アルテの孤児院-1

 案内されたアルテの部屋は、なんとも殺風景だった。女子の部屋に入ったことがないリーフには分からないが、人間の女の子はみんな、部屋にパイプベッドと木刀以外は置かないんだろうか。


「散らかってて悪いな」


「散らかって……?」


「そこらへん座っててくれ」


 壁に据え付けられた木刀と、病室のようなパイプベッド以外何もない部屋の、いったいどこに座るべきか迷った。結局フローリングの床に正座したリーフの向かいに、外套がいとう鎖帷子チェーンメイルを脱いでクローゼットに納め、薄着になって現れたアルテがあぐらをかいた。


「悪いけど部屋に空きがないんだ。ギルドに登録して宿を借りられるまで、ちょっと狭いけどここで勘弁してくれ」


「えっ」


 僕、ここに住むの?


「ちょ、ちょっと待ってください。アルテさんはどうするんですか」


「あたしはチビたちと一緒に寝るよ。もともと、見ての通り寝泊まりに使ってただけの部屋なんだ」


 それにしてももう少し家具を置いてもいいだろうと思ったが、ぐっと我慢した。


「悪いですよ、そんな。僕は外でも寝られるし」


「ただでさえ、お前からすれば気の休まらない人間の世界だ。連れてきたのはあたしだぜ。そんなひどいことできるかよ。まぁ、ギギが入れる部屋はさすがにないから、アイツは野宿になっちゃうけど。あとで寝床作ってやろう」


 リーフがどれだけ遠慮してもアルテは譲らなかった。確かに、この世界はリーフにとって完全にアウェー。壁と屋根、それからベッドは、精神衛生上どうしても必要なものだった。アルテが近くにいてくれるなら、なおのこと安心して眠ることができる。


「……じゃあ、少しの間だけ。本当にありがとうございます」


「かたいよ、お前は。そろそろその敬語もナシにしねーか? お前いくつよ、リーフ」


「十七です」


「えっ!? 年上!?」


 リーフの身長は150センチほどで、アルテより10センチ以上も低い。大きくきゅるんとした垂れ目が童顔に拍車をかけており、人族の感覚に当てはめても幼く見えているのは自覚していた。


「やっぱり年下だと思ってたんですね」


「お、おぉ……てっきり十二歳くらいかと」


「そんなに……?」


 どおりで、平気で胸や膝に顔を押しつけたりされたわけだ。


「そりゃー、色々悪かったな……あぶねー、最初は一緒にこの部屋で寝泊まりしようかと思ってたんだぜ」


 恐ろしいことを言う。


「まぁ、人間の女なんて魔族は興味ねえか」


「え、そんなことないですよ。アルテさんは魅力的です」


 バカ正直に切り返したリーフに、アルテが固まる。


 魔族に生殖機能はないが、恋愛感情に近いものはある。少なくともリーフの目には、武装を解除し白い肩を無防備に露出したアルテが、確かに魅惑的に映っている。ゴブリンやオークなどの獣人種は人間のめすを好んで襲うくらいだ。魔族の趣向しゅこうに人間が適合しないということはない。


「……あれ? アルテさん?」


 初めて見る顔で固まっているアルテに呼びかける。なにか気を悪くするようなことを言ってしまっただろうか。


「お、おー! まぁな、よく言われるぜ!」


 数秒のラグを経て復活したアルテが、ぶんぶん手を振って笑いながら顔をそらした。耳の端が真っ赤だ。


「魔族ってのはストレートなんだな……油断してたぜ……」


「アルテさんだって、僕に色々言ってくれたじゃないですか」


 アルテからもらった言葉は、全部頭の中の宝箱に大切にしまっている。無能だと思っていた【回復魔法】を、素晴らしい力だと言ってくれた。ダンジョンを攻略したあと、もう少し一緒にいたいと言ってくれた。アルテがきちんと言葉にしてくれたおかげで、リーフは救われた。


「……なんか、言ったっけ?」


「言いましたよ。それで僕は、心からの褒め言葉はどんどん口にするべきだと思いました。アルテさんは綺麗で、優しくて、強くて、それから」


「あああ、よし、わかった! じゃあこうしよう、相手を褒めるのはお互い一日一個までだ!」


 にじり寄るリーフに、顔を赤くしたアルテが指を力強く一本伸ばして突きつけた。


「えぇ、どうしてですか」


 いくらでもアルテに伝えたいことがあったリーフはムッとしたが、アルテもいっぱいいっぱいの顔をしていた。こんなに余裕がないアルテは初めてだった。


「そりゃ、お前……あれだよ、ほら。全部一気に言ったらもったいないだろ」


 とってつけたような理由だったが、リーフは「なるほど」と納得した。それはなんだか、アルテへの褒め言葉が尽きない限りは、毎日一緒に顔を合わせる口実ができたみたいで、満足した。


「分かりました。じゃあ続きは明日ですね」


「お、おう。助かった」


「もしうっかり約束を破ったらどうするんですか?」


 あー、と、アルテはまるで考えてなかったという顔で宙を見上げた。


「飯おごる」


「いいですね」とリーフは笑った。罰を決めただけなのに、楽しくてたまらなかった。


 それからしばらく他愛のない話をして、不意にアルテが「そろそろ行くか」と立ちたがった。


「どこにですか?」


「《冒険者ギルド》だよ」

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