赤い雨が晴らす雲

くまゴリラ

赤い雨が晴らす雲

 この世は財力がすべてである。財力さえあれば何でもできる。それが人の心を操るといった類であろうとも可能だ。

 貴族に生まれ、商才のあった私は自分の資産を増やし、その財力を使って好きに生きてきた。金で雇った者を使い、男女の中を引き裂いたこともあった。犯罪者の罪を別の者になすりつけさせたこともある。私に小言を言ってくる貴族を失脚させたこともあったな。

 金のために裏切る者、信念を曲げる者を見続けた私は人間という者が信じられなくなってしまった。この世には、金で目が曇った人間しかいないのだろうか?


「そんなことはない。友情という尊いものは、すべてに勝るものだよ。僕も友人である君のためなら、なんだってできるさ」


 私の金に近寄って来た自称友人である没落貴族の言葉に閃くものがあった。



『領主に尊い友情を示せた者に褒美を授ける。我らこそと思う者達はペアで参加するように』


 そんな通知で金に目が曇った愚か者達が何組も参加した。私の所有しているコロシアムの控え室に参加者達は集まっている。

 開始時刻となったことから、私はコロシアムの出入口を封鎖させ、開会を宣言する。

 私の宣言が終わると、一組目のペアが闘技場に入って来た。背の高い男と太った男のペアだ。二人は闘技場の中央に突き立てられた二本の剣を見ると顔を見合わせた。


「これより、ゲームをしてもらう。外に出れるのは生き残った方のみ。クリアまでの時間がもっとも短かったペアに褒美をやろう」


 私の説明に背の高い方が声を荒げる。


「これのどこが尊い友情を示すことになるんだ!?」


「それは自分で考えたまえ。……それと、いつまでもクリアをしないようであれば、失格として二人とも殺す」


 私の言葉に二人は再度顔を見合わせる。


「う、うわあああああ!」


 背の高い男が叫びながら剣に向かって走り出す。反応の遅れた太った男がその後を追っていく。背の高い男は剣を引き抜くと、振り返りながら剣を突き出し、太った男の胸に深々と突き刺した。目を見開いた太った男は口から大量の血の泡を吹き出しながら崩れ落ちた。背の高い男は泣いていた。泣きながら自分の両手を見つめ、腰が砕けたように座り込んだ。

 いつまでも動こうとしない背の高い男と死体を兵に命じて移動させる。


「次」


 私に終わったペアへの関心はなく、関心は次のペアへと移っていた。



 もう何組のペアを試しただろうか?

 説明が終わると同時に殺し合う者達、殺される間際に相手への呪詛の言葉を残す者など様々だった。結局は私の求めた尊い友情を……打算のない、事故犠牲が伴う友情などなかったのだ。


「尊い友情を示せって、何があったんだい?」


 例の没落貴族がニコニコと私の観覧席に入ってきた。


「貴様が言うように尊い友情とやらがあるのかと思ってな、試してみたが……なかったようだ」


「なかった?」


 私の言葉に顔をしかめながら没落貴族が闘技場を覗きこむ。一人の男が血で汚れた闘技場の中、倒れた別の男に泣きながら剣を突き立てるところだった。


「君は……何を……」


「どいつもこいつも、金のために友人を殺している! 所詮、金で目が曇っていないものなどいなかったのだ!」


「そうか……それが……君の考えか……」


 没落貴族がそう呟いたかと思うと、白銀の線がひらめき、喉に真一文字の熱を感じた。次の瞬間、私の喉から血が吹き出す。


「これは、人間不信だった君に友情を示せなかった僕の罪だ」


 そう言うと没落貴族は握っていたナイフを自分の首もとに当てた。


「冤罪で投獄されていた僕は、君が司法を買収してくれたお陰で助かった。だから、友人として君を助けたかった」


 没落貴族は寂しそうに目を細める。


「しかし、これはやりすぎだ。神をも恐れぬ、悪魔的行為だ。許されるものではない」


 視界が暗くなってきた。魂が抜けていくような感覚、これが死か……。


「君一人では逝かせない。僕も一緒だ」


 そう言うと没落貴族は自身の首を掻き切った。血を吹き出しながら近づいてくると私を抱き締める。


(君の苦しみを取り除けなくてすまなかった)


 そう聞こえた気がした。

 私の目から涙が溢れる。私の求めていた尊い友情は、こんなにも近くにあったのだ。

 金に目が曇っていたのは私だったのだ。

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