治癒師リーフ-1
決着がついたあと、リーフはザックの鼻を再生させてやった。
ザックはリーフが手を伸ばすなり縮みあがって震えていたが、鼻が元の形にきれいサッパリ治癒すると、憑き物が消えたように落ち着いた。
「……とんでもねえ魔法だ。なんでも壊しちまうかと思えば、今度はなんでも治しちまう。……完敗だよ、負け惜しみの一つも出やしねえ」
ザックの体がずいぶん小さくなって見えた。へたり込む彼にリーフは手を貸して起き上がらせた。
「決闘は終わりました。約束を守ってくれるなら、もう十分です」
「あぁ……もう言わねぇよ、言えねぇ。こんだけコテンパンにされたらな。……悪かったよ」
「それはオト君たちと、エリナさんに。それで気が済まないなら、今度はちゃんと、あなたのお酒をご馳走になりますよ」
オトとアルテが呼ぶ声がしたので、リーフは笑ってザックと別れた。ザックは呆然とリーフを見送っていた。
▼▼▼
「助けていただきありがとうございました、リーフさん」
アルテとオトとともに受付に戻るなり、エリナはリーフに深々と頭を下げた。
「そんな。こちらこそ、かばってくれてありがとうございました」
「いえ、私は何も……」
そんなことより、と、エリナはリーフを気遣わしげに見つめた。
「本当に、入るのは《治癒師ギルド》でいいんですか?」
「はい」
「二種の《
「お金かぁ。確かにたくさんあれば孤児院の子たちにもっといい暮らしをさせてやれるだろうけど……いいです、僕が守りたいのは王族のみなさんじゃないから」
エリナは呆れ半分、親しみ半分の困った笑顔になった。
「変な方ですね。アルテさんのお友達ときいて納得しました」
「だろ? 面白いんだ、リーフは」
「いや面白くねーよ! なれよ聖騎士!!? 平民に考えられる限りの最高出世職だぞ!? アルテと似たような理由で断りやがって!」
あっけらかんと笑うアルテを睨んで、オトが凄い剣幕で詰め寄ってくる。
「アルテさんも断ったんですか?」
「おー、
「十五歳で《剣聖》なんて、ぶっちぎりの最年少記録でしたからねぇ」
「珍しい女剣士だったから注目されただけだろ。あたしより強い剣士は他の国にいっぱいいたはずだ」
少しだけふくれ面になったアルテに、「
「リーフ! 聖騎士じゃなくても、せめてもうちょっと待遇のいいギルドに入れよ! なんならウチの《魔導師ギルド》に入って、ゆくゆくは《賢者》の称号を……」
「――いや、その子は《
鈴を転がしたような声で、割って入ったのは、金の刺繍がほどこされた白いローブに身を包んだ、髪も、肌も雪のように白い少女だった。
リーフとそう変わらぬ背丈と体つきだけを見れば14歳くらいに見えるが、深海のような青い瞳はあまりに静かにリーフを見つめる。顔はとっても小さいのに、全く童顔ではなく、大人びて、
「あ、君は……」
リーフは彼女に見覚えがあった。さっきの決闘で立ち会ってくれていた
「ボクはティア。《治癒師ギルド》のマスターだ」
ティアと名乗った美しい少女の、上部が小さく尖った耳に目がいった。エルフ――人族とも魔族とも違う、美しい不老の種族。世界樹の森の図書館で、温かい陽光と本に囲まれて暮らす、平和と中立を愛する種族だ。
彼女の妙に
「うえぇっ、《聖女》様!? なんでこんなとこに!?」
「その呼び方はやめておくれ。久しぶりだねアルテ。傷の具合はどう?」
「いやぁ、その節はどうも……この通りしぶとく生きてますよ」
「呆れた生命力だね」
ティアは氷のような無表情を、かすかにやわらげた。「一度死にかけたとき、この人が治してくれたんだよ」と、アルテは屈んでリーフに小声で耳打ちした。
「リーフ、と言ったね。君をスカウトしに来たよ。《治癒師ギルド》においで、リーフ。君の【回復魔法】は人を助けるためにある」
「あの、ティアさん……彼の魔法は【回復魔法】では……」
エリナが口を挟むのを、途中でティアが手をあげて制した。
「名前や過程に大した意味はない。彼の魔法が、ザックとかいう男の失われた鼻先を完璧に再生した。ひと目みて、君の魔法に惚れたよ。リーフ、ボクとともにその魔法を極めないか。君のその、"優しい魔法"を」
リーフの心は決まっていたが、その言葉に一層決心が固くなった。エリナはすぐに手続きをしてくれた。
リーフは今日より、
空はすでに茜色に染まろうとしていた。「帰るか」とアルテが言い、リーフとオトの手を掴んで【転移】を唱えようとしたとき、「待った」とティアがリーフの手をアルテから引ったくった。
「彼を借りていくよ」
「あん? どうするんすか、そいつ」
「ボクの家に連れて行くだけさ。そんな怖い顔をしなくても、とって食いやしないよ」
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