魔人VS勇者-2

 剣を振り上げたレンに踏みつけられ、リーフは死を覚悟した。


「じゃーな」


 ぐっと身を固くしたリーフに、剣が到達することはなかった。


 竜巻のような勢いで乱入した何者かが、レンの剣をその豪剣で弾き飛ばしたのだ。重機同士の正面衝突を思わせる衝撃波で、大気が悲鳴を上げる。


「よう……ウチのヒーラーに何してんだ」


 女剣士は、その美しい容貌ようぼうを激情に歪め、長い赤毛を逆立たせ激昂げきこうしていた。殺気立つアルテの眼光に、レンも気圧けおされたように後ずさる。


「よ、よぉ。久しぶりじゃん、アルテ」


「よくノコノコ顔を出せたなクソ野郎。その上今度はリーフを……勇者の仕事はあたしへの嫌がらせなのか?」


「そう怒んなって。ちょっと遊んでた、だけだから――さぁッ!!」


 同時に振り抜いた剣と剣が、両者の中間で衝突して凄惨な音を立てた。二人の踏みしめた大地がひび割れ、陥没する。リーフは慌てて下半身を再生させ、辛くも二人の近くから脱出した。


「今度こそちゃんと殺したやるよ、アルテ」


「やってみろチキン野郎。勝つ自信ねえから後ろから刺しやがったんだろうがぁっ!!」


 鍔迫つばぜり合いが弾け、壮絶な斬り合いが始まった。秒間数十の斬撃が飛び交い、打ち合い、弾け飛ぶ。乱立する無数の金属音と火花。戦いの次元が、この世のものとは思えない。


 アルテには幼年期から積み重ねてきた剣術修行の経験値がある。剣技の鋭さと練度はアルテが上。しかし――【剣才】を含むあらゆる剣士系スキルをレベルマックスで所持しており、その他強化系スキルで肉体と知覚を加速させているレンの剣は、そんなアルテさえ圧倒している。


 ほとんど互角。その中で、少しずつ、アルテの体にだけ小さな傷がつけられていく。さばききれない剣圧の余波がアルテを削る。レンの顔には、まだ余裕がある。


「おいおい、そんなもんかよ。アルテ、お前この2週間なにやってた。あの日からレベル上がってないんじゃねえの」


 リーフの胸が、弾丸で撃ち抜かれたみたいに痛んだ。アルテは――あの日から一人も魔族を殺していない。リーフが、そうして欲しいと頼んだから。


「バーカ、レベルなんか上げなくたって、修行すりゃ強くなれる」


「おかしくなっちまったのか? そんなもん、レベルアップの恩恵に比べりゃみたいなもんだろ!」


 ブシュ、とアルテの白い肩から血が噴き出る。もも、脇腹、ほほ――ついには防戦一方になった。剣を振り続ければ当然疲労が蓄積し、腕が重くなるアルテに対し、レンはエクストラスキル【永久機関】で何日でも剣を振り続けられる。


「アルテさん!!」


 たまらず叫んだリーフの目の前で、アルテはいよいよ追い詰められていく。衣服がボロボロに引き裂かれ、全身生傷だらけの上に今や下着同然の姿となったアルテを、レンは興奮気味に息を荒らげて切り刻んでいく。


「差が開いちまったなぁアルテ! これなら殺しちまう前に一発――」


 キィン、と、黙らせるような金属音が響いて、レンの剣が勢いよく上に弾かれた。レンの体が反動で大きくのけ反る。


「……ぉ?」


 低い体勢から剣を斬り上げた格好のアルテは、溜めていた力の全てを解き放つように鋭く息を吐くと、獣のように踊りかかった。


「がぁッ!!?」


 目にも留まらぬ乱舞がレンに襲いかかる。加速したレンでも捌ききれない、常軌を逸した速度の連撃ラッシュ。美しい顔を見る影もなく歪めて、白目を剥き、アルテは咆哮ほうこうする。気力だけが彼女に剣を振るわせている。《剣聖》の意地と命を燃やして、アルテの剣は加速する。


 メッタ打ちを受け激しく体勢を崩されたレンの首に、アルテの剣が突き立った。「カッ……!」と首を絞められた鶏のような声を上げたレンの姿が、次の瞬間消滅する。"2周目"のレンが、今度は剣をくぐって避ける。


「はぁ、はぁっ、残念でし――」


「ガァッ!!!」


 構わずなおも加速するアルテの剣が、再びレンの首を貫く。血を吐いて絶命したレンが消え、現れた"3周目"のレンがそれをガードしても、間髪入れず二の太刀が胴を両断する。


 殺す、生き返る、殺す、生き返る、殺す、殺す、殺す――際限なく加速していくアルテの剣が、レンの無限の命さえ飲み込んでいく。


 疲労しないはずの体で、レンは滝のように汗をかいていた。剣が速すぎて、何度やり直しても避けられず殺されてしまうのだ。攻略にかかる周数が増えていく。何十とやり直してようやく一太刀防いでも、刹那の間に次の剣技で殺される。


 対処不能。理解不能。無限に繰り返す螺旋らせんの中で、レンは無限回殺された。


「ハッ……! ハァ、ハァ、ハァ……ッ!? ヒュー……ヒュー……ッ」


 気づけばレンは、喉元スレスレに剣を突きつけられた格好でへたり込んでいた。もう、どうやってかわしたかも覚えていない。何百年、何千年、永遠に戦っていたような気がする。


「借りモンの力をいくつ重ねて来ようが……そんな軽い剣じゃ、あたしはれねえな」


 肺が潰れ、口から血を吐くほど消耗したアルテは、それでも気高く美しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る