二十一回目
@yamakoki
二十一回目
「俺は二十一回目に死ぬ」
入院中の祖父がそんなことを言ったとき、僕は頭がおかしくなったのかと思った。
二十一回目。
それだけ聞いても、何のことなのかさっぱり分からない。
「どういうこと、お爺ちゃん?」
「俺にも分からないさ。占いでそう出たんだからな」
祖父も難しい顔をしている。
占い師である祖父は今でも現役で、数多くの人物を占っていた。
とにかくよく当たるらしく、テレビに出るような売れっ子芸能人も来るのだとか。
「お爺ちゃん、自分のことは占わないの?」
僕は一年前、好奇心からこう聞いたことがある。
それだけ当たる占いが出来るのなら、未来に何が起こるのかも分かるはずだ。
当時は僕も中学二年生。
進路という難題にぶち当たっている時期で、自分の未来に向き合っている最中だ。
その時に思った。
僕も占いが出来たなら、どんな選択が最善手なのか分かるんじゃないだろうか。
進路に悩まなくてもいいんじゃないか。
ところが祖父の答えは僕の予想とは全く違っていた。
「占わない」
「どうして?」
「人は失敗から学んで強くなる。その失敗を自分から潰してどうするんだ」
そう言って、祖父は目元の傷を撫でた。
昔、祖父の占いのせいで大失敗した人が逆恨みして祖父をナイフで襲ったらしい。
目元の傷はその時に出来たものだという。
「傷のおかげで思い出せる。俺は良くも悪くも人の人生を狂わせるんだってな」
これが失敗から学んで強くなるということなのだろう。
そんな信念を持っていた祖父が今回、初めて自分のことを占った。
「なんでだろうな。俺はもうすぐ死ぬんだろうなっていうのが感覚で分かったんだ」
「なるほど……」
「死ぬ前に、一目でいいから孫の顔を見たかった。だけど俺はいつ死ぬか分からん」
もうすぐだってことは分かるんだけどな、と祖父は困ったように笑った。
僕は黙って話の続きを待つ。
「これについては失敗できねえ。失敗するということは孫の顔を見れないってことなんだから」
確かにそうだね。
失敗から学ぼうにも、死んでしまったら学ぶことだって出来やしない。
だから祖父は初めて自分を占った。
「そうしたら『二十一回目で死ぬ』っていうんだ。何だかさっぱりわかんねぇよ」
「何だろうね。食事の回数とか?」
「おいおい、入院してから十日も経ってんだぞ。とっくに二十一回以上食ってるよ」
祖父はそう言ってから、窓の外に視線を向けた。
つられて同じように窓の外を見ると、蕾をたくさんつけた桜の木が見える。
「まだ咲かねぇな。そういえば卒業式はいつなんだ」
「十一日後だよ」
「十一日後っていうと……三月九日か。随分と休みが長いんだな。羨ましい限りだ」
祖父だって休もうと思えば自由に休みを取れるのに。
俺は働いているほうが好きだとか言って、二日以上休むことは絶対になかった。
もちろん夏休みと冬休みを除けばだが。
「頼斗、そろそろ行くわよ」
「分かった。じゃあねお爺ちゃん」
「ああ。また来いよ。今度は俺に晴れ姿を見せてくれ」
祖父は笑顔で手を振ってくれたが、これが僕が見た最後の元気な祖父の姿だった。
一週間後に体調が急変。
集中治療室に入った祖父は、もう喋ることもできないらしかった。
卒業式の準備とかが重なったせいで、僕もお見舞いに行くことができなかった。
そして迎えた卒業式の日。
卒業式はつつがなく終わり、担任教師の最後の挨拶で僕は占いの意味を悟った。
「皆さん、今日は三年生最初の日からちょうど二百十回目の朝なんです」
二百十回目の朝。
もしも祖父の占いで出た二十一回目で死ぬというのが、二十一日目に死ぬということなら、祖父が死ぬ日は今日だ。
そういえば祖父が自分の未来を占ったのは入院したその日だと言っていたな。
僕は挨拶が終わると、友達への別れもそこそこに教室を飛び出した。
両親はいない。
共働きの両親は二人とも単身赴任中で、この前はたまたま帰ってきていただけだ。
電車に飛び乗って、祖父が入院している病院に駆け込む。
久しぶりに会った祖父は枯れ木のように瘦せ細っていた。
「お爺ちゃん、頼斗だよ。今日は卒業式だったんだ。晴れ姿を見せに来たよ」
「…………」
もはや声が出ていなかったが、口の動きで何を言っているのかは分かった。
ありがとう。かっこいいよ。
祖父は満足そうに笑ったあと、ゆっくりと目を閉じた。
二十一回目 @yamakoki
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