが気になって気になって! ほら、続き!」
「初めはギリギリ週末なら聖天坂に来られるくらいの距離にお父さんが転勤希望出して引越して、歩き回ってストリートビューで特定した場所を見付けたわ。でも、そこから対象を見付けるのにまた時間がかかって……週末だけじゃ無理だと思って、虐められてるから転校したいって何度も引越して転校して、やっと毎日通える位置まで来たの!」
「すげーなお前! すげー怖いわ! そこまでするか、普通!」
お父さん、転勤までしてんの?! すげー過保護だな、やっぱり! 対象のためだったと知ったらどんな顔するんだろ。
「そこまでしてでも会いたい人だったのよ、私には!」
8年……8年は長い。途方もなく長い。そりゃー、ただただ見てるだけであんな幸せそうな顔をする訳だ……。
「てかお前、親にそんな嘘ついてんの? 心配してんじゃね?」
「聖天坂総合病院に行った時に病院入っただけで治った! って走って見せたからもう今は心配してないわ」
あーあ。過保護に育てるからだよ、と思いつつも、娘に翻弄されて、親御さん、気の毒に……。
「お前、どうしたいの?」
8年もストーカーし続けて、現在ただ見てるだけ。コイツは何がしたいんだ。
「私、あの人と両思いになりたい……入谷、私に協力してよ」
「……は?! 両思い?」
なんだ? 両思いって……小学生か。付き合いたいってことなんだろうか。
「もう一歩踏み込むきっかけがないのよ。入谷の言いたいことは分かってる。私なら普通にこんにちはって言うだけでいいわよね。でもね、それが案外ハードル高いのよ」
「あのな、お前」
「分かってる。何も言わなくても、私なら対象の前に姿を現すだけでいいわよね。でもね、それもなかなかハードル高いのよ。その上毎日陰から見てたもんだから、もうすっかりこのスタイルが馴染んじゃって。どうにも出られないの」
「俺が知るかよ! 勝手に転がり出りゃいいだろーが」
なんで俺が、比嘉のために協力してやらにゃーいかんのだ! 人の気も知らねーで、コイツ! 勝手なことばっか言いやがる!
「お願い入谷! 私がお願いしてあげることなんて、もう一生ないわよ!」
わりと近い距離で、比嘉が上目遣いに俺を見つめて手を合わせている。……クラクラして来た。やっぱり、綺麗な顔してやがるなあ……。
「……分かったよ……」
あー、俺やっぱり比嘉のこと好きなんだわ。断れねーよー……。めちゃくちゃかわいい顔して拝むんだもんなー。むしろ断れる男がいるなら見てみてーよー……。
「良かったわね、私のお願いを受けられて。大丈夫、私絶対対象と両思いになってみせるから、安心して」
「そんだけ自信あるなら、1人でやれよ!」
「きっかけがないって言ってるでしょ! さっさときっかけ作って来てよ!」
「どうやって?! あいつの前で比嘉によーよー姉ちゃんって絡めばいいのか? よし、行こう! 今行こう!」
「そんな適当でいい訳ないでしょ!」
隠れてる建物の陰から出て行こうとした俺の右腕を、比嘉が両手で掴んで止めた。
俺の体を比嘉の方に向けて、今度は両手で俺の両腕を掴む。俺の顔を見て、
「もっとちゃんとした作戦考えてよ!」
と、声を控えめにするため至近距離で言った。
近! ドキッとするわ! 薄いカッターシャツ越しに腕に感じる比嘉の手の温もりも破壊力ヤバい!
……これ……2人でストーカーしてると、学校なんかより、よっぽど距離近いぞ!
「分かった。人と人が手を取り合い協力するって大事だよな。世の中助け合いだよ、助け合い」
「ありがとう! 頼んだわよ、入谷!」
これは、いいかもしれない。もちろん比嘉に協力なんてしない。比嘉が好きだと腹が決まれば仕掛けるのみ! 比嘉に協力するフリをしながら、比嘉が比嘉の対象を落とす前に、俺が俺の対象を落とす!
覚悟しやがれ、比嘉! 俺が命を懸けて守るのは、お前だ!
風呂から上がってスマホを見ると、メッセージが来てた。
「いい作戦思い付いたらすぐ教えなさいね!」
って、比嘉だ。あんなに俺に無関心だったくせに、あの男絡みだとこんなあっさりと比嘉の方から連絡して来るとは……。
「俺、晩飯にサバ焼いたんだよ」
比嘉のメッセージは無視して返信してみる。家でまであの男のことなんか考えてたまるか。対象に関係ない話には応じないかな? どうだろ、返事来るかな?
「会話成立してないけど? 入谷がごはん作ってるの?」
お、意外にもソッコー返信が来た。
「俺と弟。買い物は母親が行ってっけど。比嘉何食ったの?」
「オムライス」
「いいじゃん! 明日オムライスにしよかなー」
「作れるの?」
「多分な」
「たわけ?」
……たわけ……? あ、多分が読めねーの?!
「たぶん、だよ」
「何まちがえてるのよ」
間違えてねーよ。間違えてんのはお前の頭だ。さすがはド底辺高校でも底辺の成績だな。
どう返信するのが正解なんだ、これ? 指摘して俺けっこー頭いいだろ、がいいのか? 間違いはスルーしてやるのが優しさか?!
あー、兄貴達に聞きたい! あいつら女とやり取りしまくってるだろうから、頭悪い女への対応も正解知ってるだろうに!
「オムライス、トロトロ派?」
スルーすることにした。自分への自信だけで生きてるような女だ。その鼻へし折った所でいい方に転ぶ可能性は低そうだからな。
「トロトロ派!」
派は読めたんだ、良かった。
「美味いよなー」
と打って、あ、もしかして読めねーかも、と
「うまいよなー」
に変えた。
「デミグラならなおいい!」
「豪華なもん食ってんな」
「え? 何これ、どんなもん?」
……文字でのやり取りが苦痛なほどに漢字知らんな、コイツ!
「ゴウカなもんだよ」
「へー、入谷以外と頭いいんだ」
「意外と、な」
返信が来なくなった。ヘソ曲げたか。
なんだ、あいつ。意外と普通の会話にも乗って来るんだ。対面だと超態度デカいくせに、文字なら頭いいとか褒めたりするんだ?
なんだ、意外とかわいいとこあんじゃねーか。
ふと、スマホを見ながら微笑んでた自分に気付いた。なんか、妙に気恥ずかしくなった。
この俺が、ちょっと褒められたくらいで笑ってるとか、しっかりしろ! 男のプライドにかけて、この程度で笑ってんじゃねえ!
笑う時は、もっと大きな勝ちを手にした時なんだ!
あー、なんか……好きな子がいるのって、もっとウキウキなもんかと思ってた。たかがメッセージに返事来るかドキドキしたり、来たら来たでちょっとした内容くらいで嬉しかったり、それがこんなに恥ずかしかったり……情緒不安定かよ。何だコレ。思ってたのと違う。
……ふと、今日、充里に
「俺にはすでに、謎のプライドに支配されてるお前が終わってる気がするけどなー」
って言われたのが思い出された。
謎のプライド……こうして好きだと認めてしまえば、うまいこと言ったな、充里!
初恋なんて謎だらけさ。だって初なんだもん。俺は謎めく男のプライドを手に入れた。
その男のプライドに従い、俺は放課後、比嘉と対象をストーキングする。
夜には、作戦会議と銘打って全く関係ない話を楽しむ。
もちろん比嘉と対象がうまくいく作戦なんて考える訳ない。そんな暇人なことしてたまるか。ただただもっと比嘉と一緒にいるにはどうしたらいいかを考え、ただただ比嘉と過ごす時間を着々と積み重ねてる。これ……結構、いい感じなんじゃねーのかな?
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