桜の手

2121

子どものオトモダチ

 21回目の桜を眺める私は、今日で二十歳になる。

大学は二回生、カフェのバイトは三年目で、大人は一年目突入の初心者だ。昨日と今日で、何が違うのか分からないけれど、大人。

 近所の公園は私の名字と同じ名前の公園で、おじいちゃんが元々地主だったからその名残らしい。徒歩で数分だから、赤子の頃から連れられてよく来ていた。立って歩けるようになってからも、小学校に入学したときも、大人になった今に至るまでこの公園には世話になっていた。

 正確には、桜の木に。

 あまり広くはない公園の中心には、桜の木があった。桜は満開で、風が吹き花びらを散らしている。

「誕生日おめでとう、サクラ」

 私と同じ顔、違う表情でその人は言う。瞬きと瞬きの間に現れたその人は、人……ではないのだろう。

 会ったときから変わらない見た目。紺襟に赤いリボンのセーラー服を着ていて、靴はローファーを履いていた。この辺のものではない、私の知らない制服だった。

 おそらく桜の精とかそういうもの。そうでなければ、私の妄想。私にしか見えない子どものときからのお友だちは、そうお祝いして微笑んだ。

「桜、大人になっちゃったよ」

「本当に行っちゃうの?」

 その声には、「私を取り残して、行っちゃうの?」という響きがあった。そういえば、私は桜の見た目に追い付いたように思う。変わらない桜を置いて、私は進んでいく。

「大人になれたね。良かった」

「良かったのかな?」

「大人になれない人もいるから、良かったんだよ。生きてるだけで、勝ち」

「桜がそう言うなら、きっとそうなんだろうね」

「もう独りでいることに泣いたりしない? 死にたいなんて、言ったりしない?」

「大丈夫、頼れる友達がいることに気付けた。独りじゃない」

「サクラは強くなってしまったな」

 眉を下げ、目の奥を揺らがせる。

「私もいるよ。忘れないで」

 手を伸ばし、私の頭を撫でる。優しい手に温度はなく、感触すらも曖昧だったけれど、優しさだけは強く感じた。

「愛佳、そこにいるー? ちょっと手伝ってくれない?」

「はーい! 今戻るねー」

 そのとき家の前にいる母親が大声で私を呼んだ。

 私の名前は『サクラ』じゃない。何度否定しても私を『サクラ』と呼んだこの人は、私に誰を重ねていたのだろうか。それでも、くれた言葉は私のための言葉で、いつだって私の味方でいてくれたし私のためを想っていた。

 桜と会えたのは二十一回。いつだって、心配と祝福と祈りをくれる、優しい人だ。

 私も桜を頼ってたくさんお世話になった。桜がいなければ、私はもういなかったかもしれないと思うくらいには。

「桜、夜は花見酒でもしようか。冷蔵庫に三色団子があったはずだし、缶チューハイもあった。日本酒も床の間にあったやつをくすねてこよう。レジャーシートを敷いて、お花見だ」

「いいね、お酒を飲むのは初めてだ」

「桜はお酒が飲めるの?」

「サクラが飲めるなら、多分飲めるよ」

「じゃあ、また夜にね」

 風が吹き、瞬きと瞬きの間に桜の姿は消えてしまう。残されたのは、私と桜の木。

 きっともう、来年は会えないのだろう。

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