ACTion 14 『それが結末として』

 とび色の瞳にアルトの顔が映りこむ。

 だが十分配慮したつもりでも、現状これが精一杯だ。すぐにも男は、そんなアルトの足元を盗み見た。瞬間、抜け落ちるがごとく身を屈める。

 アルトから舌打ちはもれ、男は屈み込んだ体勢からアルトへ豪快な足払いをかける。

 残念ながら閃光をかわしたそのあと、コクピットを舐める銃口から逃れて壁を手繰ると男の背後へもぐりこむだけがせいぜいで、銃口を突きつけた体勢はといえば重力下となんら変わらない。

 おかげで容易くアルトの体は宙へ舞い上がる。

 跳ね上げられたままに回転した。

 抵抗などしようがないなら、力なく宙を掻く。

 その視界から男の姿もまた見切れていった。

 マズイ、と闇雲に手を伸ばす。

 触れた男の服地を掴めば、襟はねじれ、千切れそうに伸びた向こうで、ぎょっとした男の目がアルトを見下ろした。

 かまうことなく引き寄せる。

 固定された男の足元が浮き上がることはなく、アルトすら支えると同様の上下を取り戻させてゆく。

 と縮まり、ハズしようのなくなった互いの距離を埋めて男が銃を捻じ込んだ。

 額を指されるその前にだ。

 遮りアルトは自らの腕をねじ込み、交差させる。

『……この、盗人が!』

 男が吐いた。

『何の……、こったッ』

 突き返せば呼吸さえもが干渉し合う。

「四八〇」

 残り時間をイルサリが告げたところで、取り込み中もいいところだ。

『とぼけるな!』

 知る由もなく男の罵声は飛び、えぐるようにアルトの作業着を掴み返した。頼りにアルトは男の腕ごと、交差していた腕で銃口を払いのける。大きな弧を描いてはじけ飛んだその腕は、しかしながらすぐにも腰元へあてがわれると、靴底の磁力を切ってみせた。

 ままに床を蹴り出す。

 押されてアルトは背を壁へ叩きつけられていた。

 相手の体重と初速度分、肋骨がしなってアルトの胸を潰す。まだ焼け焦げている胃の酸い分泌液が喉元までこみ上げ、反射的に飲み込めば自然、アゴは浮き上がり、めがけて男は強か銃身で打ちつける。

 視線があさってへ振れ、この野郎と、見開いた両目でアルトはアゴを引き戻した。

 おかげでようやく出し惜しみ気味だったアドレナリンも、全身をめぐり始めたらしい。 半ば反射的勢いだ。男から手を離すと、背にした壁を頼りにウロコ模様めがけ拳を放った。ともあれ、どうにもキレがないのは、環境と体調の二重奏が原因でしかない。仰け反る男が鼻先で、アルトの拳をかわしてみせる。 それきり背後へ倒れ行くと、床と平行に浮かびながら両手で握ったスタンエアを突きつけた。

「やべッ」

 振り切った腕に前転しかけて、アルトは力の限りに壁を蹴りつける。とたんボコリ、と背にしていた壁がくぼんだ。必殺ならば数発撃ち込むが必須と、そのくぼみにくぼみは重なる。

 放った男は跳ね飛ばされ、床に背をつけていた。だからして動揺することなく、磁力を復活させもする。間合いもちょうどと床で跳ねた体は別次元の動きよろしく、両足を床に吸い付け起き上がっていた。壁を押し出したきりゆったりシートへ滑走するアルトめがけ、開いた足で再び狙い定める。

「三〇〇」

 だというのにイルサリの声。

 迷う暇も、選択する贅沢もありはしない。聞きながら負けじとアルトも男へスタンエアをつきつけた。

 瞬間、照準から男の体は大きく外れる。

 ワソランだ。

 あの強気で男へ体当たりを食らわせている。

 同時にアルトの指が操縦席に触れていた。

 ここぞとばかり爪を立て、起点に伸びきっていた体を丸める。跳び越しそこへ背を押し付けると銃口を振り上げた。

『離れろッ』

 までもなく、男のヒジを食らったワソランはあらぬ方向へ弾き飛ばされている。

 自由を取り戻した男が声、銃口もろともアルトへ振り向いていた。

 それきり押し固まれば、対峙する者同士だからこそ互いの呼吸は合う。

 破り、ワソランが飛びかからんと身を起こしたなら、押しとどめるアルトの声はコックピットに響き渡った。

『動くなッ』

 大きさにワソランが取り戻したものあるとすれば、冷静よりも相当の恐怖だ。

『要は、石だ! それさえ返せば貴様らに用はない!』

 放つ男がスタンエアを握りなおしてみせる。

『知らないものは、知らないね』

 答えてアルトはこうも言葉を継いだ。

『あんた、この船の持ち主か?』

 ならワランとは違い、真っ直ぐな銀髪を無重力にバラ撒く男の言い草はこうだ。 『そいつは戻ってくるとは思ってもみなかった、って顔だな』

 今一歩、アルトへ足を踏み出してみせる。

『こんな場所だぜ』

 口元だけで笑い返してアルトは肩をすくめ返した。

『命を削って手に入れたような石だ。お互い様だろ』

『聞きたいことがある!』

 と、割って入ったのはワソランだ。銃口などそ知らぬ顔で双方の間へ割り込んでみせる。

『同じレンデムのダオ・ニール。ハーモニック創薬の社員だった。彼は積乱雲鉱石を手に入れるため、どこかのチェイサーと手を組んだ。あなたはそのふたり連れのチェイサーの片割れね。わたしは彼を捜しているだけ。他に興味はない!』

『とぼけるな、石だ!』

 聞かぬ男はただ声を張り上げていた。

 大きさに怯むワソランへ、アルトはチラリ目をやる。

『あんた、積乱雲鉱石を見つけたのか?』

 確かめた。

『あいつらこそ、タイミングのいい奴らだったぜ』

 鼻でひとつ笑い飛ばした男の額でウロコ模様が、不穏な何かを前にざわめき駆け抜けてゆく。

『だが、カーゴに以外は見向きもしなかった。めでたいねまったく』

『船賊か』

 おのずアルトの眉間へ力はこもっていった。

『ダオ・ニール……。そんな名だったかな」

 答えず男は声を高くする。

『所詮、どこかの社員さんは金ずるだ。石を手に入れれば、どうなろうが俺の知ったことじゃない』

 と、それは言い切るかどうかの時だった。

 吐いた男の頬で鋭い音は鳴り響く。

 放った平手の勢いに、ワソラン自身が姿勢を崩していた。それでも強引に男の胸倉を掴み上げると、 そこから先を第一言語の『レンデム』言葉で埋め尽くしてゆく。唖然と見下ろす男はまるで、そうまでされる心当たりがないといわんばかりの顔つきだ。ただただ、がなりたてるワソランに揺さぶられ続けていた。

 そんなワソランの剣幕に、やがて男の戦意も削がれてゆく。あった緊張感すら薄れると、見かねてアルトも突きつけていた銃口を宙へ逸らした。予想外の顛末にケリをつけるべく、背中の座席を押しやる。スタンエアを背裏へ貼り付け、ワソランへと身を滑らせた。

『もう、やめとけ』

 羽交い絞める。男から引き剥した。その無理に傷が痛んだのか、いっときアルトの腕の中でその薄い肩が縮んで強張るのを、感じ取る。思いだし、押さえつけていた力を解いていた。手加減したその足先を、ワソランは容赦無用と踏みつける。

「ぃいでッ」

「父上、残り六○セコンドです」

 イルサリが教えていた。

 それきりアルトを振り払うと背を向けたワソランは、顔を上げない。

 アルトは、よじれ、伸びきったままで浮遊していた上着の襟を直す男を片目に、巻き上げていたマイクをただ引き出す。

「了解。これより帰船準備にかかる」

 とんだ結末だ。胸のうちで吐き捨て、改めて男へ視線を持ち上げていた。

『悪いが石は知らねぇ。他の奴が持ち去ったか、船賊を当たれ。行方を知っていたところでそもそもそいつはダオ・ニールの、彼女のモノじゃないか。こっちこそ頂いて帰りたいところだね』

 すでにこの船からいくらかの機材を失敬していたが、さすがに口にしてこれ以上、事態を悪化させるつもりはない。手ぶらであることを示してアルトは両手を広げる。

『くそ! せっかくの石を!』

 聞いた男が舌打ちしていた。そうしてスタンエアの安全装置を、渾身の力で弾き上げる。

『俺は上のスクータで逃げた。だが、あいつは生来どんくさい奴でな。他にこの船を出る方法はない。奴らに拉致されたんだろうよ。まぁ、女ならまだしも野郎じゃ今頃……』

 はれ上がっていたシリンダーバルーンは男の手元で見る間にしぼんでゆき、咄嗟にアルトは詰めた眉間で男へ小さく首を振って返す。その先を無言で遮った。気づいた男は辛うじて言葉を飲み込んだものの、その後に続く言葉などしれたものとなる。幻聴と聞けば会話にぎこちない間は空いて、埋めるべくアルトはともかく投げていた。

『この船でここを出るのか? 冷え切ってるぞ』

 追随する男の口調は、しかしながら明快だ。

『バッテリーを積み替えて上のスクータを捨てる』

 その声に耐えられないといわんばかり、ワソランがきびすを返していた。うつむいたまま足早にコクピットを抜け出してゆく。

『この雲の中もさらって帰るさ。もう一度、石を手に入れてやる』

 見送りため息を吐いたアルトの傍らで、男がいきまいていた。

 させておいてアルトもまた、きびすを返す。

 そう、元よりどう転んでも胸のすく仕事ではなかったのだ。そしてそこに相応の対価が伴うなら文句こそ言えないだろう。

 ただアルトは男の背を弾いてやる。

『それよりあんた、身の振り方を考えた方がいいぜ。それこそ良い死に方はしないだろうからな』

 床を蹴りつけた。

 滑走しながら扉を潜り抜ける後姿を、男はひとり見送り続ける。

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